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ひろゆきのウィザードリィ

 「──つまり、わざわざ地下迷宮に潜らなくても川の流れをちょいと変えちゃえば、あの魔術師ワードナーなんて速攻で出てくるわけですよ」

 ひろゆき、と呼ばれている青年が、地図を眺めながらそう言った。仲間たちは一様にポカンとしている。ここは王国の辺境に広がる巨大迷宮。その最下層に棲みつく魔術師ワードナーの討伐が、我々冒険者ギルドに与えられた使命だった。しかし普通は、階層ごとに敵を倒し、経験値を稼ぎつつ慎重に進むのがセオリーだ。

 ところが、ひろゆきはそんな定石など歯牙にもかけない様子。地図上で迷宮の真上を流れる大河を指差し、「これをこっちに曲げれば地下に水が流れ込む」というのだ。いやいや、まさかそんなことができるわけ……と思ったら、仲間のドワーフの土木技師が真剣にメモを取り始めた。

 「ふむ、この岩盤を爆破して水路を切り替えれば、たしかに迷宮へ大量の水が流れ込むな。工期は三日もあればじゅうぶん。費用も……まあ、国王のワードナー討伐予算を回してくれれば問題なさそうだが?」

 「おお、ドワーフ技師さんノリノリですね」
 ひろゆきは得意げに胸を張る。人間の剣士やエルフの弓使いなど、いわゆる“ゲーム的”なメンバーたちはまだ困惑気味だ。しかし皆、何度も迷宮の下層で仲間を亡くした苦い思いがある。ゆっくり慎重に潜るほどリスクは高まるし、ワードナーの強力な魔術に恐怖するよりは……と、最終的にはひろゆき案を受け入れることに。

 三日後。
 土木技師の号令で、こっそり川の流れを変更する。その瞬間、地下の迷宮は轟音とともに水没を始めた。水かさがどんどん増していくうちに、迷宮の入り口からはマンドラゴラやゾンビ、トロールなどのモンスターが次々に流されてくる。全員がまるで溺れたネズミのように逃げ出す始末だ。

 そして、どこかで見たことのあるダークローブを纏った男が、ようやく地上に姿を現した。ずぶ濡れの髪を振り乱し、激しく咳き込みながらも、鋭い瞳がこちらを睨み据える。そう、あれが迷宮の主、魔術師ワードナーだ。

 「くっ、貴様ら……この私の神聖なる領域に何という無礼を──ゲホッ、ゴホッ……ッ!?」

 文句を言おうとするワードナーだったが、足元まで浸った水の冷たさにくしゃみをしてしまい、その威厳は地に落ちた。攻撃呪文を詠唱しようと両手を上げたところで、つるりと滑って転んでしまう。ひろゆきたちは、ここぞとばかりに槍や剣を構え、ワードナーの周囲を囲んだ。

 「はいはい、お疲れさまでしたー。これであなたも終わりですね。タコ殴りにされたくなかったら、今すぐアミュレットを返してくれません?」

 「こ、この外道どもが……! だが、私を本気で怒らせた罪は……!」
 威勢だけはいいワードナー。しかし仲間の大剣士が一撃、弓使いが矢を一発、魔術師の火球がごく軽くかすめただけで「ぐおおっ!」と吹き飛ばされ、あえなくダウン。呪文を唱える余裕すら与えられず、仲間たちによる総攻撃が一瞬で決まった。

 こうして、迷宮自体はほぼ完全に水没し、地下には近寄りがたい湖が誕生した。残ったモンスターもほとんど溺れてしまったらしく、この地域の治安は嘘みたいに改善したという。冒険者ギルドとしては想定外の手段ではあったが、最終的な被害も最小限で、ワードナーの討伐とアミュレットの奪還にも成功。これ以上ないほどの大団円だ。

 帰還後、王国の宰相は一行を表彰しようと盛大な宴会を用意したが、ひろゆきは早々にワインを片手にこう漏らす。

 「最初から大砲とか使ったら迷宮ごと吹き飛ばせるかなと思ったんですけど、まあ川を流したほうが安上がりかなって。これで経験値とかもちゃんと入るんだったら、効率いいですよね~」

 ……こうして、ひろゆきの“川の流れを変えて迷宮を水没させる”作戦は、すべてを呆気なく終わらせたのだった。地下でコツコツ経験値を稼いで苦労するなんて、いったい何だったのか――そんな誰も想像しなかった“非常識な正攻法”は、いつまでも冒険者たちの語り草となったという。


エピローグ

 パリの街角が窓の外に見える、こざっぱりとしたマンションの一室。フランスに拠点を移してからというもの、ひろゆきはこのアパートで配信を続けている。相変わらず軽妙なトークで視聴者を惹きつけ、コメント欄はいつも賑やかだ。

 しかし今日の配信は、いつもと少しだけ違う。彼の座るテーブルの脇、普段はスナック菓子やペットボトルが置かれているスペースに、見慣れない金属の飾りが見えていた。
 ──アミュレット。
 薄暗い部屋の照明を反射して、妖しく輝いている。その造形はまさに中世の伝承品を思わせ、異世界じみたオーラがある。だが、ひろゆきは特に気にするそぶりもなく、いつものようにリラックスした様子でマイクに向かっている。

 「……というわけで、RPGのダンジョン攻略なんてまともにやるより、水攻めにしたほうが早いですよね。やっぱり楽できるなら楽するのが正解です」

 そう言って彼は、いつもの笑顔をカメラに向ける。配信画面の向こうでは、視聴者が「水攻めw」「相変わらず合理的だな」「あのアミュレット何?」と盛り上がっているのが見て取れる。
 その金色のアミュレットは、あの迷宮でワードナーから取り返した戦利品に違いない。今となっては、幻想的な思い出を形にしただけの装飾品──のはずだが、見る者の心には何か不思議なひっかかりを残す。

 いまなお、あの地下迷宮は洪水で水没したままだろう。ワードナーは散々な目に遭い、あれから立ち直れているかどうかもわからない。それでもこの世界では、そんな話はきっと信じてもらえないだろう。

 「皆さん、スパチャありがとうございます。今日はここまでということで。おつかれさまでした」

 ひろゆきがそう締めくくると、どこからか一瞬だけ、アミュレットの鈍い光が増したような気がした。
 しかし、配信を切ったあと部屋を見回しても、どこにも変わった様子はない。クスクスと笑って首を振ると、彼はいつものようにワインを片手に、気ままなフランスの夜へと溶け込んでいったのだった。

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