結構毛だらけ猫灰だらけ
目潰しをしたことがある。されたことではなく、したことが。より正確には目潰し未遂である。加害者がいうのもなんだが、それは不慮の事故であった。
高二の時分であった。マイ・ハイスクールの文化祭では、二年生は劇、三年生は模擬店をするという伝統があった。私のクラスも当然劇をすることになったのだが、当時の私はいかんせんバンド活動が忙しく、クラスの活動にほとんど関わっていなかった。文化祭というのは私たちのバンドにとって、一年に一度の晴れ舞台だったのだからしょうがない。
そんなわけで、私はクラスの劇についてはとんと無頓着であった。一方、同じ中学出身のクラスメイト、高西くんは役を与えられた。なかなか重要な役である。それはメガネをかけた役であったが、彼は視力が良かったので伊達メガネをかけることとなった。
さて、その伊達メガネをかけた高西くんを見つけた私は、「へいへーい、うへへ」とちょっかいを出しはじめた。彼も「ういー」と言って応戦した。猫によく見られるじゃれあいである。
不意に私は右手の人差し指と小指を突き出し、「しゅっ、しゅっ、しゅっ……」と口でセルフ効果音を出しながら、彼に超スローモーション目潰しを繰り出した。伊達メガネのレンズにコツンと当てて、非日常的なスリルを味わわせてあげたいという、一人の友人としての清らかな善意がそこにあった。しかし、善意はあってもレンズはなかった。レンズがないタイプの伊達メガネだったのだ。想像上のレンズを、カタツムリの如くゆっくりすり抜けた私の二本の指は、各々が彼の左右の眼球に触れる寸前まで近づいた。高西くんは高西くんで、私が寸止めすると信じきっていて、目を閉じるという発想は全く頭になかったらしく、「おはいんなさい」とばかりに私の指を生暖かく出迎えてくれていた。
ぎりぎりのところで彼は、荒川静香顔負けの見事な上体反らしを披露し、大事には至らなかった。私たち二人の驚愕した顔面はまるで鏡写しのようであったが、その内実はまるで違っていた。私はメガネにあるべきレンズがそこにないという事実に驚き、高西くんは本気で目潰ししようとする人非人の行動に驚いていた。
普段、私はコンタクトレンズを使用しているが、それの取り付け・取り外しは、考えてみればセルフ目潰しのような側面もあり、なかなか突飛な動作である。怖くてコンタクトが付けられない人がいるというのも頷ける(もう慣れてしまったけれど)。ましてや他人の眼球に触れるなんて、想像しただけでも恐ろしい。そんなこんなで、人に目潰しするのはもう二度とごめんである。される方はもっとごめんだろう。高西くん、ごめん。
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