モンスターハンターひろゆき〜ドラゴン狩り〜後編
暗い雲が垂れ込めるヘリオス峠の尾根道。
ひろゆきの目の前では、痛めつけられたはずのドラゴンが再び魔力を漲らせ、その漆黒の鱗から赤黒いオーラのような熱気を放っていた。口腔に燃え盛る炎が凝縮されつつあり、ひとたび吐き出されれば尾根道を焼き払うほどの火力が予想できる。
そして崖の上には、黒いローブをまとった謎の人物。骨細工の杖を振りかざし、不気味な呪文を唱えている。その宝石が妖しく光るたび、ドラゴンの傷は癒え、鱗の表面はさらなる硬化を帯びていくかのようだ。
「これは正直、めんどくさいですね…」
ドラゴンの猛攻だけでも十分脅威だというのに、後方支援の魔法まで加わるとなれば、下手をすれば一瞬で焼き尽くされかねない。
ひろゆきは崖付近の岩陰へ走り込み、かろうじてブレスの直撃を回避した。背後から吹き荒れる熱風で髪が焼け焦げそうになる。地面には焦げた岩や砂が舞い、辺りの空気が歪んでいる。
「いやー、やっぱドラゴンは簡単にはいかないですよね」
軽口を叩きながらも、彼の瞳にはしぶとく勝機を探る光が宿っていた。
崖上の奇術師
ローブの人物は、ドラゴンの傍へと一気に飛び降りた。杖を突き立て、さらに複雑な呪文を唱え始める。地面を蠢く暗い魔力の波が、ドラゴンへと流れ込んでいくのが見える。
「うわ、あれは回復だけじゃなくて強化魔法もセットですか。ドラゴンがもっと硬くなるっていうのは、正直歓迎できないんですけど」
ひろゆきはその場に身を伏せながら、頭の中で作戦を再構築する。
そもそもドラゴンを仕留めるには、心臓か首元の急所をハンドキャノンで正確に撃ち抜く必要がある。ただでさえ堅い鱗が、今は黒いローブの人物による呪術強化でさらに頑丈になっている。そのうえ、着地を封じるための罠もほぼ破壊されてしまった。
「最悪、あのローブのやつをどうにかしないと一生回復されちゃいそうですよね」
しかし、ドラゴンを放置してローブの人物を攻撃すれば、ドラゴンのブレスに背後から焼かれるリスクが高い。かといってドラゴンに集中すれば、ローブの人物が横槍を入れてくる。
――この厳しい二正面を、一体どう突破すればいいのか。
逆手に取る発想
ドラゴンがもう一度、ブレスの予備動作に入る。強化された鱗が硬質な光を放つ中、ローブの人物も再度杖を掲げ、呪文を唱えている。
「いや、どっちを先に叩いても“もう片方”がカウンターしてくる構図ですね…」
ひろゆきの脳裏にいくつもの失敗パターンがよぎる。しかしその裏で、一つだけ奇策の種が芽吹きかけていた。
(そもそもローブの人物は、このドラゴンを自在に操れるわけじゃない。あくまで傷の回復とブレスや鱗の強化をサポートしている。だったら…)
ひろゆきはさっと視線を巡らし、先ほどの戦闘で壊れかけたトラップの残骸を見つけ出した。大型トラバサミの鋼鉄片や、まだ使える矢弾、そして岩陰に仕掛けておいた炸裂系の補助爆薬――。
「これ、全部組み合わせれば、あいつらを巻き込む“小型爆弾”くらいは作れそうですね」
錬金術師ほど高等な技術は使えなくとも、もともとひろゆきは煙幕や自動弓など、いろいろと“自作”する手先の器用さはある。辺りの資材を即席で繋ぎ合わせ、起爆装置にハンドキャノンの“圧縮魔力弾”を流用すれば――。
「要はあのローブのやつがドラゴンの近くにいるタイミングで、爆発を誘発させりゃいいわけです。ドラゴンへの強化も、あの呪文も一気に中断させられる。傷はまだ完全には治りきってないはずだから……。やるしかないでしょ」
狙うべき刹那
ドラゴンは空を仰ぎながら大きく吠え、再び喉奥に火炎を溜め込む。ローブの人物もその横に立ち、さらに力を注ぎ込もうとしている。ふたりが密着している今こそ、チャンス。
ひろゆきはかき集めた資材をさっと組み付け、即席の“爆発トラップ”を作り上げた。導火線代わりの細い紐をドラゴンが踏み荒らした岩場に括りつけ、少し離れた場所で爆薬を隠す。最後に自身のハンドキャノンの弾薬を仕込み、火打ち石で着火装置を接続。
「いやー、こんな強引な手段、あんまりやりたくないんですけどね……。でもまぁ、時には荒業も必要ですから」
準備を終えたひろゆきは、わざとドラゴンとローブの人物の視界に飛び込むように姿を現す。そして、ドラゴンの鼻先ギリギリをかすめるような位置まで駆け寄り、わざとらしく挑発の笑みを浮かべた。
「ほらほら、そんな大振りのブレス、当たるもんなら当ててみてくださいよ。そっちの変なローブさんも、お疲れさまです」
案の定、ドラゴンは怒りで目を血走らせ、ブレスを放とうと大きく首を伸ばす。ローブの人物も「小癪な…!」と声を荒げ、何か追加の呪文を唱え出した。
そのタイミングで、ひろゆきは地面に転がっていた岩を一つ蹴り飛ばした。岩は転がり、導火線が仕掛けられた場所へ当たる。わずかな衝撃でも起爆するように細工されたトラップのスイッチが作動し、内部に仕込まれた“圧縮魔力弾”に火が入った。
爆炎の狭間で
ボゴォォォンッ! 鈍い爆音が尾根道の空気を震わせ、火柱と土煙が吹き上がる。近距離にいたドラゴンとローブの人物は、その爆風をまともに受けた。硬化していた鱗も、爆発の衝撃で何か所かが裂かれて黒い血が飛び散る。ローブの人物は叫び声をあげ、吹き飛ばされて岩の上に叩きつけられた。
「はい、ここで一気に仕留めます」
爆発の衝撃波を読んでいたひろゆきは、あらかじめ尾根道の端に伏せていたため最小限のダメージで済んだ。すぐにハンドキャノンを取り出し、すでに装填していた“とっておき”の弾丸を込める。
ドラゴンは咆哮を上げながらも、先のダメージや毒の影響、そして今の爆発で大きく体勢を崩していた。鱗の合わせ目がむき出しになり、そこに淡い紫色の血が滲んでいる。そこがおそらく心臓に近い急所。
「そのまま動かないでくださいねー」
ドンッ! ハンドキャノンの轟音が尾根道に響き渡る。
圧縮魔力弾の凄まじいエネルギーが、ドラゴンの鱗をこじ開けて内側へ食い込む。ドラゴンは一瞬、苦悶の表情を浮かべると、そのまま崩れるように地面へ伏せった。息絶えた、というにはまだ早いかもしれないが、もはや反撃の余力はないだろう。
謎の人物との対峙
ひろゆきがドラゴンに留めの一撃を与えようと近づこうとしたとき、ローブの人物が杖を支えに立ち上がった。血走った目で睨みつけ、何とか呪文を詠唱しようともがいている。
「ぐっ…貴様…これほどの手練れとは……! ドラゴンを倒しても、我が主の復活は止められんぞ……」
「主の復活? あー、はいはい。なんかめんどくさそうですね」
ひろゆきは冷めた口調で答えつつ、ローブの人物とドラゴンの位置関係を一瞥する。ドラゴンが完全に絶命していない今、ブレスを吐かれたら自分も巻き込まれかねない。しかし、ここでローブの人物を放置すればまた回復魔法を使われる恐れもある。
結論は早かった。ひろゆきは素早くローブの人物に狙いを定め、ハンドキャノンの銃口を向ける。
「申し訳ないですけど、今はあなたの脅威の方が優先度高いんで。主の復活云々はまた別の機会にどうぞ」
次の瞬間、躊躇なくトリガーが引かれる。反動音とともに、ローブの人物は闇色のマントを大きく広げ、最後の抵抗としてバリアのようなものを展開する。しかし、先ほどの爆発でのダメージと魔力の使いすぎもあり、バリアはあえなく粉砕される。ローブの人物は呻き声を上げ、そのまま崖下へと転落していった。
終幕
尾根道に静寂が戻る。ひろゆきはドラゴンにとどめを刺すべきかどうか確認するため近づくが、ドラゴンは既に息絶え、ピクリとも動かない。漆黒の鱗に大きな裂け目が走り、そこから血が流れ出していた。
「いやー、ちょっと派手にやりすぎましたね。でも、まぁ依頼達成ということで」
崖下を覗いてみるが、ローブの人物の姿は確認できない。死んだのか、あるいは深い闇の力で身を隠しているのか。いずれにせよ、ひろゆきが今ここで追撃する理由も義理もない。
「ドラゴンを倒した証拠としては、角とか鱗の一部があればいいかな? 王都に持って行けば報酬も出るでしょうし。次は温泉のある街でゆっくりしたいですよね」
彼は淡々とドラゴンの角を切り取り、手間はかかったものの無事依頼が完遂できたことに安堵していた。とはいえ、ローブの人物が最後に漏らした“主の復活”という言葉が少しだけ気にかかる。
「そうは言っても、死んだやつの目的なんて気にしても仕方ないか……お金もらって次の酒場へ行きましょう」
そうして、ひろゆきは大仕事を終え、山を降りていく。
山道を吹き抜ける風が、まるで警告するかのように冷たく彼の頬を撫でたが、当のひろゆきはどこ吹く風。次の報酬と次の酒場を思い浮かべながら、いつもの気だるそうな歩調でヘリオス峠をあとにしたのであった。
――その数日後、王都はひろゆきのドラゴン退治成功で大いに沸き立つことになる。だが同時に、闇の勢力が水面下で蠢きはじめるという噂も流れ始めていた。
“論破の狩人”ひろゆきの旅は、まだまだ続いていくのだろう。