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持続可能な社会に「カルチュラル・コンピテンシー」が必要な理由とは? 著者・鷲尾和彦に聞きました

こんにちは。
SIGNING広報チームです。

SIGNINGには多様なバックグラウンドを持ったメンバーが在籍しています。今回、登場するのはチーフリサーチディレクターの鷲尾です。

鷲尾は、SIGNING企画協力のもと、昨年10月に『カルチュラル・コンピテンシー』(花井優太との共著/BOOTLEG)を上梓しました。本書は、文化を「人間の営みの一番基礎にあるもの」ととらえ直すことで、持続可能なエコシステムを探るヒントを提示しています。

そもそもなぜいま、「カルチュラル・コンピテンシー」に着目したのでしょうか? 鷲尾の描く新しい社会のあり様やご自身の目指す活動についてまで、話を聞きました。

「文化」とは何か? ペース・レイヤー理論からひも解く


ー「カルチュラル・コンピテンシー」という言葉を初めて聞く人もいるかと思います。まずはこの言葉の意味から教えていただいてもよいでしょうか?

鷲尾:カルチュラルは「文化」、コンピテンシーは直訳すると「行動特性」ですが「自ら思考し行動する能力」のほうが意味としてわかりやすいかと思います。それを踏まえて僕の言葉で説明すると、カルチュラル・コンピテンシーとは、一人ひとりの持つ背景に敬意を持ちながら、生活の場における文化をとらえ直し、自らのやり方で文化を生み出そうとする能動的な態度・能力、ということになります。

ちなみに、インタビューを受けるにあたり、ChatGPTに「カルチュラル・コンピテンシーとは?」と質問してみたんです(笑)。そしたら「60年代から70年代にかけてアメリカで発展した」「社会学者のミルトン・ベネットが提唱した」などの答えが返ってきました。じつは僕はよく知らなかったんですが(笑)。M.ベネットが提言したのは「cultural competence」だったのですが、要約すると「自分とは異なる文化に属する他者を理解するための能力」ということでした。

他者を理解するという部分は共通しつつ、僕の考えるカルチュラル・コンピテンシーではその先の未来をつくっていく行動・姿勢まで含まれている点が、ちょっと違いますね。

ーここで言う「文化」は何を指すのでしょうか?

鷲尾:僕が本書に記した文章をそのまま読むと、「人が土壌や自然環境に働きかけて価値を生み出そうとする行為」って書いてあるんですけど、もう一度詳しく説明するために一つの図を引用したいと思います。

『カルチュラル・コンピテンシー』P9より引用

鷲尾:これは、伝説的な雑誌『Whole Earth Catalog』(1968年 - 1998)の創刊者として知られる、スチュワート・ブランドが唱えた「ペース・レイヤー理論」を図式化したものです。この図はもう長らく僕の頭の中にはずっとあって、本書を描く際にも土台にしています。
「ペース・レイヤー理論」では、変化のスピードの違う6つのレイヤーで地球は構成されているととらえています。、人間が操作することのできない「自然」が一番下層、その次に「文化」「ガバナンス(統治や管理のしくみ)」「インフラ」、インフラが整ったあとに「商業(コマース)」が栄え「ファッション」と続きます。私たちはこの一番上で生活しているわけです。
こうした速度が異なる複数のレイヤーが重なり合うことで、変化に柔軟に対応する耐久性の高い社会が維持されるというわけです。ここで「文化」は人間が自分たちの暮らしをつくり豊かにするためにできる一番根源的な行為です。

日本はいままで、文化を「モノ」としてとらえてきました。そうではなく、人間の暮らしの基礎部分として考えようというのが本書の「文化」のとらえ方です。またその行為を通して生まれるのは、値づけされて市場で交換される「商品」だけではありません。

ー人間が行為を及ぼせる一番下の層である文化を耕すことで、上に続くレイヤーも豊かになるということですね。

鷲尾:そうですね。僕たちにとっての「文化」の意味を理解し自ら活動をおこしていくこと、そのことをもとにして、上層のレイヤーにもアプローチしていくことが、カルチュラル・コンピテンシーということです。

なぜいま「カルチュラル・コンピテンシー」が日本に必要なのか?

ー「文化は人間の一番根源的な行為」とのことで、カルチュラル・コンピテンシーはいつの時代も必要な考え方のように思ったのですが、なぜいま、本書をまとめようと思われたのですか?

鷲尾:かつて「モノからココロへ」という言葉がありましたが、経済的に豊かになった先に、社会的にも文化的にも豊かになれるという、いわば二項対立的な、直線的な発展観がずっと続いてきました。しかし近年、経済的な豊かさだけでは社会は必ずしも豊かにならないということが、明らかになってきた。

同時に、本書で取材した事例を見ると、これまでの直線的な発展観をとらえなおすような活動や事業がさまざまな場所で生まれてきているという現実もあります。実際に新しい風景が芽生えてきている。なので、このテーマで本を書くとしたら、今かなと思いました。

鷲尾:僕はこの20年以上、世界各地や国内の都市をフィールドワークしてきました。じつは、いま日本が直面している「豊かさ」に対する疑問やとらえなおし、また「カルチュラル・コンピテンシー」への関心は、ヨーロッパでは30年ほど前から広がってきた経緯があるんです。

90年代から「持続可能性」という言葉が広がりました。またそのための都市政策、教育や文化政策が検討されてきました。その背景には、70年代に工業化が牽引してきた近代社会のモデルが終焉をむかえ、多くの修復困難な問題が噴出した現実があります。惑星的なレベルでの都市化が引き起こす環境問題、個人化の進展、モビリティやコミュニケーション技術の発展にともなう異文化間の軋轢、もそうですね。そういった複雑な問題はそもそもの原因がどこにあるかも見えにくい。また経済的な豊かさだけで解決策を出すのも当然難しいわけです。否応なしに従来の方法とは違った「豊かさ」の追求が必要になったときに、これまでお話ししてきたカルチュラル・コンピテンシーが注目されてきました。

日本は工業社会が終わったあとも、経済的な豊かさに対する信頼がずっと続いてきたようにも思います。でもここ10年、だんだんとそこに対する疑問を抱くようになった。そして、特にコロナ禍に直面することで、従来の発展観に対する疑問を日常生活の中で多くの人が感じるようになった。

VUCAの時代ともよく言われますが、変化の過渡期であり、混迷しているいまは、逆に変容していくことができる可能性にも開かれている時代だと思うんです。だからこそ、たくさんの人にカルチュラル・コンピテンシーという考え方を届けてみたいと思いました。

店舗は地域に必要なものを生み出す装置。良品計画に見るカルチュラル・コンピテンシーの実践

ー本書ではカルチュラル・コンピテンシーを実践されている団体や企業も紹介されていますが、印象深かった実例はありますか?

鷲尾:印象深いと言われると難しいのですが、ここまでお話ししてきたカルチュラル・コンピテンシーという考え方を身近な事例として一番わかりやすく理解できるとしたら、無印良品を展開している株式会社良品計画の例でしょうか。

良品計画は日本各地に店舗を持っていますが、その際、地域社会への「土着化」を目指して場所や商品をつくっていく、という方針を打ち出しています。彼らが実践する土着化とは各店舗が自律的にその地域特性を考え価値提供を行い、地域に即した店舗をつくりあげていくことです。

鷲尾:例えば、「無印良品 直江津」では、地元の農産物や特産品を扱う「なおえつ良品市場」を展開していたり、店舗まで足を運びづらい中山間地の住民の暮らしを支えるための移動販売バスの運用していたりします。また、「無印良品 京都山科」では地域企業や生産者と協働で店舗づくりを進めていたり、「無印良品 イオンモール堺北」では地元生産者からの直送の生鮮食品を扱っていたりしているんです。
つまり地域社会とそこで暮らしを営んでいる生活者にとって必要なものを生み出す装置として店舗をとらえている。それは、交換価値だけではなく、使用価値をも意識した商品や店舗づくりだと言えます。そのために、土地特有の価値を理解して、地域の人や土地に巻き込まれながら、店舗運営をしていく。これが「土着化」という言葉で表現されている企業経営の姿勢です。

ーなるほど。生活圏を地域の人たちと一緒につくっていくということですね。

鷲尾:そうです。だから、必然的に店員さんの役割も存在のあり方も変わってきますよね。地域と店舗の触媒のようになっていく。関わる人全員の姿勢が地域の価値の発見と文化の醸成を目指している、というわけです。

柔軟な触媒になるために。チーフ・リサーチ・ディレクターとしての目標とは

ーここまでカルチュラル・コンピテンシーについてお話ししてきてくださいましたが、鷲尾さんご自身はどのように実践していこうと考えていますか?

鷲尾:ぼくはSIGNINGでは、主にリサーチ&デヴェロップメント領域の仕事をしていますが、すでにさまざまなプロジェクトでカルチュラル・コンピテンシーという考え方を取り入れています。デジタルトランスフォーメーション後の社会像の構想、地方都市のアーバンデザインやリブランディング、循環型経済モデルへのチャレンジ、オフィス空間での働き方改革、他者との共創を通じて個々人の創造的な発想を広げるメソッド開発など、都市、オフィス、個人まで、マクロからミクロまで多様なスケールでカルチュラル・コンピテンシーは活かせることを感じています。

SIGNINGでは現在、8箇所で地域づくりに参加しています

鷲尾:個人的には、民間企業や地方自治体、生活者など、多様な立場の人たちと対話をしながら、新しい可能性を一緒に見つけ出していく「触媒」のような存在でありたいと思っています。そのためには、常に自分たちが生きている時代や場所について「良い問い」を投げかけていくことが必要だと思います。さまざまな人たちとともに、柔軟に新しい変化や変容を促していく「場」を動かしていければと思います。

【プロフィール】

鷲尾 和彦
SIGNING チーフリサーチディレクター(兼 博報堂 クリエイティブビジネスプロデューサー)
「文化と経済」「都市/生活圏」をテーマに、戦略コンサルティング、クリエイティブ・ディレクション、新規事業開発などで、民間企業、自治体、国際機関、NGO等とのプロジェクトに従事。主な著書に『共感ブランディング』(講談社)、『アルスエレクトロニカの挑戦』(学芸出版社)。共著『CITY BY ALL ~生きる場所 をともにつくる』(博報堂生活総研「生活圏2050」プロジェクトレポート)、『カルチュラル・コンピテンシー』(Bootleg)等。主な著書に『共感ブランディング』(講談社)、『アルスエレクトロニカの挑戦』(学芸出版社)、『CITY BY ALL ~生きる場所をともにつくる』(博報堂)、『カルチュラル・コンピテンシー』(Bootleg)等。修士(工学)、社会教育士。

【書籍紹介】
『カルチュラル·コンピテンシー 〜経済と人間のこれからの関係』(tattva別冊)

著者:花井優太、鷲尾和彦
出版社: Bootleg

経済も日常生活も、人の営みの「土台」には常に文化がある。生産性と効率最優先のゼロサムゲームに終止符をうち、持続的な循環社会を生むための12の実践例と識者たちの視点。

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