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北海道東川町移住3年目を迎えて 〜知る、混ざる、そして根を張る〜


東川町移住から丸2年が経ちました

2022年8月4日に北海道東川町に移住して丸2年が経過しました。
北海道らしからぬ蒸し暑い夏を2年連続過ごし、
もうあと数か月すれば移住後3回目の冬が訪れます。

2024年元旦 ‐21℃の中での初日の出

地域を知る1年目、地域に混ざる2年目

知り合いもほぼいない1年目は、我が家の予定表はスカスカ。
この町にどんな人どんな生活をしてるのか。まさに地域を知る1年でした。

2年目は様々な活動に顔を出すようになり、一気に我が家の予定表は様々な予定でびっしりに。この1年は地域に混ざる1年だったと思います。

特に、息子が町内の3つの少年団(写真・スキー・水泳)と自然学校に通い始めたことで、これに関連する予定や活動が大きく増えました。

写真少年団@富良野
スキー少年団@キャンモアスキー場
大雪自然学校@旭岳

これらのコミュニティは、会費を払って後はお任せといった塾や民間学童、スポーツクラブのようなものではなく、地域の人や保護者たち。NPOなどで手弁当で運営しています。

運営の当番があったり、コミュニティで何をやるのかを自分たちで決めて実行していったり。保護者も含めて自分たちで主体的に参加していく必要があるので、お金を払ってお客として振る舞うように楽ではありません

一方で、こういった活動を通して共に活動している人の人となりを知ったり、”皆で地域の子供を育てる”というカタチが自然とできていきます。

地域に混ざるという意味では、これらのコミュニティは我々の生活を大きく変えるきっかけとなりました。

不自由な共生と自由な孤立

こういった「共生型」の社会は「ムラ社会」的にネガティブに囚われがちだったりもします。

影山知明さんの「ゆっくり、いそげ」ではこのあたりのコミュニティや関係性を「共生と孤立」「自由と不自由」の4象限で整理をされています。
詳細はぜひ書籍をご覧ください。

書籍内提示図「関係性の作り方」から作成

地域やコミュニティでの関わり合いや、それがもたらす助け合いは
安心感や一体感を伴うものである一方で、「関わらない自由」というのはなかなかないので、「不自由な共生」ともいえます。

都会にいるときは、自分のことの多くは自分で決められ、周りから干渉されることも関りを求められることも少なかったと感じます。

少年団のような子供の居場所的な存在も
それこそ多くの選択肢が存在し、語弊なく言えばお金さえあれば自由に選べる環境だったなと改めて思います。

都会における多様な機会に加えてお金や技術を使うことで「不自由」から「自由」を得る一方で、周囲とのかかわりが薄れ、共生ではなく孤立(独立)していくようになる。

もちろんこの「自由な孤立」を好む人もいて、これが悪ではありません。
私自身が「共生型」の社会に移住して思ったのは、自分はこの
「自由な孤立」で将来生きていくことに不安や疑問を感じていたのだなと

日々周りにいる人たちが何者でもない感覚。電車に乗ればだれもがスマホに目を落とし、マンションでも公園でも挨拶の声もない。同じ空間にいるのに同じ場所で共に生きる仲間という感覚はなく、コロナ禍でさらに加速したと私は感じました。

東川では、すれ違う子供たちの多くは大きな声であいさつしてくれますし、
町にいる方は、たいていは友達の友達くらいでほぼ網羅できるので、町を歩けば声をかけあう。自分がいて、共に暮らす人たちがいる。それを常に実感できる町です。

自由な共生 ~他人とともに自由に生きる~

では、今ある生活が「不自由な共生」かというと、そうでもないなと感じています。
影山さんの著書では「他人と共に自由に生きる=自由な共生」をこんな風にまとめています

そもそも「自分のことは自分で決められる」「まわりから干渉されない」とは、自由ではあったといてもそれは基本的には自分ひとりの自由ーーいわば「小さな自由」とでも呼ぶべきものだ。
それとは別に、他人とともにある自由ーー「大きな自由」が構想できないか。他者と関わり合うことで、自分一人では実現できないようなことが実現できるようになる。自分の「利用価値」や「機能性」ではなく「存在そのもの」を受け止めてくれる他社がいることで、素の自分に戻れる場所があるーーこうしたことはいずれも、一人である限りは得られない種類の「可能性だ」

「ゆっくり、いそげ」 影山知明著 より引用

ただこうした前向きな関わり合いを実現するにはやはりコツがある。
ーそれが「支援の話法」
「話すことより聞くこと」「違いを楽しむこと」だ。
こうした関わり合いは、もちろん過程での摩擦やすれ違い、ときに感情的な対立なども内包しながらも、基本的には「楽しい」ことでもある。

「ゆっくり、いそげ」 影山知明著 より引用

東川にはこの「他人とともに自由に生きる」を体現できる土壌があるなと生活しながら感じています。

東川には本当に多くの多種多様なバックボーンを持つ人がいます。
基幹産業である農業・木工業だけでなく、写真家、アーティスト、飲食店、雑貨屋、自然ガイド、猟師etc 小さい町ながら多くの人が数えきれないくらいのマルチな才能を発揮しています。またこれらの文化を支える多くの行政や地域づくりに関わる方がいます。同じ定規で測れない人が多く、自分が知らないことを知っている人がなんと多いことか。
こういった多様な人が集まるという特性も、「違いを楽しむこと」につながっているとも感じています。

移住者(東川で生まれてない人)の割合が人口の半数近くに達している東川。多様なバックボーンを持つ人が自由に共生できる、それがまた新たな多様な人を呼び寄せる。昨今移住関連で取り上げられる居住環境としての素晴らしさももちろんありますが、東川の魅力は「人」と「文化」なのだと個人的には思っています。

まさにこのあたりは2年目に参加させていただいた
東川町新まちづくり計画2024」策定委員会で立場を超えて議論がされ、
まとめられています。是非リンクをご覧ください。

「東川町新まちづくり計画2024」より抜粋

地域に根を張る3年目

まちづくり委員会への参画やPTAの三役など、移住して2年の新参者ながら、地域により深く関わる機会を頂けています。手を挙げれば関わらせてくれる。これもこの町の特徴でもあります。これまで働いてきたベンチャー企業に近い感覚でもあります。

これまではどちらかと言えば地域の恩恵を多く受けてきた立場ですが、これからはより地域に根を張りこの地域にできることを考えています。

現在は成立しているリモートワークもいつまでできるかはわかりません。物理的に出社しなくても仕事ができる環境が急激にできたように、また逆に急激にオフィス回帰が進むかもしれません。
一方で、新たな感染症や天災リスク、地球温暖化の進行など、都心にこれまで通り一極集中すること自体が難しくなるかもしれません。

どちらにどれくらいのスピードでどう振れるか?は予測できませんが、
私ができることは

【どんな場所でもできることを】
物理的に距離が離れていようとも発揮できる能力と信頼を積み上げること

【この場所だからできることを】
この地域を基盤に、自分ならではプレゼンスをこの地域で発揮すること

だと思っています。

息子の成長に伴い、また様々な悩みも出てくるとは思いますが、
ご縁を頂いた「東川町」「北海道」という場所を拠点に、
「自由な共生社会」を目指して生活していければなと思います。

また息子も、この縁をもらった場所に愛着をもってもらいつつ
どこに行っても活躍ができる大人になってくれたら嬉しいなと思います。

君が大人になるころは、フィールドは世界だ

今ある生活は私たちだけでなく、多くの方の努力や配慮によって実現できています。日々感謝しながら、東川3年目の生活を過ごしていこうと思います。

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