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色は、透明に隠れて~おうちでできる光弾性実験~

※本記事は『SHINYLABO JOURNAL vol.1』に寄稿した記事をnote版に再編集したものとなっています。

☆☆☆

『ピンポーン』
「はーい」
『芹沢あさひっす!』
「はいはい、ちょっと待っててくださいねぇ」
玄関に向かいドアを開けると、いつも通り元気な姿があった。
「お疲れ様っす!久しぶりで楽しみにしてたっすよ~!」
「わざわざ来ていただいてすみません……。今日は事務所に伺ってもできることだったんですが」
「別にいいっすよ。事務所から近いっすから、ここ」
「はは、確かに。それは引っ越した甲斐がありましたね」
そんな会話をしながらあさひさんは靴をそろえて部屋の方へ向かっていく。靴揃えるの、和泉さんに言われてるのかな……。先に部屋に行ったあさひさんがまた声を響かせる。
「それでそれで、今日は何するっすか?」
こちらも部屋に戻ると純朴そのもののきらめきを放つ瞳がせかしてくるので、言われるがままに小道具箱を開いた。
「今日は……え~っと、あった。これを使ってちょっと面白いことが出来ればと思っています」

☆☆☆

取り出したのは二枚組の黒い板。黒い、といっても板越しに少し先が見える透かしのような板だ。
「――なんすか、これ」
一枚を受け取ったあさひさんは板を蛍光灯に掲げて不思議そうに見つめる。
「……ちょっとだけ暗くなって見える板っすか?」
「確かにそうかもしれませんね。だいたいのものは見えている通りうっすらと見えるのですが、この部屋に薄暗くなるだけじゃないものがあるので探してみましょうか」
「見え方が変わるものがあるっすね!見つけるっすよ~」
と、勢いよく部屋の中を板を掲げて探して回る。
「パソコンじゃない……、窓も……、キッチンも違う……」
とてとてと広くはない部屋を歩き回るあさひさんへ、ここでヒントを一つ。
「あさひさーん、その板は実は向きが重要なのでくるくる回しながら探してみてください~」
「え、向きっすか?模様とかないっすけど……。わかったっす!」
板と身体を回しながら、少し歩きのスピードを落として部屋の散策を終えてあさひさんが帰ってくる。
「全然見つからなかったっすよ~。全部ちょっと暗くなっただけだったっす」
「本当ですか?ヒントあげてからこの部屋ちゃんと見ましたかね……?」
「あ、まだこの部屋はちゃんと見てなかったっすね。えーっと……」
再度部屋の中を今度は板を回しながら観察するあさひさん。ヒントありだと見つけるまでそう時間はかからず発見の声があがる。
「あ!パソコン!!」
「お、見つけましたね。パソコンがどう見えましたか?」
「真っ黒になるっすよ!くるくる回してると一瞬だけ真っ黒になるっす!」

「良く見つけましたね!記念に写真でも撮りましょうか」
「やったっす~!」
見つけて笑顔のあさひさんを写真に収めつつ、さっそくあさひさんからの疑問が投げかけられる。
「でも、これなんで真っ黒になるっすか?他のものはちょっと暗くなるだけで、パソコンも……こうやって板をこの向きにしたときだけ暗くなるっすよ」
「さすがあさひさん。バッチリの観察力と着眼点ですね」

☆☆☆

ここまでしっかりと狙った通りの疑問点を出してくれるあさひさんに感動しつつ解説を始める。
「これは『偏光板』というものなんです」
「へんこーばん……?」
「はい、ちょっとだけ特殊な板でして、世界にある光のうち特定の波の向きのものだけを通すような細かい線がたくさん入っているんです」
「波の……向き?」
知らない単語とあまり直感に響かなかっただろう概念にかしげる頭の角度がほぼ水平になったあさひさんへ少しかみ砕いていく。
「あさひさんは縄跳びをふるふるしてヘビみたいにしたことありますか?」
「え、縄跳び?今光の話してたっすよね」
「あー、これはたとえ話です」
「なるほど、やったことあるっすよ。くねくねしてて飛ぶのより面白いからずっとやってたっす」
縄跳びを横に振るようにシャカシャカと手首を振り続けるあさひさんが早く結論を教えてくれと訴えるような表情で見つめてくる。
「あさひさんらしいですね。そのくねくねって横に振るとできますが、縦にぺちぺちするように振っても海の波みたいな形ができますよね」
「そっちもやったことあるっす」
「実は今見えている光には、横のヘビみたいな波や縦の海みたいな波、それだけじゃなくて斜めの光も、色んな向きの波が混ざっているんです」
「……」
「お、考えてますね。先程この偏光板は特定の波の向きのものだけを通すようになっていると言いましたが、もうちょっとヒントが――」
「あ、待つっす!考えたら分かる気が……」
水平になっていた頭を逆側にかしげて、うーんと唸るあさひさん。
「横の波だけを通す……」
「あさひさん、ヒン――」
「もうちょっと!もうちょっとだけ……」
「わ、わかりました」
想像以上の剣幕に圧倒されてしまったので、少し離れてあさひさんから回収していたものと手元に残していたもう一枚を重ねてくるくると重ねて遊んでいると――。
「質問なんすけど、横の光だけ通すヘンコーバンと縦の光だけ通すヘンコーバンを重ねたら真っ暗になるっすか?って、それ!まさにそれっすよ!」
「あさひさん、さすがですね。その通りです。実際にやってみましょうか」
あさひさんと偏光板を一枚ずつ分けて良い被写体を探す。
「何か背景でよさそうな……」
「真っ暗になるんだったら元々黒じゃなければ良いっすよね。はやくやってみるっすよ!」
「わかりましたわかりました。それではカーテンは黒いから……」
「この空気清浄機でいいっすよ!」
安物の空気清浄機なのも少し抵抗感はありながら、ちょうど白いものなので写真映えはするよな……。
「わかりました。……じゃああさひさんは空気清浄機の前で持っててくださいね」
「わかったっす!」
空気清浄機の前で座り込んで準備万端というあさひさん。こっちはあさひさんが掲げている偏光板の向きを変えてスマホのカメラを起動する。
「動かさないでくださいね~、向きそのままで」
「早く撮っちゃうっすよ!」
「はいはい、行きますよ~……。はい、撮れました」
「ちゃんと真っ黒になってるっすか?」
スマホを覗き込みに来るあさひさんが画面を見るや否や驚きと少しの納得の声を上げる。
「ほんとだ!やっぱり真っ黒になってるっす!」

こちらの手元で持っていた偏光板も渡し、くるくると回しながらあたりを見回すあさひさんがふとさらなる疑問を投げかける。

☆☆☆

「あー……、でもなんでパソコンは一枚だけで真っ暗になったんすかね」
「お、良いところに気付きましたね」
「一枚だけだったら縦とか横とかだけにしかできないっすよね……」
再度腕を組んで頭をひねるあさひさんへ、一つヒントを与える。
「そうなんです。偏光板一枚では真っ黒にはならないですよ」
「う~ん……。あ、もしかしてパソコンの画面に元々ヘンコーバンが入っているってことはありえるっすかね?」
最小限のヒントで答えにたどり着いたあさひさんへ拍手を送る。
「素晴らしい。その通りです。こういった液晶モニターのほとんどには偏光板が使われているんですよ」
「そうだったんすね。探しているとき最初にパソコン見てたっすから、なんだかだまされたような……」
「はは、こっちもクイズ出しておきながら最初にすぐ答えがでちゃうんじゃないかってひやひやモノでしたよ。幸い持っていた向きが違ったんで気付かれませんでしたけれど」
「えー、やっぱなんかずるいっすよ!」
すこしむすっとしたあさひさんだが、ここでさらに一歩理解を深める疑問へと続けていく。
「それで、なんでこういうモニターに偏光板が使われているかわかりますか?」
「え、確かになんで入ってるっすかね……。暗くなっちゃうのはなんかもったいないっすよ」
「言われてみると偏光板がない方がより小さな明るさでもよさそうですね。でも、ちょっともったいなくても仕組み上どうしても必要になってしまうんです」
「どうしても必要……」
さすがにノーヒントではたどり着けない疑問なので、半分解説のフォローを入れていく。
「少し話は変わるんですが、あさひさんは光の三原色ってご存じですか?」
数秒間をおいて元気にあさひさんが答える。
「……あ、RCB……じゃなくて、……RGBだったっすかね」
「はは、そうですね。RGB、赤・緑・青の三色です。実はモニターにはこの三色に変えるフィルターを並べた小さな画素と呼ばれるブロックがたくさん敷き詰められていて、そのブロックごとにどの色を出すかをパソコンが指示をしてこうやって画面に表示しているんですね」
ここで説明を一度でしっかりと理解したあさひさんがその仕組みについて疑問を投げる。
「色を変えるのって、その画素?にある光の強さを変えてるってことになるんすかね」
「そうですね。おおざっぱに説明してしまうとそれで正しいです。ちょっとこの先は難しいですけど自分で考えてみますか?」
再度腕を組んで頭をかしげて数秒後、あさひさんから敗北宣言が出される。
「ちょっとわからないっすね……」
「いやいや、今回はさすがに難しいのでこれは仕方ないです。実はですね、このモニターの一番奥にあるライトはずっと同じ強さの白色の光が出続けているんです」
「うんうん」
「で、まずその光源のすぐ近くにまず一つ目の偏光板があります」
「一つ目!?まだ他にもあるっすか!?」
「そうなんですが、ちょっと待っててくださいね。で、この白い光が偏光板で、……例えば横向きだけの光を通せるようになります。その後、この画素では赤だけ見えるようにしたいという場合にはですね、パソコンからその画素のところで青と緑のフィルターを通る光をくるっと波の向きを縦に回転させてしまうんですね」
だんだんと説明が進むにつれて怪訝な顔になってくるあさひさんが一旦ストップをかける。
「ちょっと待ってほしいっす。横の波って縦の波に変えられるっすか?」
「お、なかなかクリティカルな質問ですね。それはですね、液晶に電圧をかけると光の波の向きを変えられるんですよ。これが液晶スクリーンの非常に重要な技術ですね。ちょっと進んだ話をすると、電圧はそこそこ大きなものが必要なんですが、液晶は電流をほとんど通さない絶縁体なので電力消費自体はかなり押えられるのでこうやってスマホの画面とかでも使えるんですね」
「あ、確かにスマホも偏光板で暗くなるっすね」
「それで、画素の色フィルターごとに光の向きを調節して、最初にあった偏光板と同じ向きの光を通すもう一枚の偏光板をその先に置いておくことで、曲げられなかった光はそのまま、曲げられた光は最後の偏光板で通せんぼされて通れなくなるので色々な色が表現できるようになるわけですね」
一通りの説明を受けたあさひさんが下を向きながらう~んと唸る。思考の整理が終わったのか、顔を上げて確認をしてくる。
「つまり、……スタートは全部白だけど、画面の小さい点ごとに通したくない色の波をくるっとして最後の偏光板で通さなくするってこと……っすかね」
「そうですね、まとめるとその通りです」
少し晴れやかな表情になるもまだ完全に解決していない表情であさひさんが続ける。
「でもその波をくるっとするのってどうやるのか気になるっすね……」
「う~ん、それは本当にしっかりと電磁気学を勉強する必要があるので、……大学で物理勉強するまでの我慢ですかね?」
「えーー!もっと早く知りたいっすよ~!」
「まあまあ、……代わりと言ってはなんですが、ちょっと別の実験をしてみましょうか」

☆☆☆

つい先ほどの不満顔なんてなかったかのように興味を持ったキーワードに目を輝かせる。
「実験!?それも早くやるっすよ!」
「はいはい、じゃあ用意が必要なので……。あさひさん、そのパソコンでスライドを使って真っ白な画面を作れますか?」
「え、真っ白で良いんすか?授業で使ったことあるからやれるっすよ!」
「ありがとうございます。それではこちらはカメラの準備をしますね……」
それぞれの準備を黙々と進め、ほぼ同時に完成の報告をしあう。
「白い画面できたっすよ!スライドショーの画面でいいっすか?」
「はい、それで大丈夫です。こちらも準備ができました」
スマホのカメラ部分に取り付けたパーツをあさひさんへ見せると、先程の流れの推測からバッチリと予想を的中させる。
「これ、カメラのところに付けているのってヘンコーバンっすよね?」
「お、さすがあさひさん。察しがいいですね。これはスマホカメラ用の偏光板です。私はあまりカメラに詳しくないのですが、光のばらつきを抑えてくっきりとした写真を撮るために付けるらしいですよ」
あまり興味長さそうにあさひさんが返事をする。
「ふ~ん、そうなんすね」
「そうなんです。で、次の準備として、スマホスタンドに置いた状態でこの偏光板をくるくる回してパソコンの画面が真っ暗になるようにしてください」
「縦と横のヘンコーバンにするっすね。いいっすよ、……んと」
ゆっくりスマホ用の偏光板を回していると、数秒程度で官僚の報告が出た。
「真っ暗になったっすよ!本当にこれもヘンコーバンだったんすね」
「ありがとうございます。そうですね、これで縦と横の偏光板なのでまっくらになってしまいました」
「で、で、次何するっすか?このままだと真っ暗っすよ」
ワクワクが止まらないあさひさんに、本棚から CD を取り出す。
「それではですね……、この歌詞カードを抜いた CD ケースをスマホとパソコンの間に置いてみてください」
半ば奪い取るように CD ケースを受け取ったあさひさんは指示通りにスマホとパソコンの間にCDケースを置く。
「おー!良い感じ!あさひさん、こっちでスマホから見てください!」
「え!……あー!!!!!」
スマホの画面を見たあさひさんが今日一で大きな声を出す。
「なんか!……変な虹のカーテンみたいになってるっすよ!!!」
「たしかにこれはカーテンみたいですね」
「真っ暗なのになんで……あ!」
「お、気付きました?」

「いや、予想なんすけど、このCDケースで光の波の縦と横が変わってるってことすかね?」
「やっぱりあさひさんさすがですねぇ。そうなんです。まさに先程説明したモニターの液晶のように光の波の振動する向きをCDケースが変えているんです」
「なるほど、でも何もしなかったらただの透明なケースなのに、なんでこんなにいろんな色になるっすか?」
これまでの経緯を踏まえると至極当然な疑問にまた頭を捻り始める。
「これはですね、光弾性という現象が見えているんです」
「ひかりだんせい……?」
「はい、CDのケースってプラスチックでできていますけど、それをこの形に加工するときに工場でぐっと力をかけてこの形に固められているんですね」
「なんかそんなイメージあるっすね」
「はい。で、その力のかかり方が CD ケースを構成するプラスチックの分子の並び方に染みついてしまっていて、その分子の並び方によって光の波の向きがかわってしまうんです」
「なるほど、……でもそれだったらなんでこんないろんな色になるっすかね?波の向きが変わるとしてもそれだったら全部真っ黒か真っ白かのどっちかにならないんすか?」
「お、良いツッコミですねぇ。実はですね、光の波長、分かりやすく言うと色によってこの波の向きの代わり具合がバラバラなんですよね」
「ってことは、……例えば緑で見えるところは緑の光がちょうど横から縦になるような分子?の並び方をしてるってことっすね」
「素晴らしい。あさひさんの吸収力には本当にいつも驚かされます」
あさひさんの理解力に感心していると、あさひさんがすっと立ち上がって次の実験へと向かう。
「他の透明なものでもこんな感じになるっすかね?」
「う~ん、物にもよるかと思うんですけど、間に置くだけなんで是非やってみましょう。なにかいいものありそうですか?」
「えっと……、あ、この透明なポット使っていいっすか?」
「はい、もちろん大丈夫ですよ。じゃあ間に置くと……」
「あ!なんかこれはコウモリみたいっすね!」

「たしかに!ポットの形がこういう丸くなだらかな形をしていますが、そのせいか左右対称でコウモリみたいに見えますね」
「あとあと、ポットのすぐそばの床に映ってる光もいろんな色になってるっすよ」
「本当だ。確かに床に反射している光もポットを通ったものだけが変な色で見えますね」
「スマホで見ないとただの透明なポットなのに……、すごいなぁ……」
と、あさひさんが不思議そうにスマホ画面から、上からと全身を使って動かしていると、ティロンとスマホが鳴った。

★★★

「ん?……あ、冬優子ちゃんからっす」
「お仕事の連絡ですか?」
「いや、お仕事じゃないっすけど、レッスンの時間早められそうだから都合付くなら早く来てって」
「なるほど、それじゃあ早く行ってあげたほうがよさそうですね」
興奮が押さえきれないながらも状況自体は冷静に理解しているあさひさんが不満げながらいう。
「う~ん、もうちょっと観察したかったっすけど、仕方ないっすね……」「まあまあ、じゃあ簡単に今日のおさらいをしておきましょうか」
「……はいっす!」
「じゃあ、まず最初に、今見えている光は色んな波の向きが混ざったものです」
「それで、偏光板はそこから縦とか横とか一種類の方向だけにできるんすよね」
「はい、それを縦と横で重ねると真っ暗になってしまうんですが、間に光の波の向きを買えるものを挟めば暗い中でも光が通るようになる」
「CDケースもそうだったっすけど、パソコンの画面もなんか電圧?とかでくるってやってるってことっすね」
「その通りです」
「でも、……こうやって光を使ったら目で見えない形が出てくるのは不思議っすね」
「そうですね。普段は隠れて見えないですけど、実は光への性質は周りと違うこともあるのは面白いです」
「黒はいろんな色が混ざってるってよく聞くっすけど、透明の中にも色んな色があるんすね……」
今日のまとめや感想の出力を終えられたので、今日のプレゼントを袋にまとめてあさひさんへ渡す。
「じゃあ今日のプレゼントは偏光板二枚セットです」
「え!?いいんすか!?やったっす~!」
「冬優子さんや愛依さんと一緒に今日わかったことを説明してあげながら縦と横で色んなものを挟んで実験してみてくださいね」
「わかったっす!何か透明なものないかな……」
ガサゴソと何やらいろいろ入っているカバンへと偏光板を入れた袋を入れると、あさひさんが玄関へと向かっていった。
「それじゃあ!また来るっすよ!」
「は~い、またプロデューサーさんに事前に連絡してからお願いしますね」
ハハハと靴を履きながら満面の笑みであさひさんが答える。
「わかってるっすよ~。じゃあバイバーイ!」


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