リンクスの断片ハイスクールギャンビット 銃を取る決意 1
89「面倒なことを言いやがって」
朝帰りした僕らは、ルンナさんにちょっと小言を言われた。もちろんセイバーさんと一緒だし、れっきとした任務なのだから問題はない。とはいえ事務所でルンナさんはずっと留守番していたのだから、小言を言いたくなるのも無理はない。セイバーさんとセミーノフさんはルンナさんに平謝りだ。
僕らは空が白む頃になって、ようやく自宅に戻った。といってもジャンクさんは僕と一緒にいる。ジャンクさんは下宿で一人住まいらしいから、家に帰ってもつまらないらしい。サンドマンバームガーデンの僕の部屋で雑魚寝だ。
今の僕の部屋は一人で過ごすには広いので、二人でもゆうゆう寝そべれる。もともと僕は物をほとんど持っていないので、ジャンクさんは少し驚いている。
「リンクス、趣味とか無いの?」
僕は返事に迷った。前にも同じようなことがあった…雷王丸さんに詰め寄られたときだ。何も持っていないと言われて困った。実際今でも宿題とか任務とかがない時、することがなくて途方に暮れてしまう。生体兵器として生み出された僕に趣味なんてあるわけがない。
ところがそんな僕にサイコヘッドギア…ノスがツッコんでくる。
(ソルジャー・リンクス、我々はあなたの事を、筋トレが趣味だと認識しています)
筋トレって趣味なんだろうか?いつでも戦えるように準備をしているだけのつもりだけど…どうなんだろう。
(俺も賛成。お前、筋トレするとき、いつも夢中)
魔獣もサイコヘッドギアの意見に賛成らしい。そんなのアリなんだろうか?でも何も趣味がないより、筋トレが趣味の方がまだ人間らしい気もする。
恥ずかしいけれど僕はそんなことを口にしてみる。するとジャンクさんは笑い始めた。
「うわー、ほんとに筋トレマニアなんだ!たまにいるよな、そんなやつ」
ジャンクさんはゲラゲラ笑いながらもなんだか納得している。ジャンクさんの意識からは「やっぱり誰でもかっこいいカラダは憧れるよな」という理解が伝わってくる。
横になりながらそんな事を話していた僕らだけれど、一向に眠気はやってこない。徹夜だからすぐ眠れそうなのに、なんとなく二人とも興奮している。ジャンクさんに言わせると「遠足の前の晩」や「初めての外泊」みたいなものらしい。たしかに二人で寝泊まりするのは初めてだから、それだけでも楽しい。昼ごろまで仮眠して、また調査をしないといけないのに、ちょっとこれではまずいかもしれない。
ところが…
ジャンクさんはふと思いついたように起き上がった。
「ところでさ、リンクス。一つアイデアがあるんだけど…」
ジャンクさんの瞳はなんだかイタズラを思いついたような光が宿っている。転入してきた日に僕にイタズラをしたときの瞳と同じだ。具体的なことはわからないけれど、きっと何かを思いついたのだ。
僕も起き上がってジャンクさんを見つめる。名案なら当然協力するし、無茶なら止めないといけない。そして一番難しいのが綱渡りが必要な、だけど成功すればすごいアイデアの時だ。そういう企画は魅力的だから、絶対にジャンクさんは諦めないはずだ。何しろ僕に会うために深夜のサンドマンバームガーデンに乗り込んできた彼なのだから、少々のリスクに怯むわけはない。
だけど今回、敵は危険だ。人の心を破壊しかねない強力な思念波発生装置を、無造作に実験してくる奴らなのだ。だからジャンクさんがきわどい作戦をするというのなら、僕は本気で闘わないといけないだろう。万一失敗してもジャンクさんの身を守るために。
ともかくまずはジャンクさんの企画をしっかり把握する必要がある。
ジャンクさんのアイデアというのは攻めの企画だった。
「あのさ、今日学校に忍び込もうぜ」
「学校に?」
驚く僕にジャンクさんは頷く。
「教室に行って、スピーカーから結晶体を外しちゃうんだ。それならお前も昼休み楽になるだろ?」
ジャンクさんのアイデアはよくわかる。昼休みの音楽タイムに合わせて精神攻撃があるとして、毎日僕があんなシールドを張るのは大変だ。それに毎回シールドを張って防御をすれば、相手からすれば精神攻撃がうまくいかないのだから、いずれは僕らの存在がバレてしまう。どうせバレるのなら、スピーカーの結晶体を外して喧嘩を売っても同じことだ。いや、思念波の攻撃がなくなる分僕は楽になる。
僕はジャンクさんのアイデアを急いで吟味してみた。僕の隠蔽モードを使えば、学校に侵入するのは難しくない。特に今日は休日といっても部活があるから、昼の間なら校舎に入るのも容易だ。スピーカーをバラす作業はジャンクさんの腕次第だけれど、おそらくすぐに終わる。問題はその後だ…
セイバーさんみたいに無数の可能性を読み切る事はできないけれど、僕なりに色んな可能性を考えてみる。あの精神攻撃が音楽と連動しているとしたら、次に奴らが装置を使うのは休日明けの昼休みだ。だけどその時、奴らは異常に気がつく。だからといって授業中に教室に乗り込んでくることはできないから、様子を見に来るのは早くても夕方だ。
その時が勝負だ…奴らの手先を捕まえることができる。最悪でも正体は見極めることができるだろう。
もちろん流動的なところもある。奴らが即日で対応しないで、暇なときに調査に来る可能性や、逆に授業を妨害してでも調べに来る可能性もあるからだ。特にスピーカーから思念波だけでなく音まで出なくなってしまったら、本格的に故障という言い訳ができるので面倒だ。僕はジャンクさんに確認する。
「ジャンクさん、スピーカーを壊さず結晶体素子だけを取り外すことはできますか?」
「そんなの簡単だぜ。改造前の状態に戻すだけだからな。はじめからそのつもりだぜ」
ジャンクさんもこの辺は想定していたのだろう。力強く僕に頷く。あとは…動かぬ証拠を確保するためのカメラやレコーダーは必要だ。サイコヘッドギアも記録を残してくれるけれど、僕から見た視点になるから位置取りによっては情報が足りなくなる。できればジャンクさんにも撮影をお願いするべきだ。
僕はそこまで考えて、ジャンクさんに頷いた。
* * *
昼前になって僕らは起き出して、相談した作戦を開始しようとした。ところが玄関口のところでセミーノフさんが僕らを呼び止める。僕らを待っていたのだろうか?
「おう、二人とも今日はどうするんだ?」
「あ、セミーノフ先輩」
セミーノフさんはまだ眠そうだけど、僕らの顔を見てニヤニヤしている。まるで僕らの企画を知っているかのようだ。
「セイバーのやつが、今日はお前らの面倒見ろって言うんだよな。なんか悪いこと企んでるだろ?」
「そ、そんなことないっすよ!」
ジャンクさんは嘘が下手だ。悪いことかどうかはともかく、僕が吹き出しそうになるほど「企んでます」という顔になっている。そんなジャンクさんを見てセミーノフさんは笑う。
「あーはいはい。セイバーのやつ、きっとお前らが休日なのに学校に行くって言ってんだよな」
「ええっ?何でバレてんの?」
「そりゃあいつも同じこと考えてたからだぜ」
セミーノフさんはさもおかしそうに種明かしをする。どうやらセイバーさん自身も、学校を調査したいと考えていたようだ。理由はわかる…今事件に巻き込まれているのは学校と、学校に通う僕ら学生だ。なにか秘密があるとして、そのヒントも学校にある可能性が高い。昨夜不良のたまり場のクラブで聞き込みをして、セイバーさんはそれを確信したのだろう。
とはいえ大人のセイバーさん自身はよほどのことがない限りフリーダムヒル高校に乗り込むことはできない。僕らに調査を任せざるを得ないのだ。だからせめて卒業生のセミーノフさんに手助けを依頼したのだろう。
「で、何するんだよ?学校に忍び込んで…」
「あ、ああ…いや、スピーカーを…」
「やっぱりね、そんなこったと思った」
セミーノフさんは笑った。だけど僕に触れる意識は違う。ジャンクさんの勇気と行動力に驚き、熱い想いを感じている。そして僅かな不安も…
「ジャンク、こいつを渡しておくぜ」
セミーノフさんはジャンクさんの肩に手を置くと、小型の軽ブレーザーカノン銃を渡した。IxG-18マグネター、射程は短いけれど高火力で信頼性も高い、拳銃タイプのブレーザーカノンだ。
突然のことにジャンクさんは驚いている。
「えっ⁈これを俺に?」
「後輩のお前を死なせるわけには行かないからな。俺が昔使っていた銃だ」
真剣な目でセミーノフさんはジャンクさんを見ている。当然だろう…ジャンクさんはまだ命のやり取りの経験はない。だけど今から対峙するかもしれない敵は、人をモノのように考えている恐ろしい奴らだ。精神支配や洗脳…イックスのためといいながら、イックスに住む人々の心や魂の尊厳なんて鼻にもかけていない。
そんな敵と僕らは戦っている。僕も、セミーノフさんもセイバーさんも今まで何度も血を流している。
そしてこれからジャンクさんはそんな戦場に飛び込むのだ。友達を助けるために。だから…
「お前の友達、リンクスは本当に強い。俺なんかよりずっと強いんだ。大抵の敵相手ならお前を守ってくれる。だけど…」
「…」
「お前がリンクスを守らないといけない瞬間がいつか必ず来る。その時にはこの銃を使え。ためらうな」
それだけ言うと、セミーノフさんは力強くジャンクさんの肩をたたいた。ジャンクさんはセミーノフさんの銃を手に取り、その金属の重さと、セミーノフさんの言葉の重さを噛み締めながら頷いていた。
* * *
僕らは相談した通りにバイクで学校に向かった。バイクは二人乗りなので、セミーノフさんはあとから学校のそばまで来てくれることになった。万一のときでもお互い通信機があるから連絡は容易だ。
今日は学校は休みなので、バイクは近所の公園に置いて、そこから徒歩で学校に行く。校門はいつもと違って半開きだ。今日は部活の連中がいるだけだ。
隠蔽モードを入れて、僕らは校門をくぐる。グラウンドからは球技をする学生たちの声が聞こえる。野球というスポーツらしい。泥で汚れているけれどみんな白のユニフォームを着て練習をしている。ルールを知らないので、何を練習しているのかよくわからないけれど、みんな熱心だ。他にも網を張った棒を持って、黄色いボールを打ち合う球技や、楕円形のボールを抱えて走り回る球技みたいなものもある。いろいろな種族が一緒に参加できる球技は人気があるようだ。
とはいえ僕らにグラウンドの球技を見学している余裕はない。誰かに見られる前に教室に潜り込んで、校内放送設備に仕掛けられたプサイ結晶体を取り外さなければならないのだ。
今日は部活で教室を使うので、校舎のセキュリティは解除されている。だけどその分人がいるはずだ。顧問の先生とかだろう。気を抜くわけにはいかない。隠蔽モードは相手が油断していればまず見つからないけれど、一度見つかってしまえば効果はあまり期待できない。隠蔽能力は万能じゃない。そのことを考えると、やはり慎重に行動する必要がある。
僕らは人目を避けて階段を登り、教室へ向かった。僕の視界はもうサイオニクス感覚が主なので、壁の向こうにいる人もわかる。幸い今は廊下に誰もいない。顧問の先生の準備室には人の気配があるけれど、僕らの教室のあるフロアではないようだ。
僕らは風のように教室の前にたどりついた。個々の教室には施錠はしていないから自由に出入りできる。初めて見る休日の教室だ。
早速入ろうとするジャンクさんを僕は片手で止める。中に誰もいないのか、罠が仕掛けられていないか確認するためだ。たかだか教室に大げさかもしれないけれど、僕はここが敵地という認識をしている。
罠はない…人もいない。僕が頷くとジャンクさんはそっとドアを開け、教室の中に入った。見慣れた光景だけど、人っ子一人いない…外から漏れ入る午後の陽射しが眩しい。
僕はドアのそばに立ち、誰かが来てもすぐにわかるように警戒を続ける。ジャンクさんは教卓を使って、黒板の上にあるスピーカーに手を伸ばす。そして素早くドライバーでネジを外すとケースを開けた。
(やっぱりあったぜ)
ジャンクさんは目で僕に合図すると、キラキラ光る緑がかった黒い石を見せる。やはりスピーカーにはプサイ結晶体が仕込まれていた。
ジャンクさんは手にした携帯ハンダゴテで素早く配線を繋ぎなおす。あっという間の作業だ。ケースを戻すと、どこから見ても元通りだ。
僕ばジャンクさんにハンドサインでOKを送った。ジャンクさんは覚えたばかりのサインで嬉しそうに返事をくれる。これで作戦の第一段階は完了だ。
しかしまだゲームは始まったばかりだった。
僕らは教室を元通りに戻すと、廊下に出た。その時だ…
(誰か来てる!)
僕の中で魔獣が身を起こし、僕を捕まえる。気配がする…サイコヘッドギアもすぐに警告を発してきた。
(注意!階段を登る生命反応があります)
誰かが来たのかもしれない。気づかれたとは思えないけれど、用事で教職員の誰かが来る可能性はある。しかし魔獣がここまで敏感に感じ取るってことは、ただの生徒や先生じゃないかもしれない。アイツが危険を感じるほどの強い相手なのだ。
僕は急いでジャンクさんに合図して、教室に戻った。ここまで来ると足音も聞こえる。かなり近い。この部屋に来るのだろうか?
(あそこなら隠れられるぜ!)
(了解)
僕らは教室の後ろにある掃除道具入れの中に潜り込む。二人で潜り込むには狭い…カラダが密着してちょっときつい。僕は背が低いのでジャンクさんの胸くらいのところに顔がくる。特攻服は上着の下にはさらしを巻くものらしいので、胸のところは素肌そのものだ。こうして間近で見るとジャンクさんも結構たくましい。ヤンキーで工事士もやっているから、力があるのだろう。
が、今はそんな変なことを考えている場合じゃない。とにかく僕らの存在を気づかれないようにしなければならない。
僕は隠蔽モードの出力を上げて、掃除道具入れごとジャンクさんをカバーした。これで普通ならたとえこの部屋に人が来ても見過ごされるはずだ。
足音はどんどん近づいてくる。気配はこの教室の前で止まった。
(やべぇ、やっぱりこの部屋が目当てだ)
(チャンスかもしれません。犯人の仲間なら尻尾を掴みます)
僕らが忍び込んだことに奴らが気づいて確認しに来たとすれば、危険もあるけれどチャンスだ。正体不明の敵の姿を確認できる。魔獣がここまで滾っているのだから、単なる通りすがりの警備員や学生なんてことはありえない。
僕らは強い隠蔽モードに隠れて、そっと掃除道具入れからドアを監視する。と…無造作に扉が開かれ、外から一人の男が入ってきた。僕には見覚えがない…先生なのだろうか?
(…あいつ、用務員だぜ)
(用務員?)
用務員さんというのは学校の掃除や補修をしてくれる労務職の人だそうだ。肉体労働系の人なので、さすがに腕も太くて体格も良い。ガッチリとした筋肉質のカラダつきだ。年齢も思ったより若い。先生方は中年層が多いのに、あの人はきっとセミーノフさんくらいの年齢だろう。
でもなんだか僕のサイオニクスに触れる感覚は違う。年齢はともかく、学校の職員のような一般市民には思えない。目つきが違う?いや、僕のように染み付いた血の臭いがする。元軍人なのだろうか?
用務員は何かを探すように周囲をキョロキョロと見回す。そしておもむろに教室後ろの掲示板の前へとやってきた。僕らが隠れている掃除道具入れと近いから気を抜けない。僕らは息を殺してやつの行動を見守った。なぜこの教室の掲示板に用があるんだろう?用務員は他の部屋には見向きもしていないのだから、この部屋に特別な目的があるはずだ。
奴は誰にも見られていないことを確認するように、再び周囲を見回した。やはり僕らが掃除道具入れに隠れていることに気づいていない。隠蔽モードの効果で、掃除道具入れの存在すら忘れてしまっているのだろう。
だけどこのままやつの狙いを探らずにいるわけにはいかない。僕は危険を承知でサイオニクス感覚を拡大して、奴の心の動きに耳を澄ました。
(このクラスの精神探査がうまくゆかない原因を、分体で確認しろ…か。面倒なことを言いやがって)
間違いない!こいつはプサイ結晶体を仕掛けた奴らの仲間だ。初めて奴らの尻尾が姿を見せたのだ。
面白いことに、こいつは任務にうんざりしている。どうも誰かに命令されてここに来たのだろう。二日連続で精神探査がうまくゆかなかった原因を確認するため、何かを仕掛けようとしているのだ。僕の妨害で奴らが苛つき始めている。
やつは掲示板の上辺を指でまさぐると、どうやら何かを決めたようだ。軽く頷いて片手をもう片方の手で掴む。そして驚いたことに、なんと自分の指を一本、まるでバナナでももぎ取るように外したのだ。
(‼)
(あいつっ!いったい!)
ジャンクさんはグロテスクな光景にショックを受ける。自分の体の一部を自分でもぎ取るなんて、ゾンビ映画のような恐怖でしかない。
しかし僕は別の事実に焦りを覚えていた。身体の一部を切り離して自在に操る…まさか奴は…
もぎ取られた指先は血の一滴も流さず、そのままパチンコ玉くらいの大きさの球になる。黒い大きなシミがあるから、まるで目玉のようだ。奴はそのまま球状の肉玉を掲示板の上辺の縁に乗せた。肉玉から粘液が出て、掲示板にひっつく。
そしてもぎ取ったはずの指先はすっかり治り、元の状態に戻っていた。だけどあれは紛れもなくやつの体の一部…あいつの言う「分体」だ。なんの目的かわからないけれど、奴は自分の身体の一部を教室に仕掛けたのだ。
もう間違いなかった。
フェイスダンサー…カラダを自由に変形させ、他人の姿を奪い取って成り代わる恐るべき変身術師…
カナン世界で暗躍する奴らと僕らは帝国を舞台に何度も闘った。そして奴らは今、僕らの住むもう一つの世界サクロニアにも現れたのだ。
* * *
フェイスダンサーが姿を消すと、僕らはようやく掃除用具入れから外に出ることができた。しかし隠蔽モードは強くしたままだ。
掲示板の上に取り付けられた球体は、横からみるとまるで目玉みたいだ。いや…もしかすると本当に目玉かもしれない。奴らは切り離したカラダの一部を自由に作り変えることができるから、監視用の目玉を作り出すことだってできるだろう。
目玉は自分では動けないから、真横にいる僕らは見えていない。だけど隠蔽モードがこいつに効果があるかはわからない。隠蔽能力は姿を消すわけじゃなくて、姿を見ている人にそれを風景だと思い込ませる、一種の精神攻撃能力だ。だから目玉が映像だけをどこかに送っていたり、記録を機械的に残しているだけだと効果がない。
ただ、目玉は今この時点では、本体と繋がっている様子はない。霊的に繋がりがあるなら、サイオニクスの感覚でわかるはずだ。ということは、こいつは単に映像を記録するだけだ。あのフェイスダンサーが後で回収して、記録を見るのだろう。
だとしたら、今のうちならこいつに僕らの姿を見られても対処できる。
(どうする?リンクス)
(明日、白々しくこいつを見つけたことにして潰しましょう)
(?えっ、いま潰さないのか?)
(いま潰すとバレるかもしれません)
霊的にリアルタイムで映像を送っている様子はないけれど、異変があれば警報くらいは送る可能性がある。今ここで潰してしまうと、侵入者がいたことだけは教えてしまうことになるだろう。だけど明日こいつをみんなの前で、害虫を見つけたように潰してしまえば大丈夫だ。こいつが何を記録していても関係ない。
唯一の危険は今夜回収された場合だ。僕らが部屋を出てゆく姿をこいつは見てしまう。だけど、奴の目的…「精神探査がうまくゆかない原因の究明」からすれば、今夜回収するとは考えにくい。
どっちにせよ奴らとの本格的接触は明日だ。明日になれば奴らはスピーカーの異変に気がつく。その時、僕らは奴らと本気でやり合うことになるだろう。敵にフェイスダンサーがいることがわかっただけでも大収穫だ。だけどそのことはこれから激しい闘いが待っていることも意味している。
僕はジャンクさんに静かに頷いた。死闘の予感が僕の中でマグマのように溢れ、あの辛い滾りとなって僕を苛んでいた。
(90「覚えてないのか?お前ら」へつづく)