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#03 表参道 後天的に習得される美的感性 《根津美術館》
携帯が鳴る。
画面には母親の名前が表示されている。
電話に出ると明るい声が耳に響く。
「今週末、暇ぁ? お母さん、暇だからショッピングとランチでも一緒にいかが?この前テレビで紹介されてた新しい表参道のショッピングスポットに行ってみたいの。」
実家を出てからも定期的にショッピングやご飯を一緒に食べに行き、友達のようにたわいもない話をするほど関係性は良好だ。
「特に予定はないからいいよ。」
表参道なら素敵な美術館があるなぁっと脳裏に浮かぶ。
思い切って母親を美術館に誘うことにした。
「私も行きたい所があるから付き合って。」
◇
土曜日の朝、モーニングルーティンを一通り終えて、クローゼットを開き本日の洋服選び。今日行く場所を頭に思い浮かべSOMARTAの着物風ワンピースを選んだ。
表参道の交差点で母親と待ち合わせる。
交差点の向こうに見える母親の姿を確認する。
信号が青になり手を振りながらこちらに近づいてくる。
一緒に住んでいた頃には、こうやって外で待ち合わせをしてお出かけをするということがなかったので、母親との外での待ち合わせは、なんだか照れくさい。
「オシャレしてるじゃない。お着物みたいなワンピースねぇ。珍しいデザインで素敵だわ。最近の子ってみんな同じような服装をしているから、これくらい個性出してもいいとママは思うわ。」
娘のファッションチェックをしながら、新しいショッピングスポットがある方向へと歩き始めた。
「そういえば、あなたが行きたい所ってどこなの?」
母親は、思い出したように言った。
「根津美術館って知ってる?今日は、そこにお母さんと行きたいの。」
「根津美術館ねぇ。名前は聞いたことあるけれど行ったことなかったわ。ママは美術とか詳しくないし、美術館ってなんか敷居が高くて行こうと思ったことがなかったわ。今日はせっかくだから行ってみようかな。」
賑やかなショッピングスポットを見終わった後は一息落ち着きたい。
表参道で非日常の静寂を求めるなら根津美術館がおすすめ。
東洋古美術と四季によって表情を変える美しい日本庭園が楽しめる美術館だ。
竹と敷石があしらわれた美術館の入り口から足を進めていくと、徐々に静寂な雰囲気に吸い込まれていく。
館内に入るとここが都会の表参道であるということを忘れてしまう。
根津美術館は、東武鉄道の初代社長を務めた実業家であり政治家として成功した根津嘉一朗が自邸を改装して1941年に開館された美術館。
日本の美術品が海外へ流出することを憂い、私財を投じて絵画や刀装具、茶道具など蒐集したコレクションが展示されている。
東洋の古美術に対する知識が乏しい私は、あれこれ頭で考えるのではなく、思いのままに心と目で美しい古美術を堪能した。
心の浄化とはこういうことだろうか。
普段、美術と距離のある母も時折
「きれいねぇ。」
純粋な感情を言葉にしながら楽しんでいるようだった。
館内の作品を鑑賞した後は、庭園に出てカワセミの鳴き声の中、青々とした緑や季節のお花を眺めながらの庭園を散歩して優雅で贅沢な時間を過ごした。
◇
「わぁ~。心うるおったぁ。」
美術館での時間は最高の癒しだった。
母親の表情からもリラックスした時間を過ごしたという満足感がうかがえる。
「ちょっとお茶でもして休憩しようか。」
美術品で心を潤した後は、甘い物でさらに心を潤したい。私は、母を導き静寂の空間から都会の喧騒へと戻った。
美術館で過ごした余韻を大切にしながら、表参道の静寂をはしごすべく、母親を連れて茶洒 金田中に向かった。
目の前に杉本博司氏が手がけた作品の「究竟頂(くっきょうちょう)があらわれる。
天井からはえる鋭利な繊細な角。
重力に耐えきれず落ちてきたらどうしようといらぬ心配をしてしまう。
作品の下を通り階段をのぼると、お店の入口がたりその先に苔が生えた石畳の庭が続いている。
店内に入りお庭を眺めることができるカウンター席に座る。
光が差し込み気持ちが良い。
「最近は、お仕事忙しいの?」
友達のようなフランクさを装いつつも娘の生活を心配する母親の気持ちが垣間見える。
「ちょっと前までは、仕事中心の生活だったけど。最近は、心の余裕もできてきて、プライベートも充実してる感じがする。」
母親の顔が急に明るくなった。
「プライベートが充実してるなんて素敵じゃない。彼氏でもできたの?」
就職を終えた娘に対して次なる母親の関心ごとは、結婚である。
「できてないよ。最近ね、また美術館巡りを始めたの。この前、学生時代の友達に久しぶりに会って、学生時代に美術に夢中になってた頃の自分を思い出しちゃって。」
好きなものを語り始める私の声はワントーン上がり早口になっているのが自分でも分かった。
そこへ、注文した抹茶とわらび餅がきた。
根津美術館のあとのお抹茶は、格別だ。
抹茶を一口飲み母親が口を開いた。
「不思議よね。あなたは、一体何がきっかけで美術が好きになったのか。」
俳優の子供が親と同じように俳優の道を歩んだり、歌手の子供は歌手、スポーツ選手の子供はスポーツ選手になるというような先天的な才能も世の中にはある。
しかし、美的感性においては先天性はなく、後天的に習得されるもののようだ。
「自分でも何でこんなに美術に興味を持ったのか分からないよ。」
母親は、生き甲斐を見つけた娘の姿を微笑ましく思っている様子。
わらび餅をほおばりながら母親は言った。
「美しいものを見て美しいと思う感性は、自発的なものだから。誰かに強制されたり、学校で答えを学ぶようなものではないんだろうね。」
美意識は、誰に学ぶものでもなく自分の中から湧き出る感情だ。
美意識は生まれもっての恵まれた人のみが持てる特別なギフトではなく、誰でも後天的に習得できるものだ。
何かを美しいと思う感情には、何が正解で不正解もない。
美しいものに対し、皆が必ずしも同じ感情を抱かないといけないというルールもない。
美術を楽しむことは、自分の感情と素直に向き合うことが一番大切なのかもしれない。
美術鑑賞というと堅苦しいが、誰だって気軽に「美しいもの」を自由に楽しむことができるのだ。
#04 六本木 美術館デートの相性 《森美術館》へと続く
✴︎本日の美術館✴︎
根津美術館
https://www.nezu-muse.or.jp/sp/
✴︎本日のファッションワンポイント✴︎
SOMARTA
http://www.somarta.jp
✴︎本日のグルメ✴︎
茶洒金田中http://www.kanetanaka.co.jp/restrant/sahsya/