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11.「あなたが本当に」
「せっかくだが、烈 … 俺たちはこれで行くよ。」
「玄関を開けてお迎えするというのに、裏口から入るようなものです、それは … 」
「しかたがないだろう。さっきの奇妙な光、あれは俺にどんな効果をもたらすか判っているはずだ。」
「ですから申し上げたのです。『抵抗しないで下さい』と … 」
抵抗しないことが出来ないのだから面倒なのだが … そうでなかったとしてもクレイ達に烈の招待状に応じる考えはなかった。玄関から入るといえば聞こえがいいが、要するに敵(と決まったわけではないが)の真っただ中に突っ込むというのに等しい。いくら皇帝陛下の手のひらの上で動いているといっても、そこまでお付き合いすることもないだろう。
「ともかく、烈、俺達は俺達の計画どおりやる。邪魔はしないでくれ。」
「 … そうですか、仕方ありません。それでは私は陛下のところでお待ち申し上げております。」
クレイの威嚇とも言える言葉に、烈はあっさり引き下がった。まさか烈一人でクレイ達を相手にすることが出来るわけもないし、そうする気もないらしい。
烈は丁寧におじぎをするとかきけすように姿を消した。それはまるで闇の中に溶けていったかのようだった。
「クレイ。」
「ジーク、判っている。」
「あいつは、神将並みのルーン力を持っている。前には感じなかったが … あれは『闇のルーン』だ。」
クレイはうなずいた。闇のルーンというものがどのようなものなのかは知らなかったが、そのまがまがしい語感だけで … それが容易ならぬ物であるということがわかった。
「そんなものと引き換えに … あいつは狂ったというのか?」
* * *
クレイ達は予定どおり火炎式土器を使った。火炎式土器に導かれて天空城はその強力な魔法防御をしばし解除する。同時にクレイ達はゆっくりと飛行呪文で空中に舞い上がる。
「なんかいい気がしないわ。」
リキュアは憮然とした声でつぶやいた。烈に「火炎式土器で行く」ということをはっきりと知らせてしまったのである。もはや忍び込むとか、そう言うことは絶望的な状況だった。ただ唯一の利点は、「どこに着陸するか選ぶことが出来る」ということだけで、それ以上は望めない。相手が警備の兵員を配置していれば、程なく手強い相手が駆け付けてくることになるだろう。
「しかたがない、リキュア」
「仕方がないじゃないわよ。それならそれで、何か打つ手を考えなきゃだめだわ。」
リキュアの言葉にレムスもうなずく。要するに「手強い相手がやってくるまでのわずかな時間」で何が出来るか、一帯どこに着陸するべきなのか … それが彼らに残された最後の選択肢なのである。最大に、かつ慎重に考えるべきだろう。
「それだったら、やっぱり敵の中枢ですよ。」
「だめだわ、手強い相手が最初からいる可能性が高いじゃない。」
「でも一番落とす価値があるでしょう?他のところじゃ意味ないですよ。」
リキュアとレムスは熱心に相談を続けた。そもそも「敵の中枢」がどこかとか、着陸可能なのかとか … そう言ったところは全く検討されていないのだが、対立点は「危険が少ないところ」か「危険だが価値の高いところ」かということになっている。ヴィドは呆れて指摘する。
「あのですね、それ以前に着陸可能な所って、そんなにないんですよ。上のほうにするか、下のほうか … 選択肢はそれくらいですね。」
「 … 上のほうがましねぇ … 下に行って、敵を撹乱してから本陣をねらうって高等技が出来るパーティーじゃないわ。」
小回りが全く利かないこのパーティーでは、リキュアのいうことはもっともだった。正面切って殴り込むというわけではないが … 駄目なものは駄目なのである。このパーティーの惨状にいいかげん呆れ果てているヴィドは、同意するようにため息を吐いて答えた。
「そうですねぇ … じゃ、出来るだけ上の方にしますか。」
「あんたも苦労性ね … 」
「ははは … はぁ … 」
ヴィドはリキュアのツッコミに笑うしかなかった。ところがその時である。
「む?」
「ジーク、どうしたの?」
少し首を傾げるジークにレムスは声をかける。どうもジークは独特の感覚で何かを捉えているのかもしれない。
「…今何か…いた」
「えっ?ほんと?」
驚くレムスはジークが見ていた方角…つまり天空城の斜め横の方向を見てみた。が、特に何も見つからない。
「ええっ?何も見えないよジーク…」
「…そうか…」
レムスが首を横に振ると、ジークは気のせいかと思ったのか、またいつもの無表情に戻る。しかしジークの勘が馬鹿にできないことを知っているレムスは、心の中で警戒を強めた。そして…
実際にジークは何かを見ていたのである。彼らの後を追うように、もう一組のパーティーが飛行呪文で天空城に向かっていたのだった。
* * *
というわけで、彼らは天空城に着陸した。そこには予想通り敵兵が … といいたいところだったのだが、意外なことに誰も彼らの周りにはいなかった。それこそ、人っ子一人、ネズミ一匹いなかったのである。意表をつかれたようにヴィドはつぶやく。
「意外ですねぇ。お出迎え一人いないというのも … 」
左右を見回しながらクレイは言った。
「奇襲に成功したってことだろうか?」
「そんなわけないでしょ?相手が余裕を見せているだけよ。」
「そうか … そうだな。」
クレイはそう言って剣を握り締める。すぐにでも敵はやってくるのだから、いつでも戦える状態にしておかなければならない。どうせ皇帝の … いや、烈の手の内で遊んでいるようなものである。ならば … 派手に遊んでやるしかない。
そうこうしているうちに、いよいよお出迎えが現れた。神将たち、そして烈 … さらには彼らに囲まれるようにイサリオスとシザリオンまで … そろっての登場だった。
「クレイ、わざわざ飛行呪文など使わなくてもよかったのだが … 烈を迎えにゆかせただろう。」
皇帝イサリオスは先ほどあったときと同じように、穏やかな微笑を浮かべつつクレイを出迎えた。先ほどまで閑散としていた広場が、神将と皇帝の幕僚たちの姿で次第に埋め尽くされてゆく。
「どうも、俺はあの瞬間移動にはなじめなくて、済まないな … 」
クレイはガイアードの剣を握り締めながらそう答えた。これだけの神将を相手にするとなると、いくらクレイでも大変である。それに十分な戦闘能力を持っているとはいえないクーガーまでいるのである。確かに … 危険な状態だった。
それに … もっと危険に感じられるのは、皇帝イサリオスの余裕だった。
「まあ、それは仕方がない。さて、他の観客はまあどうでもいい … クレイ君、余の興味があるのは貴君だけだ。」
「 … 」
「貴君には … さっきも言ったと思うのだが、われわれとともに新しい帝国を作る手助けをして欲しい。異存はないだろう?」
「 … 」
イサリオス帝は静かにそういった。「新しい帝国」 … 使い古された言葉だが、これほど怪しい響きのある言葉も少ない。理想に燃える者達も、そして狂気に落ちた者達も、この危険な言葉を … 口にするからである。
生憎クレイには、少なくとも帝国とか社会とか … そういったものに対する理想は全くなかった。考えたことすらなかったといってもいい。社会がなぜ現在のようになっているのか、帝国がどうあるべきなのかという難しい問題は、クレイの頭の中には発想として全くなかった。「既にそうなっている」から、そんな社会の中でどう泳ぎ渡ってゆくかということだけで必死だったのである。
まあそれはともかく … クレイは首を横に振った。「新しい帝国」を作るということに興味がないという以上に、イサリオス帝とその背後にある不気味な存在に手を貸すのはまっぴらごめんという気持ちだった。
「あいにくだが、俺は陛下が何をしようとしているのか知らない。それに … 」
「 … 」
「あなたが本当に帝国皇帝イサリオスなのかどうか、疑っている。」