リンクスの断片ハイスクールギャンビット 謎の思念波 5
84「NOS…ノスと呼んでください」
僕らは手早く後始末を済ませた。ジャンクさんのバイクの荷物入れに、奴らの持っていた軽ブレーザーカノン銃、そして何より重要な証拠のミュージックプレーヤーを詰める。バイクの運転中にあの思念波が撒き散らされたら大変だから、念の為魔法エネルギーバッテリーを取り外しての梱包だ。
僕はジャンクさんのナイスサポートにお礼を言う。あの煙幕のタイミングは絶妙だ。普通なら何もできずに呆然としてしまうか、それとも慌てて機が熟す前に煙幕を巻いてしまうだろう。あのギリギリのタイミングまでガマンできたことはすごいことだ。
ジャンクさんは照れて頭をかく。
「お、俺も必死だったし、数も限られていたし」
「素晴らしかったです。本当にありがとうございます」
はにかみながらも少し誇らしげに笑うジャンクさんを見て、僕はあのときジャンクさんに手伝ってもらう判断をしたのは正解だったと確信した。
「兄貴たち大丈夫かな」
「命に別状はないと思います」
僕はそういってジャンクさんに頷く。実際のところ、誰も怪我らしい怪我はしていない。僕だけは銃撃を受けて肩のところにやけどをしているけれど、もうほとんど治っている。人間離れした回復力…細胞活性化ホルモンの効果だ。
一番心配なのはむしろ精神的なダメージだ。サイオニクス麻薬を使った精神支配よりもダメージが大きい。無理やり意識を乗っ取るほどの思念波なのだ…まともに食らったクルスさん達は、少なからずショックを受けているだろう。だけど僕にはどうすることもできない。みんなの精神力と回復力にかけるしかないのだ。
今、そんなことをジャンクさんに言っても不安がらせるだけだ。
(ソルジャー・リンクス、サンドマンバームを塗るのは効果的です)
サイコヘッドギアがアドバイスをくれた。そうだ!その手がある!帝都でセミーノフさんが神のオーラでダメージを受けたときも、サンドマンバームが回復を助けてくれた。サンドラーおじいさんの特製万能薬だ。
僕は金色の小瓶を取り出して、ジャンクさんと一緒に、不良たちの首筋から頬にかけて、少しづつサンドマンバームを塗った。爽やかで刺激的な香りが周囲に立ち込めて、クルスさん達の顔色も良くなってくる。これなら大丈夫だろう。
「これで…いいでしょう」
「良かった、一安心だ」
ホッとしたジャンクさんの顔を見て、僕は嬉しくて少し微笑んだ。
僕らはバイクで廃倉庫をあとにした。といってもまっすぐ帰宅するわけじゃない。まずアイアンマンアベニューにあるセイバーさんの事務所にゆかなければならない。朝、出かける前にセイバーさんに指示されていたし、なにより今回の事件は早急に対策を相談しなければならないからだ。
後から考えたら恥ずかしいけれど、僕はその時格闘用ショーツとブーツ、コテという裸同然の姿で、ジャンクさんにしがみついてバイクに乗っていた。戦闘直後だったのでそんなこと考えている余裕がなかったのだ。もしかすると、コンバットショーツ一枚の裸でしがみついたことで、ジャンクさんにあの滾りを知られてしまったかもしれない。
ジャンクさんのバイクはアイアンマンアベニューへ滑るように到着する。鋼鉄精霊族が多いアイアンマンアベニューは、他の地区よりも建物が大きい。慣れていないとまるで自分のカラダが小さくなったような錯覚に陥るかもしれない。
僕らはセイバーさんの事務所がある雑居ビルに駆け込んだ。もちろん両手には不良たちから取り上げた武器や証拠のミュージックプレーヤーでいっぱいだ。
事務所ではセイバーさんとセミーノフさん、そしてルンナさんが待っていた。部屋に飛び込んだ僕らに、みんなは驚いたように立ち上がる。
「リンクス!ジャンクも大丈夫か?怪我は?」
「大丈夫です。これを…」
僕はセイバーさんにあのミュージックプレーヤーを渡し、状況を説明した。やはりクルスさんは誰かから武器の供与を受けて、不良たちを集めていたこと、そしてミュージックプレーヤーが恐ろしい思念波で不良たちを操っていたことだ。
「サイオニクサーではなく、このミュージックプレーヤーが思念波を放ったというのか!」
「間違いありません。かなり強力なものでした」
セイバーさんもセミーノフさんも驚き、ミュージックプレーヤーや銃火器を見る。ミュージックプレーヤーは特殊警棒の電撃で焼けてしまったので、バラしてみないと構造はわからないかもしれない。
セイバーさんは困惑を隠さない。先日も僕らに説明したように、サイオニクスを人工的に作り出すことはとても難しいからだ。テレマコスさんは精神攻撃呪文が使えるけれど、あれは本当に高レベルの魔法で、魔力もかかる。こんな小型のミュージックプレーヤーに納めることなどできないはずだ。カラオケボックスの魔道機械だってタンスくらいの大きさが必要だったことを考えれば自明だろう。
「セイバー、中を見てみるか?」
「ふむ…俺は魔道メカは専門家じゃないし、なにせカラダが大きすぎてこんな小型の魔道メカは苦手なのだ。クルチャドビュー先生に相談しようかと思っていたのだが…」
「いえてるな、あの先生のほうが得意そうだ」
たしかにクルチャドビュー先生ならこのミュージックプレーヤーの秘密を解き明かせるかもしれない。あの人は僕の頭に組み込まれているサイコヘッドギアの開発者だ。こんな機械ならお手のものだろう。とはいえ、クルチャドビュー先生は忙しいのでなかなかつかまらない。
ところがその時、ジャンクさんが言った。
「あのさ、よかったら俺にやらせてくれない?俺、メカ得意なんだ」
目を輝かせてジャンクさんがそんな事をいうのを見て、セイバーさんもセミーノフさんもこれには驚く。
魔道メカは家電から大きな車までいろんな物があるけれど、専門の魔法技士や魔法工学者という人が扱っている。魔法学者や精霊術師とはジャンルが違うのだ。
魔法学者は自分で魔法を使う、魔法学を研究する人で、魔法技術を使ったアーティファクトは専門外だ。セイバーさんやテレマコスさんも、強力な魔法使いだけれど魔道メカは詳しくない。僕らの知り合いではサイコヘッドギアを作ったクルチャドビュー先生が専門だ。
ところがジャンクさんはこういうメカが大得意らしい。
「俺、魔道工事士の免許もあるし、魔道メカ整備士も取ったんで、こんなの簡単っす」
「むむう、それはすごい」
「セイバー、すごいのかそれって」
「魔道メカの整備や修理のプロ資格だ。高校生で取るのは大変だろう」
セイバーさんはゴーグルを点滅させて僕らに説明する。
「俺、ガキの頃から整備工場でバイトしてたから、魔道メカは大好きなんだ」
「そうなのか…」
明るく言うジャンクさんだけど、つまり生活費や学費を子供の頃から自分で稼いでいたということだ。きっといろいろ複雑な生い立ちだったのだろう。当然魔道バイクだって自分で稼いだお金で買ったのだから、胸を張って乗り回していい。学校の先生もその事をよく知っているのだろう…少なくとも校門で僕らを出迎えたオドアケル先生は優しい目をしてジャンクさんを見ていた。
僕はそんな事を思い出して、セイバーさんに頷いた。
「わかったジャンク、任せよう」
セイバーさんが答えると、ジャンクさんは喜色でいっぱいになる。が、セイバーさんはそんなジャンクさんを手で制して付け加えた。
「とはいえ、くれぐれも怪我のないように気をつけてくれ。何が仕込まれているか想像もつかんからな」
「オッケー、まあ任せとけって!デカいの」
ジャンクさんは自信たっぷりに笑うと、どこからか工具箱を取り出した。中にはペンチやニッパ、ドライバーや魔法力テスターまで、無数の工具が入っている…
そして僕らが驚き見つめる前で、ジャンクさんは謎のミュージックプレーヤーを解体し始めた。
* * *
たちまちのうちにミュージックプレーヤーは解体されて、中からは基板とかスピーカーの配線のようなものがゾロゾロと出てくる。僕が特殊警棒で電撃を食らわしたせいで、中身もきっとやられていると思っていたけれど、意外と損傷はたいしたことないようだ。
「こいつだ」
しばらく回路を見ていたジャンクさんは、手袋をした手で何かをつまみだした。大きさ3センチくらいの基板に、何か青緑に光る金属の棒がついている。周りには素子や金色のプリント配線が取り巻いているから、おそらく全体で一つの魔道回路なのだろう。
「ふむ…それは?」
「わかんない。だけどこれ、市販のミュージックプレーヤーに、あとからつけた回路だぜ」
「改造品ということか」
「この素子みたいなやつ、初めて見る。市販品じゃねえや」
「鉱石ラジオみたいだな、ガキの頃作ったことある」
セイバーさんもセミーノフさんもジャンクさんの手のひらにある、不思議な光沢の素子をしげしげと見つめる。他の素子と違って表面に塗装もなにもない…まるで鉱石をそのまま魔道回路に取り付けたみたいだ。セミーノフさんいわく、鉱石ラジオというものに似ているそうだけど、僕にはどんなものかわからない。
ところがその時、サイコヘッドギアが僕に言った。
(ソルジャー・リンクス、その結晶はプサイ結晶体の可能性があります)
(プサイ結晶体?)
(重要情報なので皆さんに伝えてください。かまいません)
どうせもうバレているのだからと、サイコヘッドギアはちょっと責めるように言う。まあ昨夜うっかりみんなにヘッドギアの事をバラしてしまったことは事実だし、謎の鉱石の正体に関係する情報だから、共有する必要はある。
いや、むしろサイコヘッドギアは僕の口を借りてみんなと話したがっているのかもしれない。鎖の魔獣はみんなに認知してもらっているのに、サイコヘッドギアは無視されていたのだから気持ちはわかる。彼だって心を持っていることは僕が一番良く知っている。
僕はみんなにプサイ結晶体の情報を伝えた。セミーノフさんもジャンクさんも聞いたことがないようだ。
「プサイ結晶体?変な名前だな」
「えっ?またそのヘッドギアが言ってんの?そいつしゃべるんだな!すげえじゃん!」
「…ええ、その…そうなんです」
思わず僕は身構える。ジャンクさんがサイコヘッドギアに興味津々なのが丸わかりだ。そんなことはないとわかっていても、僕の頭を解体されそうな気がしてしまう。サイコヘッドギアは僕以上にハラハラしているだろう。
サイコヘッドギアが失望してしまいそうな二人の反応だけど、さすがにセイバーさんだけは違った。ゴーグルを点滅させて驚きの声をあげたのだ。
「プサイ結晶体?本当か?リンクス」
「はい、サイコヘッドギアはそう言っています」
困惑するセイバーさんにセミーノフさんは聞く。
「セイバー、何なんだ?そのプサイ結晶体というやつは…」
するとセイバーさんは半信半疑というような顔をして答えた。
「プサイ結晶体…プサイストラクチャーと呼ぶこともあるが、理論上存在が予言されている鉱物だ。ただし、生成には数十万気圧の圧力が必要だから、実際には見つかったことがないのだ」
「ふーん、宝石みたいなものなのか?」
「それはわからんさ。理論上のしろものなんだから、誰も見たことはないはずだ」
そういってからセイバーさんは僕を見た。いや、むしろサイコヘッドギアに話しかけようとしている。
「なんと呼んだらいい?その…ヘッドギア。話を聞きたい」
(…ソルジャー・リンクス、困りました)
まさか自分が直接話しかけられるとは想定していなかったサイコヘッドギアは慌てている。存在がバレた時点でこうなることは当然だけど、実際に話しかけられると焦る気持ちもわかる。
(NOS…ノスと呼んでください)
わずかに悩んだあと、サイコヘッドギアはそう言った。ノス…帝国の言葉で『我々』という意味だ。それはかつてサイコヘッドギアが僕に言った言葉だ。
(あなたは『我々』の支配下にあります)
だから彼の名前はノス、『我々』…不思議なくらい僕にはその名前がしっくりと感じる。彼にふさわしい、いい名前だ。
僕はノスに代わってその名前をセイバーさんに告げた。セイバーさんは意味がわかったのだろう、少しゴーグルを光らせて頷いた。
* * *
「それでノス、こいつがプサイ結晶体だと考えた理由は?」
セイバーさんはヘッドギアの人工精霊ノスに聞く。ノスはすこしチカチカと点滅してから答えた。
(魔法波スペクトル解析の反応が異質です。スペクトルにP1、PS7励起波長を強く含んでいます。理論で予言されたプサイ結晶体の特性と一致します)
ノスの返事を僕が代弁すると、セイバーさんはますまく困惑の表情を深めて呻く。セイバーさんはテレマコスさんみたいな魔法学者ではなく精霊術士だけど、基礎的な魔法分析くらいは知っている。ノスの報告の意味がわかるのだろう。
当然だけど僕やセミーノフさんにはちんぷんかんぷんだ。いや、それ以前にプサイ結晶体がいったいどんなものなのかすら、僕らはまだ良くわからないのだ。さっきのセイバーさんの説明では、普通には存在しない鉱物だということしかわからない。
(プサイ結晶体は理論上の存在と言われていますが、隕石衝突などの極限環境なら生成される可能性があります)
「隕石か…たしかに」
超高圧環境でしか生成されないはずのプサイ結晶体だけど、隕石の衝突みたいな特別な条件なら別だ。だけどそれは極微量だろうし、とてもこんな回路の部品に使える量じゃないはずだ。
いや、まずはプサイ結晶体が、そしてこの素子がどんな効果を持っているのか、それをはっきりさせないといけない。セミーノフさんはさすがにノスにツッコむ。
「ノス、もったいつけずに、おまえの考えるこの素子の効果を聞かせてくれよ」
するとノスは少し考えてから、僕らに説明する。
(プサイ結晶体は魔法量子論の予言では、魔法力とサイオニクスの相転移を媒介する触媒として作用します。現在知られている最も優れた相転移触媒タンタル希土類系の数千倍の効率と予想されます)
「!それは…つまり…」
(魔法力をサイオニクスに容易に変換できるという意味です。人工サイオニクスが生成できます)
僕の口を借りて告げるノスの情報に、セミーノフさんは青ざめた。そうだ…もしこの素子がプサイ結晶体だとしたら、魔法力を簡単に思念波に変換できることになる。僕のように魔力を失わなくても、サイオニクスを容易に作り出せるのだ。つまり…
「魔力をサイオニクスに変換するのは効率が悪すぎる…しかしプサイ結晶体が手に入れば、思念波を人工的に作り出せることになる」
コスナーや僕みたいなサイオニクサーがいなくても、プサイ結晶体で思念波を作り出せばサイオニクス麻薬だけで簡単に人を操れる。いや、サイオニクス麻薬すら不要かもしれない…強大な思念波なら、それだけでも人の意識を乗っ取ることができるからだ。帝都の闘いで見た四凶は、強大な思念波を生み出していた。そして人々は狂気に堕ちて暴動を起こしてしまった。
「セイバー、どうする?」
「うむ…まずはこの素子が本当にプサイ結晶体なのか調べて貰う必要がある。クルチャドビュー先生と情報省に至急連絡を取ろう」
セイバーさんはセミーノフさんの問いに答える。ところがその答えを聞いたジャンクさんは驚き目を見開いた。
「情報省っ?マジ?じゃ、ほんとにあんた達エージェントなんだ!」
「あっ!セイバー」
「むむむ、しまった」
今度はセイバーさんがうっかり秘密をバラしてしまった。僕らが本当に情報省とつながりがあるという秘密だ…ジャンクさんは目をキラキラ輝かせて僕らを見る。
「聞いたぜっ!本物のエージェントなんて初めて見た!俺も仲間に入れてくれよ!」
「…セイバー、どうするんだ」
「…ううむ…どうしたものか…」
「俺、さっきも言ったけどメカ超得意だぜ!絶対役に立つからさ!リンクスも知ってるだろ?セミーノフ先輩もなにか言ってくれよ」
「いいんじゃないか?セイバー」
「ま、まあそれは…そうだが…」
ノリノリのジャンクさんにセイバーさんはタジタジだ。セミーノフさんは後輩のジャンクさんに元から好意的な上に、魔法工学のスキルもあると知ったことで完全に乗り気になっている。そして僕もたしかにジャンクさんに救われている。ジャンクさんが声をかけてくれなかったら、学校で友だちもできずに途方に暮れていただろう。
それに明らかにジャンクさんも僕と同じように、何かに導かれている…それを僕ははっきりと感じていた。運命?わからないけれど、平凡だった日々から離れて、僕のいる危険と隣り合わせの世界を垣間見る事になったのだ。真っ直ぐ突き進むことだけが未来にゆく唯一の道だから、ジャンクさんだってきっとそうに違いない。
だから僕はセイバーさんに頷いた。セイバーさんは苦笑して言った。
「わかったわかった。ジャンク、じゃあ君も今日から探偵見習いだ。リンクスといっしょに頑張ってくれ」
するとジャンクさんは嬉しそうに敬礼して答えた。
「オーケー!ボス!リンクスのことは任しときなっ!」
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