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"超"克せよ、神話の果てへ――『超探偵事件簿 レインコード』感想

弱りきった魚 あれは僕らの影
流れに逆らって泳いだ
砕け散った夢は水の上に浮かんで
今はもう季節の中にいる

いつから君と旅をしていたんだっけ
理由も答えも思い出せなくて怖くなった

『新世界』Hello Sleepwalkers

 天網恢恢疎てんもうかいかそにして漏らさず。しかし皮肉にも、太陽神の名を冠するアマテラス社が支配するその街は、真実を覆い隠すかのように雨が降り続けていた。路肩の下水道に流されてゆくのは雨水か、あるいは行き場をなくした誰かの涙か――

 かくして、『超探偵事件簿 レインコード』の物語が幕を開ける。本作は、ダンガンロンパ制作陣が再結集して贈るダークファンタジー推理アクション。記憶を失くした少年ユーマ・ココヘッドは、謎が具現化した異空間"謎迷宮"に干渉する力を持つ"死神ちゃん"とバディを組み、超人的な"探偵特殊能力"を駆使する"超探偵"たちと共闘しながら、事件の隠蔽を図るアマテラス社保安部に立ち向かう。

 先月『ニューダンガンロパV3』をプレイし、熱冷めやらぬうちに本作もプレイしました。まずはネタバレなしの感想からお伝えすると……いやーーーーすんげえ面白かった。

 キャラデザ、シナリオ、BGM、ゲームシステム、演出、一癖も二癖もある登場人物たちとの会話劇など、ダンガンロンパの諸要素を継承しながらも、単なる焼き直しではない。あらすじの通り、ディストピアを舞台にした冒険活劇が繰り広げられ、3Dグラフィックを活かした脳汁ドバドバな演出が物語をさらに彩る。完全新作として見事な換骨奪胎を遂げている。

サイバーパンクな市街地、芸術と神秘に富んだ謎迷宮。
アートワークがめちゃ良い。

 謎解きパートの演出はさながら『魔人探偵脳噛ネウロ』のような異次元っぷり。ストーリーはメフィスト小説の風情が漂っている。その手の一風変わったミステリ作品が好きな方にはぜひおすすめしたい。

 そして何より――ダンガンロンパが好きだった人は、ぜひプレイしてほしい。絶対に損はしない。個人的にはテンポ感に難があるように思いましたが、それを補って余りある魅力的な作品でした。

 ネタバレなしでお伝えできるのはここまで。ここからは日本神話、エジプト神話、および『ニューダンガンロンパV3』を元に、私なりの解釈や感想をまとめます。

(※以下、『超探偵事件簿 レインコード』『ニューダンガンロンパV3』の重大なネタバレを含みます。未プレイの方は終わったらまた会いに来てくれよな!👍)












 ………………えー、本題に入る前にですね。そういえば、うっきうきな気分でね、開始直後にこんなポストをしましたけれども――

おい❗❗❗❗
全員死んどるやんけ❗❓❗❓❗❓



日本神話――アメノウズメの不在、カグツチの暴走

 まずは日本神話の視点から物語を読み解いていく。カナイ区を支配する巨大企業、アマテラス社。この名称は言わずもがな天照大御神あまてらすおおみかみが元ネタ。日本神話の最高神にして、太陽を司る女神だ。

 この女神には「岩戸隠れ」という有名な逸話がある。神々が住まう天上の国、高天原たかまがはらで暮らしている彼女は、姉弟にあたる須佐之男命すさのおのみことの乱暴狼藉に怒り、天岩戸あまのいわとに引き籠ってしまった。こうして太陽が昇らなくなり、地上は闇に包まれた。――これは雨が降り続けるカナイ区の状況と重なる。雨が降り続ける原因はアマテラス社にある。最重要ホムクンルス実験の失敗。そして、その事実を隠蔽して、欠陥ホムクンルスである住民を日光から守るために、雨雲で太陽を覆い隠した。

 日本神話では、岩戸隠れは天鈿女命あめのうずめのみことによって解決される。芸能の女神である彼女は、天岩戸の前で乳房や女陰ほとを晒す祭儀を執り行った。現代人の感覚からすればただただ卑猥極まりないが、神話や先史時代において、命が生まれ出る器官である女陰を見せるという行為は、生命力や神聖な力の発揮を意味する(詳しくはこちらの記事で)。この祭儀によって天照大御神は姿を現し、再び太陽が昇る。

まさに"夜明け前が最も暗い"

 しかしこの神話とは対比的に、カナイ区は太陽が復活することなく、アメノウズメが存在しない、死に絶えてゆく街と化していた。住民は日光を浴びると凶暴化し、人肉を栄養供給源とするため、外の世界で生きることはできない。さりとて鎖国はいつまでも続かず、ホムンクルス実験の情報が外部に流出しかけるなど、仮初めの平和はすでに限界に達していた。

 こうして、アマテラス社は文字通りの意味で安全神話の崩壊を迎えていた。そんな混迷する状況の中、社内では権力闘争を繰り広げる二人がいた。一人目は、

松岡禎丞さんの演技が良すぎるよなァ~~……

 保安部部長ヨミー=ヘルスマイル。「黄泉よみ」「地獄hell」という単語から連想されるのは国産みの女神、伊邪那美命いざなみのみこと。彼女は火の神を産んだことで重度の火傷を負い、死亡。黄泉の住民になった。

 彼女の死因となった火の神の名は迦具土神かぐつちのかみ。すなわち、

ダンロンから続くアホ毛主人公の系譜

 最高責任者マコト=カグツチ。さながら神話をなぞるように、マコトはヨミーに裏取引の証拠を突きつけ、追放。こうしてアマテラス社の全権を握り、カナイ区を支配する独裁者と化した。そして、自分のオリジナル体であるナンバー1を抹殺するために動き始める。

 日本神話では、迦具土神は伊邪那岐いざなぎによって殺害される。しかし、もはやアマテラス社内にマコトを止められる者はいない。神話の崩壊から暴走へ。狂いに狂った歯車は歪んだ音を立て始め、もはやカナイ区内部だけでは――歪んだ神話の内側からでは抗う術がなく、終焉の一途を辿るのみであった。

 実際、探偵として事件の真相を解明するだけでは、事態を収束させることは叶わず、保安部に揉み消されたであろうことは、各章の事件解決後の顛末が物語っている。記憶を失う前のユーマもこの壁を見越していたようだ。そこで彼は死神ちゃんと契約を結んだ。つまり、

外観はピラミッド。空中には地上絵のシンボル。
エジプト神話モチーフであることがわかる。

 崩壊する神話に抗うは、もうひとつの神話だ。


エジプト神話――太陽の右目、月の左目

「その言葉、斬ってみせる!」

 ユーマが手にする解刀の柄頭には、目のシンボル。これは古代エジプトでよく登場するシンボル、ホルスの目を彷彿とさせる。その右目は太陽を象徴するラーの目、左目は月を象徴するウジャトの目と同一視される。

 パッケージイラスト上部には、その両目が象徴的に描かれている。アマテラス社保安部部長として真実を隠蔽するヨミーが赤い太陽、情報屋として真実を突き止めるクルミが青い月だ。

 中央にある巨大な目は、三日月(死神の鎌?)のようなものが付いていること、小さな涙の粒がこぼれる目の端の位置から、月を象徴する左目であることがわかる。では、中央の月に対する太陽は何か? ヨミーとクルミの横軸をアナロジーとして、縦軸に目を向けると、

 アマテラス社最高責任者マコト=カグツチがいる。彼は最終決戦において、能力共有によって解刀を手にし、ユーマと刃を交える。前述した通り、解刀の柄頭には目のシンボルがある。――二対の神話。二つの目。分かたれた月と太陽。真実を突き止める者と、真実を覆い隠す者。そんな対比を読み取ることができる。

 さながら二対の神話を結ぶ者として、縦軸の直線上の中央にユーマがいる。これは彼がマコトに対して語った"託す"という行為を思い起こさせる。彼は記憶を失い、超探偵たちや死神ちゃんに力を託されながら、数々の事件を解決に導いてきた。そんな彼だからこそ、全ての真実を明らかにし、カナイ区の全住民に未来を託すことを説いた。

 崩壊する神話に抗うは、もうひとつの神話。ユーマはヤコウ(夜光)所長の遺志を継ぎ、太陽の光で死滅してしまうカナイ区の闇に月の光をもたらし、マコトに未来を"託した"。

 以上、登場人物の名前やアートワークに散りばめられた日本神話とエジプト神話の視点からは、このように物語を読み解くことができる。しかし話はここで終わらない。三つ目の神話がある。……こればかりはさすがに偶然の一致だと思うが。月の光といえば、私はあの少年を思い出さずにはいられない――

「ここにピアノでもあれば、キミを励ます曲が弾けたんだけどね。」
「ドビュッシーの『月の光』とか、ああいうキレイな曲がぴったりだと思うんだ。」


探偵神話――最原終一からユーマ・ココヘッドへ

 月の光、主人公、記憶の抹消、託される思い、真実へ向かう意志、探偵ではなく「探偵見習い」を名乗る――最原終一さいはらしゅういちとユーマ・ココヘッドは何かと共通点がある。しかし、二人の結末は180度異なる。最原終一は探偵としての死を選び、ユーマ・ココヘッドは探偵として生きることを選んだ。

 詳しくは『V3』の感想記事に譲るが、"超"高校級の探偵である最原終一が味わったのは「探偵の呪い」だ。探偵は作中で真実を証明することができない(後期クイーン的問題)。長編小説には必ず死体が必要(ヴァン・ダインの二十則)。彼と、彼が守ろうとした仲間たちの運命は、どこまでもこの呪いに支配されていた。最原はこの呪いを解くために、探偵として死を選んだ。推理を放棄し、ただ仲間を信じた。フィクションを真実にした。どちらも探偵としての生き様を否定するような行動だ。

初見ワイ「ぐへへ……ユーマちゃんかわいいねぇ」
クリア後ワイ「ナンバー1が女装を❗❓」

 そんな最原とは対比的に、ユーマは、絶望的な真実を前にして立ち尽くすという同じ境遇に陥りながらも、最後まで探偵であろうとした。「カナイ区最大の秘密」を全住民に周知させることをマコトに約束させた。エピローグでは、ユーマが失踪した少女を捜索しに向かう場面で幕を閉じる。

 これは決して、ユーマの方が探偵としての才覚に優れているという話ではない。対比的な行動は、さながらお互いを補完し合っていると言えるだろう。二人の「探偵見習い」が目指したものは、いわば「探偵神話」とも呼べる神聖なるものからの脱却、そして誰かに解決を"託す"、という二つの点で一致する。最原は探偵の呪いを解き、ダンガンロンパの観客に最後の投票を託した。ユーマも――

これも「ノックスの十戒」「ヴァン・ダインの二十則」を思い起こさせる。

 世界探偵機構の共通理念に対して、辞表を提出した上で「個々の探偵が個々の信念に基づいて、事件を"解決"させていくべき時代だ」と語った。ココヘッド("個々"の"頭"脳)という新しい名が体を表している通りか。そこにはやはり、各々の探偵に"託す"という彼の信条を見出すことができる。

「私の"想い"は託したからね」と赤松楓は言い残した。
その想いはきっと今でも。

 終盤、「自分の命を犠牲にして、最後の最後で解決を他人に委ねて…とても、探偵の選択とは思えない」と迫るマコトに対して、ユーマは「ボクはただの探偵見習いだから」と返す。かくして「探偵見習い」の称号は継承された。超高校級の探偵から、超探偵へ。『ダンガンロンパ』から『レインコード』へ"託された"。

 新規IPをダンロンと結びつけすぎるのはどうかとは思うが、それでも個人的には、結末においては『V3』に相補的な作品であるように思えた。二人の探偵見習い、二つの異なる選択、目指すは同じ未来。先月プレイしたばかりだからだろうか、何というかもう、本当に嬉しくて嬉しくて、感無量だった。最原終一の意志は今でも生きている。『V3』の発売から実に6年越し。新世代の探偵見習いへ受け継がれた。見事なバトンタッチだ。

 また、開発者インタビューによれば、本作はダンガンロンパとの繋がりがない新規IPとして企画されたが、同時に、ダンガンロンパではできなかったアイディアも採用されたのだという。ネット上でも「ここまで大がかりなトリックはダンロンだとできなかったよなあ」という感想をちらほら目にする。新規IPだからこそ、あのビッグタイトルに課せられた制約を"超"えることができた。

 ――と、二つの神話とダンロンに思いを馳せていると、やはり本作は、さまざまな神話の崩壊を描いた作品であるように思えてならない。カナイ区は日本神話とは異なって太陽が昇ることはなく、エジプト神話モチーフの死神ちゃんには別れが訪れた。世界探偵機構の理念もユーマの言葉によって揺らいでいくだろう。それはさながら現代の世相を反映しているかのようだ。高度情報社会に生きる私たちは、もはやたったひとつの神話に縋ることはできず、自他共にあらゆる神話の崩壊を絶えず目撃する。ネットを通じて不特定多数の他者と交流し、多様な価値観に触れることができるが、同時に自分の信条やアイデンティティすらも崩れ去る事態に何度も直面する。「多様性」「ダイバーシティ」とは聞こえがいいが、同時に「分断」も加速している。誰もが心の拠り所を失っていく。

 それでも私たちは――クルミがカナイ区から旅立ったように、崩壊する神話の外側へ歩んでいくことができるのか。神話なき夜明けをどう生きるのか。その"謎"はユーマ・ココヘッドから、プレイヤーである私たちに一人ひとりに"託された"。


完走した感想

ここすき

 ……まさかこんなにも景色が広がるとは。感慨深いです。

 『V3』の感想記事でも書きましたが、中学ん時の私は、それはそれはもうダンガンロンパにどハマりしていまして。周回プレイしたし、友人に布教して感想を語り合った。それから大人になった今、『V3』の壮絶な終焉を見送った後、『レインコード』の誕生を見届けた。託された。私はそれをしかと受け止めなければならない。言葉では言い表せないほどの驚愕と感動があり、歳月の重みをひしひしと実感した。遅ればせながらちゃんとプレイしてみてよかったです。

 なあオイ聞いてるか。中学ん時の私よ。マジでさ。ここまで連綿とした流れができるなんて、当時では想像すらできなかったよな……『スーパーダンガンロンパ2』の発表でうっきうきになって、某キャラを見て「は❗❓❗❓」ってなったあの頃がもはや懐かしいよ。つうかお前さ、まだ素直なオタクだったから舞薗さんのこと好きだったよな。今じゃすっかり性癖も変わっちまってさ。何なら当時より今の方が霧切さんのことが好きだし――

しゅきぃ……

 ヴィヴィアさんとハララさんすき。ユーマと死神ちゃんの関係だけで白米3杯食える。ああ、それと、

謎迷宮で飛び散る血はちゃんと赤色。
確かに違和感は覚えたが……

 …………いやもう、まんまとしてやられた。まさかピンク色の血が伏線とは。思えば、ピンク色の血に塗れた死体を初めて見たのは14年前、PSPでダンガンロンパの体験版をプレイした時だったべ。死体の記号的表現としてすっかり違和感がなくなっていた。そんな14年間にわたる刷り込みを叙述トリックとして利用されて、まんまと騙されたの、いくらなんでも悔しすぎる。やってくれたな小高和剛ァッ❗❗

 蛇足になりましたが最後に。本作のリアルイベントでは、「アニメ化も視野に入れたい」との展望が語られていたのだという。発売からまだ一年足らず。今後の展開に期待したい。人々の思いを託された探偵見習いの物語が、これからも続くと信じて。――それでは皆様、いい雨を。

高鳴る心臓 線対称の体温
曖昧な自由が僕らを置いていっても
行く宛てさえ無い感情が覚えている
いつかの邂逅

逆再生したラスト 踏み込む回路
乾いた呼吸で振り切っていく速度計
目も眩むような光源の向こうには
微かな新世界

『新世界』Hello Sleepwalkers