
もし「ひろゆき」が「ホリエモン」を抱いてあげたら
都内のコワーキングスペースの一角。いつもは穏やかなBGMとカタカタとキーボードを打つ音だけが響くこの場所に、やけに浮いた声が響き渡っていた。
「だからさぁ、ロケットと外食産業を融合させた新ビジネスってのは、絶対アリだと思うんだよね! 『宇宙食』って聞くと味気ないイメージあるじゃん? そこに俺の飲食ノウハウを持ち込むことで──」
そう熱弁をふるうのは“ホリエモン”こと堀江貴文。
周囲を囲むスタッフや関係者らしき数人が、一斉に彼の動きを目で追っている。メモを取る者、タブレットをいじりながらうなずく者、そして完全に「どうしよう……」という表情で固まっている者もいる。
何しろ、ホリエモンは昨日の夜からまったく眠っていないという噂なのだ。
新しいビジネスの着想が湯水のごとく湧き出るのは彼ならではの強みだが、どうやら今回ばかりはテンションが振り切れすぎて、誰も止められなくなってしまったらしい。
【第一幕】暴走と戸惑いの序章
都内にあるハイセンスなオフィスビルの一角。広々としたガラス張りの会議室には、近未来を感じさせるデザインの家具と大型モニターが据え付けられている。そこで、新規事業の打ち合わせをしているのはホリエモンこと堀江貴文と、そのスタッフ数名だ。
ホリエモンは大きなホワイトボードの前に立ち、ペンを握って絶え間なくアイデアを書き殴っている。ホワイトボード上には「宇宙」「ロケット」「外食」「メタバース」「NFT」など、バラバラのようでいてどこか関連がありそうなキーワードがびっしり。
しかし、その言葉の羅列は勢い任せに増えていくばかりで、具体的な計画や数字の話に落とし込まれる様子はない。実際、周囲のスタッフは固唾をのんで見守るしかなく、誰も口をはさめずにいた。
「いいか? 宇宙空間と外食産業の融合は、今まで誰もやってないからこそ大チャンスなんだよ。ロケット開発で培った技術を飲食に応用して、新感覚のVRレストランを作る。しかもNFTを導入して限定アクセスを設定すれば、資金調達も一気に進むし……」
熱気がこもった声が部屋中に響き渡る。ホリエモンの目はギラつき、息が上がっているのがわかるほどだ。
スタッフの一人が恐る恐る尋ねる。
「堀江さん……そもそも、そのプロジェクトの初期費用はどれくらいを想定しているんですか? 外部から資金を募るにしても、もっと試算をしっかり──」
「いやいや、後からどうにでもなるでしょ? 俺が考えてるアイデアのインパクトがあれば、投資家は面白がって出資するって。むしろ細かい数字にとらわれてると、スピード感が殺されるんだよ!」
激しくペンを走らせ、ホワイトボードには矢印や円、謎のグラフがどんどん追加される。いつもなら的確で合理的な視点を持ち合わせているホリエモンだが、今はまるで止まらない暴走機関車のようだ。
その様子に、スタッフたちは顔を見合わせる。心の中で「まずいな……」と感じている者もいれば、「これ、どうやって止めればいいんだ?」と戸惑っている者もいる。最近のホリエモンは特に寝不足が続き、興奮状態になると常識的なブレーキが効かなくなりがちだからだ。
すると、奥のソファで待機していた別のスタッフが慌てたようにスマホを手に取った。LINEの画面には、「ひろゆきさん、そろそろ来られますか? ホリエモンがヤバいです」と打ち込まれ、送信ボタンが押される。
そう、スタッフたちには“切り札”がある。インターネットの論破王・ひろゆき。最近、ホリエモンが最高潮に暴走したとき、ほんの一瞬で正気に戻すという“奇策”を成功させた人物だ。
「また呼ぶことになるとは……。でも他に方法ないよね……?」
スタッフはそうつぶやきながら、既読がつくのを待つ。
しかし、同時に彼らは少し気まずさも感じていた。なぜなら、その“奇策”とは──ひろゆきがホリエモンを“性的じゃない方”で抱きしめるという、常識外れの行為だったからだ。
前回、それが的中して暴走をピタリと止めたのは確かなのだが、もし今回も同じことが必要になったら……? 周りにいたスタッフですら「なんであれで落ち着くんだ?」と不思議に思うと同時に、「あんな場面をまた見るのか」と、どうにも落ち着かない気分になる。
「堀江さん、一回休憩にしませんか? コーヒーでも用意しますので」
「バカ言うなよ。今が一番いいところなんだから。ちょっと黙って見ててくれって」
ホリエモンはスタッフの言葉をバッサリと切り捨て、さらなるアイデアを書き込もうと身を乗り出す。
会議室の空気はどんどんヒリヒリしてきた。次第に「これはまたあの場面になるかもしれない」と確信めいた予感が高まっていく。スタッフたちは内心で「早くひろゆきさん来て……!」と叫ぶが、口には出せない。
やがて、エントランスの自動ドアが開く音が聞こえ、廊下の方から見覚えのある足音が近づいてくる。
その足音こそが、ホリエモン暴走を止める“最終兵器”の到着を告げるものだった。
──こうして、奇妙なラブコメの幕が再び上がろうとしている。ホリエモンの止まらぬ情熱とテンション、そしてそれをなだめる役目を負うひろゆき。
果たして“非・性的抱擁”という禁断の(?)手段は、今回もまた威力を発揮するのだろうか。スタッフたちは期待と不安を胸に、会議室のドアが開くのを固唾をのんで待ち構えていた。
【第二幕】再会と“抱擁”へのざわめき
会議室のドアがスッと開くと、待ちかねたスタッフたちは一斉にそちらへ目を向けた。そこに姿を現したのは、カジュアルなジーンズにTシャツ姿──まさに“ひろゆき”こと西村博之だ。
彼はいつもと変わらぬマイペースそうな表情で、すでに熱気に包まれつつある室内を一瞥し、そしてホリエモンが立つホワイトボードの方へと歩み寄る。
「やあ、ずいぶん盛り上がってるみたいだね」
軽い調子で声をかけるひろゆきに、ホリエモンは一瞬だけ視線を向けるが、すぐさまペンを動かしながら早口でまくしたてる。
「遅かったな、ひろゆき。ちょっと聞いてくれよ、めちゃくちゃ面白いこと考えたんだ。宇宙と外食の融合だけじゃなくて、メタバース空間を最大限に使うことで──」
ホワイトボードには無数のキーワード。矢印に囲まれた「宇宙レストラン」「NFT投資」「VR体験ブース」などの文字が、視界に飛び込んでくる。
ひろゆきはちらりとスタッフに目をやる。みんな、どこか困惑と期待が入り混じった表情だ。「このままだと止められない……助けてほしい」と訴えているようにも見える。
「うーん、アイデア自体は面白そうだけどさ……」
ひろゆきが言いかけると、ホリエモンが振り返った。彼の目はいつも以上にギラついている。
「面白いなんてレベルじゃないよ。革命的なんだ。俺の頭の中ではもう完成図ができてるんだって。要は、世界中の人間が同時に宇宙食を味わえるような、リアルとバーチャルの融合プラットフォームを作るわけ。で、そこにNFTで限定席を販売すれば、一攫千金も狙えるし……」
畳み掛けるようなプレゼンに、スタッフの何人かは目を回しかけている。数字の話やスケジュールの話に移るどころか、ホリエモンはさらに風呂敷を広げる気満々だ。
普段なら冷静に「いや、その根拠は?」とツッコミを入れるひろゆきだが、今日のホリエモンのテンションを前にすると、どうにも言葉が届かない気がする。それを象徴するかのように、ホリエモンは一度もペンを止めずにホワイトボードへ書き続けている。
「……ホリエモン、ちょっといい? まずは具体的な資金計画を──」
「資金計画なんて後でいいんだよ! 今はインパクト重視でどれだけ注目を集められるかが勝負で──」
まるで互いの声が噛み合わないまま、ホリエモンの熱量だけが空間を支配していく。
ひろゆきは、横目でスタッフの困り果てた顔を確認し、(これはマズいかもな……)と心の中で呟く。
あの“抱擁”を披露してからまだ日も浅い。「さすがに毎度あれをやるのは……」と思いつつも、ほかに手がなさそうな雰囲気だ。
視線を走らせると、スタッフの中には明らかに「ひろゆきさん、今回もお願いします……!」という顔で訴えている者がいる。
“最終手段”の可能性をちらつかせながら、ひろゆきはもう一度ホリエモンを言葉で諫めようと試みる。
「いや、でもさ、投資家って数字を見たがるでしょ? クラウドファンディングにしろVCにしろ、説得材料が必要で──」
「だから、それは俺が直々に口説けばいけるんだよ! 細かいことでスピードが削がれるのが一番ダメなんだってば!」
まるで聞く耳を持たないホリエモン。ペン先はますます紙面を侵略し、文字と矢印がごちゃごちゃのカオス空間を生み出している。スタッフの何人かは「もういいや」とメモを取ることさえ諦めてしまった。
その時、ひろゆきの脳裏に先日の記憶がよぎる。“抱きしめたら、一瞬で落ち着いたホリエモンの姿”だ。
相手がホリエモンでなければあり得ない光景だったが、あの時の効果は驚くほど絶大だった。果たして今回も効くのか……?
ちょうどホリエモンがホワイトボードに背を向けてペンを走らせているタイミング。
ひろゆきは自問する。(やるしかないのか? また俺が“抱っこキャラ”として祭り上げられてしまうのか……)
その一方で、明らかに限界を迎えつつあるスタッフたちの視線に気づく。皆、目の下にクマを作りながら「これ以上テンション爆発されると、仕事にならない」と訴えている。
やむを得ず、ひろゆきは静かにホリエモンの後ろへ回りこむ。前回ほど躊躇はないが、やはり気恥ずかしさは拭えない。心を決めて両腕をそっと広げる。
「ちょっ、ホリエモン──」
次の瞬間、室内のスタッフ全員が息を呑む。
ぎゅっ。
ハイテンションで走り続けるホリエモンの背中に、ひろゆきの腕が重なった。
「……うわぁ、また来たよ!」
驚いたホリエモンが慌てて振り返ろうとするが、ひろゆきはしっかり抱きしめて離さない。
「落ち着いて、ホリエモン。少し深呼吸して」
“非・性的”であるはずの抱擁は、しかし今回も妙な衝撃をもたらす。がっしりとホリエモンの身体をホールドすることで、物理的にも動きが制限され、否応なしに息を整えざるを得ない。
「離せよ……!」と最初はもがきかけたホリエモンだが、前回と同じく次第に力が抜けていく。
その間、会議室のスタッフたちは全員がまばたきすら忘れているかのように凍りついていた。「やっぱりやるんだ……」という驚きと、「これでようやく落ち着くかもしれない」という安堵が入り混じっている。
やがて、ホワイトボードのペンを握っていたホリエモンの手が、だらんと下がった。彼の肩から伝わる呼吸も、少しずつ落ち着きを取り戻していくようだ。
「……はぁ。まさか、またお前に抱きつかれるとはな」
ホリエモンは苦笑いを浮かべながら、ひろゆきの腕の中で頭をかく。
「いや、俺だって好きでこんなことしてるんじゃないんだけどね。止まらないからさ、しょうがないじゃん」
互いに気まずい沈黙が数秒続く。しかし、その間にホリエモンの目のギラつきは少しずつ収まり、まるで荒ぶるエンジンがアイドリング状態に戻るかのように安定していく。
部屋の中に安堵感が広がり、スタッフたちは(やっぱり効いた……)と胸を撫でおろす。
それを確認すると、ひろゆきはそっと腕をほどき、ホリエモンの肩に手を置いた。
「ほら、一回座ろうよ。ちゃんと説明聞くからさ。インパクトも大事だけど、みんなが理解できるように話を整理しよう」
「……わかった。ちょっと自分でも頭がオーバーヒート気味だったかも」
ホリエモンは素直にうなずき、そのまま会議室のテーブル席に腰を下ろす。スタッフたちも急いで資料やタブレットを準備し、“まともな打ち合わせ”が再開できる空気になりつつあった。
こうして、今回も“非・性的抱擁”作戦は成功を収めたようだ。しかし、それは同時にひろゆきを“抱擁おじさん”として定着させるリスクも高めることになる。
案の定、何人かのスタッフはこっそりスマホでその瞬間を撮影していたし、SNSでの拡散は時間の問題だろう。ひろゆきは「またバズっちゃうんだろうな」と半ばあきれつつ、ホリエモンの向かいに座って次の展開を見守る。
次回、ホリエモンは本当に冷静になって事業計画を進められるのか。ひろゆきの抱擁はまた繰り返されるのか。奇妙なラブコメ劇は、まだ始まったばかりである。
【第三幕】抱擁の余韻と芽生えつつある変化
ホリエモンの勢いは“非・性的抱擁”によって一時的に鎮静された。会議室の大テーブルを囲むスタッフたちの顔には、さっきまでとは打って変わった安堵の色が浮かんでいる。
ホリエモン本人も、椅子に腰掛けてペンを置き、深呼吸してから「さて」と口を開いた。先ほどまでのギラギラとした目は少し落ち着き、いつもの理知的な光が戻り始めている。
「……悪かったな。ちょっと調子に乗りすぎてたかも」
そう言いながら、ホリエモンは照れ隠しのように頭をかく。
一方で、ひろゆきは無表情のまま椅子に座り、スタッフが差し出したペットボトルのお茶を受け取る。
「まぁ、気にしないでいいよ。アイデア自体は面白いんだから、ゆっくり整えていきゃいいんじゃないの?」
「それはそうなんだけど、スピード感も大事でさ」
「わかるけど、周りの理解がないと結局進まないし……ほら、資金計画とかね」
スタッフたちもこれを機に、ホリエモンへ慎重に声をかける。
「堀江さんのアイデアを実現するには、まず外部のパートナーとの連携が必須です。NFT関連の専門家とも相談しないといけませんし……」
「メタバースの開発には、どうしてもソフトウェアエンジニアの大量採用が必要になります。そこを早い段階で押さえないと」
「ロケット事業の部署からも技術者を呼んでおかないと、外食関連とスムーズに連携できないかと……」
さっきまで置いてけぼりだった“現実的な課題”が続々と指摘される。しかし、ホリエモンは以前より冷静な表情でそれらを受け止め、メモを取りながらうなずき始めた。
「うん……確かにそうだよな。じゃあ、明日から動ける範囲を整理して、来週中に複数の打ち合わせを入れよう。俺も関連企業に声かけてみるよ」
スタッフはほっと胸をなでおろしながらも、チラリとひろゆきを見る。どうやら“あの抱擁”が効いてホリエモンがクールダウンし、まともな議論が進められるようになったことに感謝しているらしい。
ほのかに広がる噂
会議が一段落し、スタッフたちが書類やPCを片付ける頃。オフィスの外では早くも「またホリエモンをひろゆきが抱きしめたらしい」という噂が飛び交っていた。
SNSには「#抱擁再び」「#ひろゆき抱っこ」など、妙なハッシュタグとともに、誰かがこっそり撮影した写真や短い動画がアップされ始めている。
そのうちの一人のスタッフがスマホを見ながら、少し申し訳なさそうに声をかける。
「ひろゆきさん……すみません、さっきのが流出してるみたいで。もうプチバズりしてます」
ひろゆきは眉ひとつ動かさず、スマホを覗き込む。
「いやぁ、またネタになってるね。『抱きしめおじさん』とか……。別に気にしないけどさ」
横で聞いていたホリエモンが、微妙な顔で口を開く。
「すまん。俺のせいでお前が変なあだ名つけられちゃってるよな」
「いやいや、ホリエモンだって前から散々いろんなあだ名つけられてるじゃん。今さら気にしても仕方ないでしょ」
ひろゆきは自嘲気味に笑うが、その表情にはどこか余裕がある。もともと炎上慣れしている二人だけあって、ネット上での噂はそれほどダメージにはならないらしい。
ひろゆきの内心
しかし、本当に気にしていないのかといえば、そういうわけでもない。
オフィスを出たあと、ひろゆきは一人でエレベーターに乗り込み、ふとため息をつく。
(また抱きしめることになっちゃったけど……俺、いつからこんな役回りになったんだろう)
ネットでは面白半分に盛り上がっているが、そもそも「ホリエモンの暴走を物理的に止める」という発想が常識外れだ。しかもそれが、まさか“あの堀江貴文”に対して有効だとは、誰も予想できなかっただろう。
ひろゆき自身、「論破やツッコミは得意だが、抱擁で人を落ち着かせるなんて芸当は想定外」だ。だが、実際に効果がある以上、周囲からは「お願いです、また抱きしめてください!」という空気になってしまう。
(まぁ、ホリエモンがあそこまでハイになると周りも困るし、しょうがないか)
ひろゆきは頭を切り替えるように首を振り、エレベーターのドアが開くと、いつも通りの無表情を取り戻してビルの外へと足を運んだ。
ホリエモンの胸中
一方、会議室に残ったホリエモンはというと、スタッフとの打ち合わせを終えた後、独り言のようにぽつりと呟いていた。
「また抱きつかれちゃったよ……。でも、あれ、本当に冷静になれるんだよな。不思議だ」
彼自身、なぜ抱擁で自分のテンションが鎮まるのか、はっきりとはわかっていない。だが、暴走状態の思考がいったん停止して、自分を客観視できるようになるのは確かだ。
(まるで強制的にブレーキかけられるみたいだよな。まぁ、ありがたいっちゃありがたいけど……)
ホワイトボードに残るカラフルな文字たちをぼんやり眺めていると、「すごい計画を思いついた」という興奮と、「なんか変なところでブレーキをかけられている」という恥ずかしさの入り混じった複雑な感覚が湧いてくる。
やがてホリエモンは、笑うに笑えない表情で首を振ると、スマホを取り出して連絡先を探した。明日以降の打ち合わせ相手を手配するため、関係企業にメッセージを送らなければならない。
「暴走してる場合じゃないよな……やっぱ、ちゃんと計画詰めないと」
以前なら「計画は後から考える!」と息巻いていたところを、こうして自ら計画の必要性を認めている時点で、ひろゆきの“抱擁”が与えた影響は大きいのだろう。スタッフたちはそんなホリエモンの変化を感じ取り、少しだけほっとしていた。
遠巻きに見つめる人々
当事者であるホリエモンとひろゆきがバタバタしている裏で、外野のネット民たちは「抱擁騒動」の一挙一動を面白おかしく拡散している。
「またやったのか! ホリエモンを抱きしめるとか、どんなラブコメ?」
「非・性的抱擁って言ってるけど、そうは見えないんだよなぁ(笑)」
「次にホリエモンがキレたら、ひろゆきがすぐ抱っこする世界線。ちょっと見てみたい」
そんな声を横目に、二人はいつものようにそれぞれの仕事を淡々と進めていく。
ホリエモンは新しいビジネスプランを具体化するために走り回り、ひろゆきは生配信やネット論評で“意識高い勢”や“炎上ネタ”を容赦なく切りまくる。
ふだんは別々の場所で活動しているからこそ、あの“抱擁”の瞬間だけが妙に浮いた見せ場になるのかもしれない。
次回予告:まだ終わらないラブコメ
一連の騒動を経て、ホリエモンは少しだけテンションのコントロールを覚え、スタッフたちの意見にも耳を傾けるようになった。
しかし、新しいアイデアが湧き出てくれば、再び暴走する可能性も十分ある。果たしてひろゆきの抱擁は“常習化”していくのだろうか?
ネット上の反応が過熱すればするほど、二人の関係はまるでコメディのように見られてしまう。本人たちは「ラブコメなんて冗談じゃない」と呆れ気味だが、周囲にはそうとしか映らないのも事実だ。
それでも、ビジネスの成功に必要な“スイッチ”として、あるいはホリエモンの人間味を引き出す“仕掛け”として、ひろゆきの抱擁は役立っていることは間違いない。
誰もが「次はどんなアイデアを引っ提げて、ホリエモンがどんな暴走をするのか」「それをどうやってひろゆきが止めるのか」と興味津々だ。
そして、その“非常識な手段”こそが、二人のビジネスを加速させる鍵になり得るのかもしれない。
物語は、まだまだ続いていく……。
【第四幕】世間の注目と“非常識”な舞台
あれから数日後。ホリエモンの新規事業プランは、周囲の懸命なフォローもあって、ようやく形を帯び始めていた。
メタバース開発を担うエンジニアたちのリストアップ、新たに打ち合わせをする企業やVCへの根回し、そして宇宙・飲食両面での具体的な企画書づくり――スタッフたちが連日奔走するうちに、少しずつ「数字」「スケジュール」「コスト感」などのリアルな要素が積み上がってきたのだ。
そんな中、ホリエモンはある大規模なスタートアップ・カンファレンスへの登壇オファーを受ける。
「堀江さん、今度のイベントは国内外の投資家も多く集まるそうです。そこできちんとプレゼンができれば、資金調達に大きく近づきますよ」
「おう、いいじゃん。ちょうど俺の新ビジネスをアピールするチャンスだな」
スタッフがスライド資料の準備に取り掛かると、ホリエモンも「任せろ」とばかりにアイデアをどんどん口にしていく。ここ最近は暴走しかけても、前ほど激しくはならず、すんでのところで冷静さを取り戻すことができていた。
しかし、その裏でスタッフたちは密かにひろゆきに連絡を入れる。
「すみません、またイベント会場で何かあったら、フォローしてもらえませんか? 今回は投資家の目もあるし、万が一、堀江さんがぶっ飛んじゃったら……」
「まぁ、呼ばれれば行くけどさ。俺もそんなにしょっちゅう抱きしめてばかりいるわけにはいかないんだけどね……」
ひろゆきは苦笑しつつも「考えておくよ」と言い、カンファレンス当日の予定を確認する。
迎えたカンファレンス当日
会場は広々としたホールで、壇上には華やかな照明と大型スクリーンが設置されている。国内外の投資家やメディア関係者、そして業界の先端を走る実業家や起業家が大勢集まり、熱気あふれる雰囲気だ。
ホリエモンは開会式からずっと来賓席で落ち着かない様子だったが、そばに控えるスタッフから「まだ大丈夫ですか?」と小声で訊ねられると、「大丈夫に決まってるだろ」と余裕の表情を見せる。
しかし、その表情の奥には明らかに“高揚”と“焦り”が同居している。大舞台を前に、いつものテンションが徐々に上がってきているのだ。
そんな姿を隣から見ていたひろゆきは、(また危ないかもな)と内心で思う。
実は主催者側からも「ひろゆきさん、もし堀江さんのプレゼン中に何かアクシデントがあったら、よろしくお願いします」などと冗談半分で言われていたらしい。完全に“ホリエモン用セーフティー”として期待されているのが明白だ。
予想外の急展開
やがてホリエモンの登壇時刻が来る。
大型スクリーンに“宇宙×外食×メタバース”と大きく表示され、壇上に呼ばれたホリエモンが意気揚々とマイクを握る。会場のスポットライトが集まる中、彼は堂々とプレゼンを始めた。
「皆さん、宇宙食と聞くと味気ないイメージですよね? でも、もしそこに外食産業のノウハウを持ち込んだらどうなるか……想像してみてください。さらにメタバースを活用すれば、世界中の人が同時に“宇宙空間での外食体験”を味わえるんです!」
最初のうちは、大画面に映し出されるスライドに合わせてわかりやすく説明し、投資家たちも興味津々の様子だった。
ところが、途中からホリエモンの話し方が少しずつ早口になり、熱がこもりすぎてくる。
「このプラットフォーム上ではNFTを活用して限定参加権を販売できるし、VR技術でまるで宇宙にいるような感覚を再現できる。そこから生まれるデータは莫大で、新たなビジネスチャンスが──」
そのテンションは、スライドにない内容までペラペラとしゃべり始めるほど加速し、会場の一部の投資家は少し戸惑った様子でメモを取るのを止めてしまう。
スタッフたちは舞台袖で冷や汗をかきながら、「誰か止めて……」という視線をひろゆきに送る。
(またか……)
ひろゆきは苦々しい思いで舞台裏を見回す。ステージ上で堂々とマイクを握るホリエモンに抱きつくなど、通常なら非常識すぎる。だが、今となっては“あの方法”が唯一の切り札でもある。
果たして、こんな大勢の観客の前でそんな芸当が許されるのか――。そう考えた瞬間、ホリエモンの声がひときわ大きく響いた。
「ロケット開発で培った技術を応用すれば、俺たちは本当に宇宙食を届けることができるんだ! しかもそれを世界中の人々が同時に味わうんだよ。考えただけでワクワクしないか? 実現性? 資金? そんなものは後から──」
まずい。プレゼンで最も肝心な“数字”や“スケジュール”の部分を飛ばし、ひたすら夢物語を語り始めた。
会場の投資家たちの中には、明らかに困惑気味の表情を浮かべる者も出てきている。隣席の起業家たちも「え、これどういうこと?」とざわめき始めた。
ひろゆきは大きく息を吸い込み、決断する。
(ここでやらなきゃ、ホリエモンのプレゼンはぶっ壊れだろうな。もう笑われても仕方ない)
非・性的抱擁、公開ステージへ
ステージ脇からさっと歩み出たひろゆきは、まっすぐ壇上へ上がると、マイクを手にしているホリエモンの背後に立った。観客席からは「え、なに?」というざわめきが起こる。
ホリエモンも突然の乱入者に気づき、振り返ろうとしたその瞬間――
ひろゆきはおなじみの動作でホリエモンをがっしりと抱きしめた。
「……! ちょ、ひろゆき、ここ人前だぞ……!」
「わかってるよ。でも止まらないでしょ、ホリエモン」
観客たちは完全に息をのむ。ステージ上で男二人が抱き合うなんて、ビジネスカンファレンスの場とは思えない光景だ。スマホのカメラを向ける人もいれば、ぽかんと口を開ける人もいる。
ホリエモンは当然動揺し、「話を続けたいんだよ!」と抵抗を試みるが、ひろゆきはがっちりホールディングを解かない。
「まずは深呼吸して。数字の話と計画の話、まだしてないよね?」
「うっ……」
すると、いつものようにホリエモンの動きがだんだん鈍くなり、口数も減ってくる。会場全体が静まり返る中、ホリエモンは抱きしめられたまま苦笑いを浮かべていた。
「ここまでやるとは思わなかったよ……」
「俺もできれば避けたかったけどね。空気が変になったら元も子もないし、ちゃんと計画の話をしようよ」
まさかの“公開抱擁”シーン。しかし、そのおかげで一度ヒートアップしていたホリエモンが強制的にクールダウンし、会場は「何が起こっているんだ」という不思議な緊張感に包まれている。
変わる空気
やがて、ホリエモンはゆっくりとひろゆきの腕をほどき、観客に向き直る。顔は赤いが、先ほどの勢いは落ち着きを取り戻したようだ。
「……ちょっと失礼しました。皆さん、驚かせてすみません。実は、俺、テンションが上がりすぎると周りが見えなくなることがあって……」
会場のあちこちからクスクスと笑い声が起きるが、同時に「正気に戻ったか?」という安堵の声も聞こえる。
ホリエモンは改めて姿勢を正すと、スクリーンに次のスライドを映し出した。そこには具体的な市場規模の試算や投資回収の見込みが整理されている。
「今からお見せするのが、実現に向けたロードマップと資金計画です。さっき言ったアイデアは夢物語じゃなく、ちゃんと数字を組めば充分狙える領域だと俺は思ってます」
一気に会場の空気が引き締まる。先ほどまで「なんなんだ、この二人……」と面食らっていた投資家たちも、真剣な眼差しでスクリーンを見始める。
舞台袖に目をやると、スタッフたちが胸を撫でおろしているのがわかる。そこには明らかに「ありがとう、ひろゆきさん……」という表情が垣間見えていた。
そして、ラブコメはまだ続く
プレゼンは無事に(?)完走し、終盤には会場から拍手すら起こった。ホリエモンの型破りなアイデアは賛否両論を巻き起こしつつも、多くの関心を集めたのだ。
その後の質疑応答や名刺交換会でも、「あの抱擁シーンは何だったんだ?」という話題で持ちきりに。あれがきっかけで逆に注目度が爆発し、投資家やメディアからの質問攻めが続く。
終了後、ホリエモンがひろゆきに声をかける。
「お前、まさか舞台上でまでやるとはな……。ま、感謝してるよ。あれのおかげで暴走せずに数字の話までいけたし」
「俺だって本当は嫌なんだけどさ……まぁ、結果オーライならいいんじゃない?」
二人はお互いに少し照れくさそうに視線を逸らす。そこには“ライバル同士”でもなく“ビジネスパートナー”だけでもない、ちょっと変わった信頼関係が芽生えつつあるように見えた。
SNSやメディアは当然のごとく「公開抱擁の衝撃映像」を拡散し、「ホリエモンを制御する唯一の男」などと騒ぎ始めている。だが、当の本人たちは「ラブコメじゃないから」と一蹴するだろう。
それでも周囲には、こう言う人もいるかもしれない。
「いやいや、どう見てもラブコメでしょ」と。
奇妙なビジネス+ラブコメ騒動は、まだまだ終わりそうにない。
【第五幕】抱擁騒動の余韻、そして新たなる火種
大規模カンファレンスでの“公開抱擁”は、ビジネスシーンだけでなくネット界隈にも衝撃を与えた。SNSにはイベント当日の動画が氾濫し、ニュースサイトには「ひろゆきがホリエモンを舞台上でホールド!」「“論破王”が“抱擁王”に!?」など、見出しだけでもインパクト十分な記事が並ぶ。
しかし、その騒ぎをよそに、ホリエモンは手応えを感じていた。投資家たちの反応は上々で、早速「詳しい資料を送ってほしい」「一度打ち合わせさせてくれ」というオファーがいくつも届いている。
暴走しかける前に数値計画やスケジュールの話をしっかりできた――それこそ、あの“非・性的抱擁”が生んだ成果とも言えた。
舞台裏でのやり取り
カンファレンス終了後、その日の夜。会場近くのホテルで一泊していたホリエモンのもとへ、ひろゆきがふらりと顔を出した。
部屋のドアを開けたホリエモンは、ちょうどパソコンの画面を睨んで資料作成に追われている真っ最中だったらしい。
「……お前さぁ、よく来たな。ちょうどいい、資料チェックしてくれよ」
ホリエモンが招き入れると、ひろゆきは静かにルームを見回し、散らばる書類とコンビニ飯の容器を見て苦笑する。
「相変わらず散らかってるね。で、どこ見ればいいわけ?」
「ここのROI(投資利益率)のところと、VR開発の実装スケジュールのあたり。それぞれの担当者から上がってきた数字が、ちょっと合わなくてさ」
二人は並んでパソコン画面を覗き込み、ああでもないこうでもないと意見を交わす。いつものネット上の“論破合戦”とは違い、ここではビジネスパートナーのように淡々と議論が進んでいく。
やがて、ある程度めどが立つと、ホリエモンは肩を回しながら伸びをした。
「ふぅ……。しかし疲れたなぁ。あの抱擁のせいで変に注目浴びちゃって、投資家からの連絡が一気に来たのはいいけど、資料づくりも倍になったよ」
「嬉しい悲鳴じゃん。俺のほうも、メディアから『ホリエモンを抱きしめた理由』を根掘り葉掘り聞かれるんだけどさ。そんなの“止まらないから”としか言いようがないんだよね」
「だよな……。俺だって『抱きしめられてどう思いました?』なんて質問されて困るよ。こっちは新事業の話をしたいのに」
視線を交わしながら苦笑する二人。周囲の騒ぎ方とは裏腹に、本人たちはラブコメ扱いされるのを面倒に思っている――はずだった。
感謝と戸惑い
そんな話題から一息ついたころ、ホリエモンはふと真顔になる。
「……でも、やっぱ助かったよな。あのとき、お前が出てこなかったら俺、投資家にとっては『夢物語ばかり語るヤベェ奴』って思われて終わってたかもしれない」
「まぁ、あれが最善策だったかはわからないけどね。超・非常識な手段だし。でも“暴走”を止めないと、本当に計画がぶっ壊れるところだったし」
ひろゆきの言葉に、ホリエモンは困ったように笑う。
「どうしてもさ、興奮すると周りが見えなくなる性分でさ……。イノベーションってのは大抵“常識外れ”から生まれるもんだと信じてるけど、その“非常識”が度を超すと空回りしちまう」
「そうだね。まぁ、全部を味方につける必要はないけど、最低限、投資家や協力者に呆れられないラインは守らないと」
ホリエモンは小さく頷き、PCの画面を閉じる。部屋には一瞬、静寂が流れた。
「お前には世話になりっぱなしだな……。あれ、恥ずかしくないのか? 抱きしめるとか」
「正直、恥ずかしいよ。俺のほうがネットで散々ネタにされてるし。でもさ、ホリエモンが建設的に動き出すなら、まぁいいかなって」
そのひろゆきの言葉に、ホリエモンは苦笑いから、少しだけ穏やかな笑みに変わる。どこか素直な感謝の気持ちが伝わるのか、部屋の空気が一瞬やわらかくなった。
新たなる火種の予兆
しかし、そんな和やかなムードも束の間。ホリエモンのスマホが震え、新着メールの通知が画面に並ぶ。
「……なんだ、また投資家からか?」
チラリと確認したホリエモンの眉がピクリと動く。興奮か、苛立ちか、その表情が急に硬くなった。
「ちょっとマズいかも。さっきのカンファレンスで絡んできた海外のVC、具体的な条件をガンガン詰めてきてる。しかも期限を切って『すぐに詳細を出せ』って……」
続く文面には「我々は他にも選択肢がある」「あなた方が実現可能な計画を今週中に提出できないなら見送るかもしれない」など、なかなか強気の言葉が並ぶ。
「……まぁ、投資家ってのはそういうもんだよね。迷ってる間に別の案件に行っちゃうし」
ひろゆきの冷静な口調に、ホリエモンはスマホを置いて立ち上がる。
「やっぱり、スピードも必要なんだよ。こんなの悠長に資料作ってるヒマないって! 俺の勘だと、今なら一気に畳みかければ大きい資金を引き寄せられる。だからさ、寝てる暇はないんだよ!」
ここで、また危険な兆候が顔を出す。ホリエモンの声に再び“ハイテンション”の色が混じり始めるのだ。
彼はそのまま机に広げた資料をばさばさとひっくり返しながら、勢いに任せて「とにかくすぐに仕上げる」「これが勝負どころだ」と早口でまくし立てる。
ひろゆきは「あぁ、またきた」と内心でため息をつきながら、口を開く。
「わかったわかった。とりあえず落ち着こうよ。期限はいつなんだ?」
「今週末! もう時間がないんだよ。こうなったら俺は徹夜で──」
またしても暴走しかけるホリエモン。しかし、今回はビジネスホテルの一室だ。人目はほとんどない。
ひろゆきは少し困惑したように視線を泳がせ、部屋のドアや窓の位置を確認する。(ここで抱きついたら、余計に変な誤解をされないか……?)と一瞬ためらうが、やはり状況はそれどころではない。
ホリエモンの頭に血が上りすぎれば、またスタッフを振り回し、計画が空中分解しかねない。
再びの抱擁、今度はオフレコ?
ひろゆきはスッと腰を上げ、机に寄りかかるホリエモンの背後へ回り込む。
「おいおい……」と振り向こうとするホリエモンに、手短に言葉をかける。
「……落ち着いて。徹夜で作業するにしても、まずやること整理しないと無駄が多いから」
「お前に言われなくても……って、またかよ!?」
気づいたときには、すでにひろゆきの腕がホリエモンをホールドしていた。
今回は広いステージでもオフィスでもなく、狭いホテルの一室。しかも人目がない分、余計に“抱きしめてる感”が強調される気がする。
「これ、何回やってんだろうな……」
ホリエモンは苦笑いをしながら小さくもがいてみせるが、すぐに抵抗をあきらめる。体が硬直する一瞬、また呼吸が落ち着きを取り戻していくのが自分でもわかる。
「……やっぱ、変だよな。こんなの普通じゃないよ、どう考えても」
「まぁ、普通じゃないけど、ホリエモンも普通のビジネスパーソンじゃないし。まぁ、これで暴走を止められるなら安いもんでしょ?」
ひろゆきも若干顔を赤らめながら言葉を続ける。
「ほら、深呼吸して。いっぺんに全部やろうとしないで、急務とそうでないのを分けて、スタッフに指示出せばいいんだし……」
数秒の沈黙。ホリエモンの呼吸とひろゆきの呼吸が、微妙に噛み合うような、何とも言えない空気が漂う。
しかし、その奇妙な間にこそ、ホリエモンの思考が冷却されていくのを感じる。やがて腕の力を抜いたひろゆきが、「ようやく落ち着いた?」と問うと、ホリエモンは「……ああ」とうなずいて苦笑する。
「まったく……今回のは人に見られなくてよかったよ。誰か撮影なんかしてたら、もう言い訳できないだろ」
「確かに。さすがにホテルの部屋で抱き合う姿は、いろいろ誤解されそうだね」
二人はそう言い合って、思わず吹き出した。そこには、きまり悪さと不思議な安心感が同居する、何とも言えない雰囲気が漂っている。
次なるステージへ
結局、その後はホリエモンが徹夜モードに入るのをひろゆきが止めつつ、優先度の高い作業から片付けるよう段取りを組ませた。深夜にはスタッフとも連携を取り、必要なデータを急いでまとめ始める。
暴走するほどのエネルギーは、きちんと方向性さえ定まれば強力な武器になる。その事実を、ひろゆきは改めて実感した。
そして同時に、ホリエモンにとっての“リミッター”役をいつまで引き受けるのか、少しだけ考える。
(まぁ、この抱擁がきっかけで本当に事業がうまくいくなら、別にいいか。周りからラブコメ扱いされるのは面倒だけど、どのみち俺も炎上慣れしてるしな……)
狭いホテルの部屋で資料を整理しながら、二人は時折顔を見合わせ、苦笑し合う。外の世界では相変わらず「ひろゆきがホリエモンを抱きしめる」という図式がネットを席巻しているが、この空間だけは少し落ち着いた空気が流れていた。
やがて朝になり、重たいまぶたをこすりながら何とか作業をひととおり仕上げたホリエモンは、コーヒーを一口飲んでほっと息をつく。
「……サンキュー、ひろゆき。おかげで頭が冷えて、必要なこと全部まとめられたわ」
「いいって。じゃ、俺はそろそろ帰るよ。昼前に配信もあるし」
二人が軽く目礼を交わすと、ひろゆきはホテルのドアを開けて廊下へ出ていく。
ドアが閉まる直前、ホリエモンは小さな声で「助かった」ともう一度呟いた。ひろゆきはそれには応えず、いつも通り無表情で手を振り、去っていく。
物語はまだ終わらない…
こうして、抱擁騒動の余波は続きながらも、ホリエモンとひろゆきのビジネス計画は着実に進んでいる。
新たな投資家との交渉が進めば、また大きなステージでの発表があるかもしれない。そこで再びホリエモンが暴走したら――やはり、ひろゆきの抱擁が炸裂するのだろうか?
あるいは、ホリエモン自身がテンションコントロールを身に付け、もう抱きしめられずとも平然とプレゼンをこなせるようになるのか。
だが、周囲はみな知っている。二人の間に生じた奇妙な“安心感”こそが、刺激的なビジネスシーンにおける、ある種の“ラブコメ”として彩りを添えているのだと。
新たなプロジェクトが進むほど、抱擁による波紋は広がる。奇妙な関係は、まだまだ加速を続ける。
【最終回】そして二人はそっと優しいキスをする
宇宙×外食×メタバースという壮大なプロジェクトの青写真がようやく固まり、新たな投資家との交渉も佳境を迎える頃。ホリエモンとひろゆきは、なぜか二人きりで地方のあるリゾートホテルへ足を運んでいた。
そこは、新規事業のプレビューイベントを行うための下見が目的……のはずだった。
しかし実際には、あれだけ激しく走り続けてきたホリエモンが「まとまった時間を取って休みたい」と言い出し、ひろゆきも「まぁ、たまにはいいんじゃない?」と珍しく賛同した結果、ほんの短い“充電”の旅が実現したのだ。
休息の地にて
夕暮れ時、海を一望できるテラスに並んで腰を下ろす二人。涼やかな潮風にあたりながら、ホリエモンは持参した資料をパラパラとめくる。
「いやぁ、いろいろバタバタしたけど、ここまで来るもんだな。投資家ともだいたい話がまとまったし、次はプロジェクトローンチだ。あと数ヶ月で一気に動き出すぞ」
「ま、止めに入るのが大変だったけどね。毎回抱きしめるのはさすがにもう勘弁してほしいんだけど」
ひろゆきが少し呆れ顔で言うと、ホリエモンは苦笑混じりに言葉を返す。
「お前がいなかったら、たぶん今ごろ俺はもっと痛い目見てたかもしれないけどな。感謝してるよ、ホントに」
これまで何度となく繰り返されてきた“非・性的抱擁”。そのたびにホリエモンは暴走を食い止められ、冷静さを取り戻してきた。最初は奇抜なギャグのようにしか思えなかったが、不思議なことに慣れてくるうちに、それは彼らにとって一種の“合図”になりつつあった。
「まぁ、俺としては、自分でも意外だったよ。誰かを抱きしめて落ち着かせるとか、キャラじゃないのに」
ひろゆきが照れ隠しのように鼻をすすりながら言う。ホリエモンはその横顔を見て、ふと微笑む。
「でも、おかげでスタッフや投資家との関係も壊れずに済んだんだ。あのまま突っ走ってたら、資金も巻き込む人もいなくなるところだったと思う」
そう言って、ホリエモンはテーブルに置かれたグラスを手に取る。中身は軽めのアルコール飲料。夜風が心地よく、ほろ酔いには最高のシチュエーションだ。
「乾杯……するか」
「そうだね。とりあえず一段落ついたわけだし」
二人は軽くグラスを合わせ、静かに飲み干す。カラン、と氷が鳴る音がどこか穏やかに感じられた。
穏やかな夜
夜が深まるにつれ、海を照らす月の光が幻想的に広がる。リゾートホテルのテラス席は人影もまばらで、どこか特別な世界に入り込んだような静寂が辺りを包む。
そんな中、ホリエモンはぽつりと呟く。
「……結局、お前にずいぶん頼りっぱなしだったよな。あちこちで抱きしめてもらってさ」
「頼られたっていうか、止めるのが俺の役目みたいになってたよね」
「まぁ、いつも言ってるけど感謝してるよ。お前がいなかったら、マジでボロボロになってたかもしれない。何しろ俺は突っ走るしか能がないからさ」
ホリエモンは自嘲するように笑うが、その声には不思議と温かみがある。
「でも……」
そこで一瞬、言葉を切って、ホリエモンはゆっくりとひろゆきの方を向く。
「暴走するにしても、もうちょっと加減を覚えようとは思うけどさ、それでもまだヤバいときは……頼んでもいいのか?」
「抱きしめられるってこと?」
「……まぁ、そうなるのかな」
正面から眼を合わせるホリエモン。それを受け止めるひろゆき。テラスの照明が控えめなせいか、互いの表情はかすかに赤らんで見える。
本当の意味での“落ち着き”
ひろゆきは静かに息をつき、椅子を少しだけホリエモンの方へ寄せる。
「別に、いいんじゃない? もう慣れたし。俺も最近、そんなに恥ずかしくなくなってきたしさ」
冗談めかした口調だが、その瞳には本気の穏やかさが宿っている。
するとホリエモンは、わざとらしくため息をつきながら肩をすくめる。
「お前、ほんとにキャラ変わったな。ネットで散々“論破王”とか言われてたくせに……いまや“抱擁王”か」
「うるさいな。誰のせいでこうなったと思ってんのさ」
そう返して、ひろゆきはいつものとぼけた表情で笑う。
二人の会話は冗談交じりながらも、周囲のざわめきやネットの目を気にしなくていい分だけ、素直に互いの存在を感じられる。その空気感が、いつしか心地よさへと変わり始めている。
そして、優しいキス
お互いに顔を見合わせ、どちらからともなく視線が重なる。
ホリエモンの瞳には、いつものようなギラつきではなく、静かな熱が宿っている。ひろゆきは一瞬だけ戸惑うようにまばたきし、それからゆっくりと微笑んだ。
まるで自然の成り行きのように、二人はそっと身を寄せ合う。抱擁ではなく、より近い距離――。
唇と唇が軽く触れ合う。
“性的”とも言い切れないほどの穏やかさで、それでいて何かが確かに交わされるような、不思議な感触。わずか数秒のキスは、今まで以上に二人の空気をやわらかく溶かしていく。
誰に見られるでもなく、何を言い訳する必要もない。ただ「これが今の自分たちにとって自然なのだ」という事実が、月の光と波の音の中で静かに溶け合っていた。
二人が手にした未来
唇を離すと、二人は小さく息をつき、微妙に照れながらも笑い合う。
「……これ、明日誰かに見られたら、またとんでもないこと言われるんじゃないか?」
「さあね。もう何でもアリでしょ。“抱きしめおじさん”とか“ラブコメ”とか、さんざん言われてるし」
ひろゆきは肩をすくめて言うが、そこには嫌な感情はなさそうだ。
「むしろ、ここまで来たら開き直るしかないよね」
ホリエモンも同じように笑う。いつもなら“どう捉えられるか”ばかり気にして炎上しかねないのに、今は不思議と気にならない。それだけの決定的な安心感が、二人の間に生まれている。
「それより、俺たちがやるべきことは山積みだよ。宇宙と外食とメタバース、やることはたくさんある。暴走しすぎない程度に、でも攻めるところは攻める。……だろ?」
「ああ。今度もし俺がハイテンションで突っ走りすぎたら、また止めてくれ」
「俺も限界来たら、まあ……いつでも抱きしめてあげるよ。キスは、まぁ、おまけってことで?」
その軽口に、ホリエモンは吹き出しそうになる。しかし、内心では「このキスだって、悪くない」と思っている。
やがてテラスの照明が少しずつ落とされ、ホテルのスタッフが「夜風が強くなってきましたのでご注意を」と声をかけに来る。
二人はグラスと資料を手に取り、寄り添うようにして部屋へと戻っていく。すでに明日以降のスケジュールはギッシリだが、今はほんの少しだけ、この静かな幸福感に浸っていてもいい――そう思える夜だった。
エピローグ
翌朝、ホテルのロビーをチェックアウトする頃には、二人ともいつものビジネスモードに戻っていた。
けれどその足取りはどこか軽やかで、自分たちの未来を楽しみにしているように見える。
SNS上では依然として「抱擁」や「ラブコメ」についての噂が絶えないだろう。今度は「キスでもしたんじゃないか?」なんて憶測が飛ぶかもしれない。
だが、二人にとってはもはやそんな噂に惑わされる必要はないのかもしれない。
それぞれが手にしたい“宇宙的スケール”のビジョンに向かって、走り続けるための“心の拠り所”が、ほんの少しだけ明確になったからだ。
──非・性的抱擁から始まった奇妙なラブコメは、新たな形で終わりを迎えつつも、二人の物語をさらなる高みへと導く鍵となった。
そして、そっと優しいキスで確かめ合った絆は、これからの未来にきっと大きな翼を与えてくれるのだろう。