"魔法は解けそうにないかい?"——夕凪潮1stEP「模範的な肉」感想・レビュー
夕凪潮1stEP「模範的な肉」——それは個人Vtuber音楽界に凛然と輝く退廃主義的な叙情詩だ。その歌声は、ある時はナイフのように鋭く、またある時はお菓子のように甘く、まるで魔法をかけるようにリスナーの理性を翻弄する。
同EPをたった今聞き終えた私にあるのは、無機的な日常の中でふと湧き上がる行き場のない感情——モラトリアム、ノスタルジー、アイロニー、あるいは言語化できない巨大感情——が美しく昇華されてゆく感覚だ。夕凪潮というアーティストのポテンシャルを存分に感じられる、濃密な16分であった。
以下、収録楽曲5曲の感想およびレビューを書き連ねる。題名、歌詞、アートワークなど、何かしら琴線に触れるものがあれば、ぜひともチェックしてみてほしい。
「シボウコウコク」「潮汐」——これが、ぼくだ。夕凪潮だ。
朦朧とした信仰は
諦めの悪い夢が
醒めないことだけを
ただただ望まれているの?
「シボウコウコク」歌:夕凪潮 作詞作曲:ひじり, アザミ
記念すべき1曲目を飾るのは「シボウコウコク」。
とてつもなくエッジが効いた本楽曲を、最初に持ってくる度胸が凄まじい。耳を擘(つんざ)く激しいイントロ、プログレッシブ・ロックのように高低差が激しいメロディ展開、それらをわずか2分31秒に凝縮する疾走感。TikTokで親しまれている「ハイカブリ」のようなキャッチーな楽曲に比べれば、本楽曲は人を選ぶに違いない。
しかし、その爆発力・疾走感こそが、1曲目を飾るにふさわしい。やはりインパクトがある。最初の楽曲で確実に爪痕を残す、そんな意気込みを感じられる。
いつまで経っても変われない
ことばかり
ぼくは
噛み締めて
噛み締めて
わらってやろ
「潮汐」歌:夕凪潮 作詞作曲:ひじり
続く「潮汐」は初めて発表されたオリジナル楽曲。いわば、はじめましての自己紹介。「シボウコウコク」の抽象的・哲学的な歌詞に対して、日常を切り取ったような即物的な歌詞が対比的だ。
エッジが効いた楽曲と、自己紹介のような楽曲。この曲順は、まるでVtuberとして自分のアイデンティティを誇示するかのような——
「これが、ぼくだ。夕凪潮だ」
そう声高に主張するかのような。そんな姿勢が鮮烈に記憶に残る構成だ。
「romace on sale」「ハイカブリ」——甘くてほろ苦い、キャッチーな楽曲
3・4曲目はキャッチーな楽曲が連なる。まずは3曲目、書き下ろし楽曲「romace on sale」。直訳すると「ロマンス発売中」。
どうだい?どうだい?無理しないで
こだわんなきゃいつだってプリンセスさ
ねだって 引っ張って そう宵、酔い、くらくら
「romance on sale」歌:夕凪潮 作詞作曲:アザミ
脳がとろけるような中毒性のある楽曲、と形容するのがしっくり来る。ゲームミュージックのような軽快なサウンドに、激しくも美しいピアノが乗る。そして、夕凪潮ご本人が愛して止まない甘いものマシマシな歌詞が、クール&キュートな歌声で紡がれる。「シボウコウコク」と同様に、息つく暇もない疾走感に溢れている楽曲だ。個人的には——
「そうそう、潮くんのこういう曲を聞いてみたかったんだよなあ!」
となった曲。配信で見られる甘くてほんわかした雰囲気と、カッコいい歌声・楽曲、その対極的な二つの要素がうまく融合しており、ファン垂涎の楽曲に仕上がっている。
如何せん等身大。
救いきれない
ヘイ、ミスター。魔法は解けそうにないかい?
「ハイカブリ」歌:夕凪潮 作詞作曲:アザミ
4曲目は「ハイカブリ」。収録曲の中では最もポップな楽曲だ。
「如何せん等身"大"。 救いきれ"ない" ヘイ、ミスター。魔法は解けそうにない"かい?"」と、韻の踏み方が気持ちよくて思わず口ずさんでしまうサビが特徴。灰かぶり(シンデレラ)を題材にした歌詞と、アニメMVの雰囲気も相まって、私としては古のボカロオタクとしての血が騒いでしまう楽曲だ。
ちなみに、本楽曲はTikTokでも注目を集めている模様。
この動画は夕凪潮ご本人も視聴済み。「アザミさんと一緒に『使ってもらってるなあ』ゆうて、めっちゃ笑っちゃった(笑)」と語っている(2021/11/03の配信より)
「影送り」——カタルシスに溢れるラストソング
最後を飾るのは書き下ろし楽曲「影送り」。
題名にもなっている「影送り」は、自分の影をしばらく見つめた後、それを空に映すという遊び。そのテーマに準じて——
影を送って
無くしたものを 瞼(まぶた)に移して
ありもしない日々に耽(ふけ)っていた
影を送って
無くしたものを 瞼に移して
ありもしない日々を祈っていた
ノスタルジーが湧き上がる歌詞が、エモーショナルなギターサウンドと、優しい歌声によってリフレインされる。都会の喧騒の中で、夕陽を眺めながら、純粋無垢だった幼い頃に思いを馳せる——そんな情景が思い浮かぶ楽曲だ。出棺ソングだな、と思った。
エッジが効いた「シボウコウコク」「潮汐」、キャッチーな「romace on sale」「ハイカブリ」と続き、最後にはその4曲とは全く異なる、こんなにも優しげな曲が用意されている。聴き終えた時はカタルシスに溢れ、しばらく余韻に浸っていた。
聴く者に感動を与える意気込みとサービス精神が感じられる、巧妙に練られた曲順。「クソッ、やられた……!!」と唸ってしまうほどの出来栄えだ。
最後に
以上、「模範的な肉」に収録されている5曲を紹介した。
夕凪潮の初EPということもあってかなり期待を高めていたが、そのハードルを遥かに越える美麗なアートワーク、ハイクオリティな楽曲、安定感のある歌声に魅了される、非常に満足度の高い作品であった。
推しの楽曲がこうして世に出ることは、ファンとして本当に嬉しい。ご本人はもちろん、関係者には感謝の念が尽きない。ありがとうございます。
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(少し話が脱線するが)Vtuberという文化は「多様性」の象徴であり、それが面白いところだなと私は思っている。人間、魔族、機械、動物——各々が異なる背景を有しており、時には世界観さえ違うことだってある。そうした個々人の魅力はもちろんだが、単にバラバラになっているわけではなく、彼らを俯瞰して見ると、そこには巨大なモザイクアートがある。そんな感覚が心地いい。
その「多様性」の中に夕凪潮の楽曲がある、というのは福音であるように思える。(あまり良くない言い方かもしれないが……)Vtuberという単語を聞くとパッと輝くものを連想するが、中には夕凪潮が歌い上げるような薄暗い影と甘い毒を持つ楽曲もちゃんと存在しているのだ。まさに多様性。光と影が同居する、その風景には何となく安らぎを覚える。
昨日開催されたエンタスクリスマスでは、サプライズで未発表楽曲のお披露目があった。本日(12/26)20時からは2.0お披露目配信も行われる。今後とも表現の幅が広がることだろう。
見る者、聴く者を魅了する新進気鋭のVtuber・夕凪潮。その魅力によって私にかけられた魔法は、未だに解けそうにない。今後の活躍にますます期待が高まるばかりである。