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炎の魔神みぎてくんキットバッシュ 9.「全部塗っちゃうと、精霊力がこもって」
9.「全部塗っちゃうと、精霊力がこもって」
さてエントリーが一応済んだということで、写真を撮ってもらう間コージたちはようやくほかの人の作品を見る余裕ができる。実際ペイントの経験が少ないコージたちにとって、ほかのうまい人の作品を見るというのはなかなか新鮮である。
「やっぱりすげぇなあ、これなんて…」
「すごいですよねたしかに…」
稲妻が鮮やかに描かれた剣を振りかざす勇者のフィギュアを見て、みぎてとディレルは感心しきりである。青白いアークがグラデーションで見事に表現されている。この辺の技法はさすがにベテランというところだろう。
「あ、これマルスの作品ですよ!マルスも応募したんだ」
「へぇ~これはすごいな」
ディレルが指差した先には、大型の宇宙戦車のフィギュアがおかれている。グレーのボディーに迷彩が施されて、キャタピラや車体には丁寧にウェザリングがしてある。いまにも走り出しそうな格好よさである。
「これは頑張ってますよね。塗装剥がれまで作ってあるの、わかります?」
「あ、本当だ」
「すげー!リアルだな」
店長さんの解説にコージ達は目を丸くする。いろいろなウェザリング技法があるなかでも、わざと塗装を剥がして下地を出すテクニックはなかなか高等技らしい。さすがプラモ歴の長いマルスらしかった。というか、先日彼の家で見たプラモと比較しても、今回は相当気合いが入っているのがわかる。コンテストだから頑張ったのだろう。
さて、マルスの戦車のすぐそばには、グラマーな美女がビキニっぽい鎧を着て、ポーズをとっているフィギュアがある。ビキニアーマーというのが現実にあるのかどうかは知らないが、食い込みのラインとか、ムチムチの太ももとか…正直なところかなりきわどい。一応十八禁ではないのだが、アダルトな香りがむんむんである。どうも先に赤系の塗料で下地を入れてから、上に透けるように白っぽい塗料を塗って、肌の赤みを表現しているらしい。
「『美少女フィギュアのリュウ』さんって…」
「まあ、みんな応募の名前は自由ですから…」
コンテストの応募名は、本名そのままからペンネームで応募している人までまちまちらしい。近年は本名を出すと、ネットでどんな情報が勝手に拡散されるかわからないので、隠すほうが安全である。が…『美少女フィギュアのリュウ』とかそこまで痛い名前で応募するのはさすがに悩むところではある。
「まあ俺たちはしかたないとしても、ポリーニはどうしたんだ?」
「あたし?もちろんペンネームよ。『スイートさくらんぼ』…」
「…スイートさくらんぼ、ね…」
ポリーニのいつものネーミングセンスである。「ラブラブ」とか「夢見る」とか、そういう名前が大好きなのだ。まあ「美少女フィギュアのリュウ」と痛さで比較すれば五分五分なので、目くじらを立ててうんぬんする話ではないだろう。
ところが…その時だった。
「やだ、このフィギュアさっきとちょっと場所違わない?」
「え?」
驚いたポリーニの声に、コージやディレルも目を丸くする。今しがた話題になっていた美女のビキニアーマーフィギュアが、さっきとかなり向きが違うようなのである。さらに驚いたことに、鎧の一部…胸の部分だが、これがなんだかはずれそうになっている。どうやら着脱可能らしい。
「誰か動かした?」
「いや、誰も触っていないはず。だって今見ていたところだし…」
あれよあれよというまに、ビキニアーマーは勝手にフィギュアから外れてしまい、グラマーな胸があらわになる。ほかの部分よりさらに丁寧に塗り込まれた胸は、とても見事な作品だとは思うのだが…そういう問題ではない。
店長さんはコージたちの声を聴いて慌てて飛んでくると、作品を元通りにセットする。
「時々これ、外れるみたいなんですよね。誰も触っていないのに…」
「うーん、なんなんでしょうね」
「他のフィギュアもこの大会が始まってから、時々動いたりするし…建物やばいのかな」
不思議そうな店長さんの表情である。実際コージにも原因はいまひとつわからない。地震とかも起きた様子はないだけにますます不思議である。と、その時みぎてがコージに耳打ちする。
「たぶん精霊。マルスんちと同じ」
「えっ?本当か?」
コージは魔神の見立てに驚く。小さな精霊はたしかにどこにでもいるのだが、普通は人間界に干渉しないものである。さらにお店や家などは、防犯のためにある程度の結界が張ってある。というか、魔法学的には家というものはそのためにあると言っていい。
つまり普通は悪さをする精霊は、家の中に入ってこれないはずなのである。マルスの家の場合は、家の中にもともといる友好的な精霊たちが、マルスのことが好きすぎて活性化してしまうのだが…これは極めて例外的な話である。そんなイレギュラーなことが、マルスの家以外で起きるということは、何か原因があるはずなのだが…とにかくこうなってしまうと、何が起きるかわからない。
コージは何が起きても対応できるように、冷静に周囲の様子を観察することにした。
* * *
さて、写真撮影のほうだが、ディレルのキラキラロボ、みぎての炎の武将まで順調に進む。キラキラロボはどうやら地縛霊に大人気らしく、心霊写真モードだとコージのジオラマの三倍くらい霊が現れる。どうやらスワンスキーのビーズが大好評らしい。
炎の武将のほうは、作った人(みぎて)の精霊力が宿っているのか、サーモグラフが無駄に高温になる。ほかのフィギュアは二十五℃くらいの室温なのに、なぜかこのフィギュアだけ三十℃以上なのである。本人が暑苦しいのはしかたないとして、フィギュアまでそうなのはなんだか笑えてしまう。
さて、いよいよポリーニのフィギュアの番である。
「いよいよね。勝負よっ!」
「だから勝負じゃないって…」
ライバルのシュリがカメラマンというせいか知らないが、ポリーニはここにきて急速にヒートアップしはじめたようである。まあここで撮影した写真がネットの投票ページに掲載されるのであるから、全部の機能をフル開陳してアピールしなければならないのは当然だろう。ともかく既にかなり興奮ぎみになっている。
「じゃあシュリ、スイッチ入れるわよ」
「シュリじゃないです、魂の写真家カフランギです」
「うっさいわね!始めるわよ!」
シュリの反論を無視して、ポリーニはジオラマのスイッチを入れる。赤や緑のLEDランプが点灯し、ミラーボールがくるくる回り始める。スペースソルジャーのダンスユニットの登場光景である。
ところが…ファインダーをのぞいたシュリは驚きの声を上げた。
「Oh!これはすごいですよ!」
「え?シュリなにが…」
慌ててコージたちはシュリの後ろから、液晶画面を見る。シュリは手早くライブプレビューモードに切り替えて、全員に画面が見えるようにした。画面には…
スペースソルジャーのフィギュアに並んで、小さな精霊たちのバックダンサーが十数体、ダンスをしていたのである。さらにどこからともなく、かなり昔に流行ったポップな音楽が流れてくる。さらには観客としてさっきから何度も登場している地縛霊たちが声援を送っているのである。
「あ、このダンス…おばちゃんダンスだ…」
「え?あのどこかの高校で有名になったやつ?」
どうもダンスは去年話題になった「おばちゃん世代ダンス」の振り付けである。音楽のほうも間違いなくそれに使われた曲だろう。音符の精霊が集まってサウンドを奏でているのである。いずれにせよ見事な精霊たちのダンスっぷりである。
「大人気だわ、さすがあたしね」
「まあ精霊たちが遊びやすいステージなんだろうなぁ」
「シュリさんのカメラでみんなが見ているって言うのもあるんでしょうね」
いつのまにやら店長さんを含めて、お客さんまで踊る精霊たちのパフォーマンスを見物に来ている。なんだかフィギュアコンテストというよりダンスコンテストの様相になってきている気がする。
が、ここで問題が発生する。盛り上がってきた精霊たちはフィギュアまで動かし始めたのである。
「あ、スペースソルジャーまで踊り始めた…」
「ちょっとヤバいぜ、コージ」
モニターを通じてしか見えない精霊だけのダンス状態なら別段問題ないのだが、フィギュアがポルターガイスト現象を起こすとなると状況が違う。かたかた動く程度ならまだ良いが、これで激しく踊りまくられると、プラスチック製のフィギュアや発泡スチロール製のジオラマではぶっ壊れかねない。彼らのフィギュアだけならともかく、他の参加者のフィギュアまでダメージか出ようものなら最悪である。
「みぎて、なんとか止めれないか?」
「うーん、手荒なことはダメだよな。なんでこんなに精霊が集まってるのかわかればいいんだけど」
みぎては作戦を考えるが、なかなか良い手が浮かばないらしい。この魔神はこういうときにパワーが大きすぎなのである。本気を出せばいたずらをする精霊達を一気に叩き出すことも可能なのだが、それはそれでかわいそうだし、下手をするとお店まで吹き飛ばしかねない。巨大精霊というのも不便なものである。
しかし…コージはふと考えた。普通ならこんな数の精霊が、お店の結界に入り込んで遊ぶなど考えられない話である。そう、マルスの家でもない限り…まさか…
精霊たちは今度はポリーニのステージの秘密兵器、スモークで遊び始める。ステージの左右から真っ白な霧が吹き出し、周囲を包む。が、問題はその量だった。さっきお試しで使ったスモークの比ではない。というか間違いなくいたずら精霊達がバルブを全開にしてしまったのである。
「うわっ!これなにっ!」
「ポリーニ!これ香水入れすぎ!」
「ちょっとまって!バルブ壊れたのよきっと!」
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ポリーニのスモークには少しばかり香水が入っているのだが、バルブが全開になったせいでほぼ全量が一気に吹き出したらしい。少量なら良い香りの香水だが、原液が吹き出すととんでもないことになる。香水瓶が割れたようなものである。
やむなくコージは確信が持てないまま、さっき思い付いたことを試してみることにした。
「みぎて!お前のフィギュアで精霊達をびびらせてくれ!」
「わかったぜ!」
「ディレル、すぐマルスに連絡とって。急いで店に来てくれって」
「え?マルス?うん、わかった」
「それから店長さん!マルスの作品、ちょっと貸してください」
「あ、はい、わかりました」
店長さんは飾り棚の一角にある宇宙戦車を取りだし、コージに渡す。ディレルは急ぎスマホを取りだし、マルスに電話を掛ける。
「ポリーニ、シュリのカメラ見ながら、ちび精霊達が怯んだところであのスモーク止めてくれ」
「もう、しょうがないわね!任せなさい!」
香水ガスを出しているのはポリーニの作品なので、彼女しか構造はわからない。こればかりは作者に任せるしかない。
全員が動き始めたのを確認したところで、コージはみぎてに合図を送る。合図を受けて魔神は突然輝く翼を見せる。普段は(街中では特に)邪魔なので隠しているが、この魔神の自慢の炎の翼である。まあオーラのようなものなので、周囲に引火するようなことにはならない。
魔神は翼から一本羽根を引っこ抜くと、ダーツのようにスナップを効かせて投げる。その先は…みぎてが作った例のフィギュアである。羽根はまっすぐ炎の武将のフィギュアに飛ぶと、肩のところに突き刺さる。と…一瞬フィギュアは眩しく輝いた。
「いけるか?!」
「だいじょぶだいじょぶ」
炎の羽根を取り込んだみぎてのフィギュアは、全身鮮やかな光を帯びる。間違いない…魔神の精霊力で活性化しているのである。
「コージ、あれは?!」
電話を済ませたディレルは、輝くフィギュアを見て驚く。
「アバター。みぎての」
「え?アバター?」
フィギュアは魔神の力の一部を受けて、一時的に一種の分身になったのである。小さなフィギュアなので、これなら本人が精霊力を発揮した時のように、周囲を吹き飛ばしたり、ちび精霊達を焼き尽くすようなことはない。とはいえ普通の精霊ならば、自分のアバターを一時的にでもつくるというのは簡単にはできるものではない。精霊力のロスが大きいので、分身しない方が強いからである。みぎての、制御が難しいほどの有り余る巨大な精霊力ならではの技である。
ちび魔神と化したフィギュアは、いたずらで騒いでいるちび精霊たちのステージに上ると、ちょっと怖い顔をして一喝する。
「こらっ!おまえらステージ壊すな!」
同時にフィギュアは炎の魔神の精霊力で深紅に輝く。突然の強い(強すぎない)精霊力の一喝に、ちび精霊たちはビックリして、ステージから逃げ出してゆく。今までがたがた動き回っていたスペースソルジャーのフィギュアは、糸が切れたようにパタパタと倒れる。
「ポリーニくん!いまですよー」
シュリがモニターを見ながら合図を出すと、彼女は急ぎステージのジオラマに駆け寄り、ひっくり返して底面にある香水の入った瓶やスモークの小さなボンベを取り外した。これでもう香水ガスは出ないはずである。
「オッケーよ!コージ」
ポリーニがコージに作業終了を伝える。コージはしかし彼女に返事をする余裕はなかった。
「コージ?!大丈夫?」
「…けっこう…ぎりぎり…」
ちびみぎての一喝で逃げたした精霊たちは、魔神に追い回されたあげく、コージが手にしているマルスの戦車プラモに逃げ込んでいたからである。精霊たちが逃げ込んだのを見計らって、コージは急ぎ周囲に結界を張って、またいたずら精霊たちがうろつき回らないようにしたのだ。が、魔神ではないただの魔法使いの彼にとって、これだけの数の精霊を押さえ込むのはかなりきつい。みぎてに力を借りたいところだが、魔神はアバターでちび精霊を追いかけ回すのに忙しい。
「と、とにかく…マルスが来るまで…こいつら、あいつに引き取ってもらわないと…」
「あ、僕らも手伝いますよ。ポリーニもお願い」
「仕方ないわね、あたしだって結界くらいは張れるわよ。シュリもいるし」
「ノンノン、魂の写真家カフランギです」
コージの張った即席の結界が、ディレルやポリーニのサポートで安定してくる。魔神のアバターから逃げてくるいたずら精霊たちは、その中にどんどん追い込まれる。
そしてしばらくのどたばたの末、ようやくショップはまともな状態を取り戻したのである。
* * *
「いや、さすがに参りました。今まで十年以上プラモ業界で仕事してますが、精霊が乗り移るとかは初めてですよ」
「すいません、まさか僕のプラモで精霊たちが活性化するなんて、思いもよりませんでした」
十分ほどして大慌てで駆けつけてきたマルスは、状況にびっくりである。マルスは手早くコージたちが捕まえていたいたずら精霊を手なずけると、全員をプラモの戦車にのせて回収してしまう。さすがは手慣れたものである。
どうやらこの騒ぎの原因は、マルスのプラモデルの影響で、お店にいた精霊たちが活性化したことらしい。マルス本人がいれば簡単におとなしくなるちび精霊たちだが、いないと勝手に遊んでしまうのである。しかし作ったプラモデルがマルス本人と同様に周囲の精霊を活性化させてしまうというのは、さすがに予想外である。
幸い応募作品やら店の器物などは、ポリーニのステージ以外は無傷だったし、窓を全開にしてしばらくすれば、香水の方もあっさりと消えたので、とりあえずは現状復帰はできたのだが…ともかく今回のどたばたの原因だけははっきりさせる必要がある。なぜマルスの作品が、マルス本人がいないにもかかわらず精霊を活性化させてしまったのか、である。でないとフィギュアのコンテストどころか、お店の営業すらままならないことになる。
「コージ、なぜマルスの戦車が原因って気がついたんですか?」
「あ、そうよ。あたしもビックリしたわ。全然気がつかなかったもの」
ディレルとポリーニはコージのとっさの判断に舌を巻いている。が、コージは意外なものを指差した。みぎてのフィギュアである。
「えっ?俺さまのフィギュアが?」
「さっきシュリのカメラで撮影したときだけど、みぎてのこのフィギュアだけ熱かったろ?」
「あ、そういえば…」
「たぶん、気合いの入ったペイントだと、塗った人の力が宿るんだよ。まあフィギュアだけの話じゃないと思うけど…」
先程からのフィギュアの記念撮影で、たしかにみぎての作った炎の武将は、サーモグラフィーで他のフィギュアより赤く写ったのである。だいたい五度くらいは高温だった。その時は単に魔神の気合か精霊力が残留しているのかな程度に考えていたのだが、どうやらもう少し色濃い影響が残るものらしい。大袈裟に言えば、命のこもった作品というやつである。そんな作品になると、今回のような怪現象が起きてもおかしくはない。
「えーっ!それじゃみぎてくんやマルスって困るじゃないですか。せっかくのフィギュアがみんなトラブルのもとになっちゃうわけだし…」
「うーん、それは…」
もしフィギュアのペイントで、みぎてやマルスの力がこもってトラブルが起きるとなると、彼らのような普通より強い精霊力の持ち主は、安易に作品を作れないということになってしまう。魔法の才能が豊かな人や、生まれながらに魔法的な存在(もちろんみぎてもそうである)の人物は、世の中には多いわけではないが、それなりにはいるはずである。こういう人がもの作りを一切できないというのは、さすがに問題があるだろう。実際なにか解決策があるはずなのである。
ところがここで、意外な方法が意外な人物から出てきた。
「ノンノンノン、皆さん勉強が足りませんね~」
「シュリ?」
「ええっ!?」
「魂の写真家カフランギです」
シュリはそういいながら、カメラを取り出す。もちろんさっき写したみんなの作品ファイルが納められているわけだが…
彼はカメラをアルバムモードにして、ボタンを連打しながらなにかを探す。
「はい、これですね。食欲魔神くんの作品です」
「あ、うん。これが?」
「ここですね、この兜の一部。ここ塗ってないでしょ?これ、塗り忘れじゃないですよね。そうですね、食欲魔神くん」
シュリにズバリと指摘されて、みぎてはちょっと頭をかく。逆にコージ達はびっくりである。シュリの言うことが正しいとしたら、この魔神はわざと兜の一部分をペイントしなかったということになるからである。
みぎては苦笑しながら言った。
「あ、うん。全部塗っちゃうと、精霊力がこもってフィギュアが溶けちまうからさ」
「えええっ!?」
「みぎてくんらしいというかなんというか…」
「ですよね~、わざと完成させないって言うの、昔からよくあります。完璧なものをつくると縁起が悪いっていいますが、そういうことなんですね」
シュリの珍しく大学の先生らしい解説に、コージ達は納得である。昔話でよくある、完璧な念のこもりすぎた器物は縁起が悪いと言うのは、こういうことなのである。ちょっと未完成部分を残しておくというのは、念を溜めすぎないという、素晴らしい先人の知恵にちがいない。
いずれにせよこういうところに気を付けて、わざと少し隙を残しておく…そうすればみぎてやマルスもフィギュアを塗ったり絵を描いたりしても大丈夫ということである。
「あー、よかった。プラモ引退しなくて良いんだ。うちのちび精霊たちがガッカリするところだった」
「マルス~、引き取ったさっきのいたずら精霊たち、ちゃんとしつけてくれよ」
「すぐなついたから大丈夫、それに少々のいたずらするくらいのほうが、元気が良いから」
「えええっ?!そういうものなのか?」
あっけらかんとしたマルスの見解に、コージ達は悶絶である。さすが生まれたときからちび精霊たちに囲まれている、精霊ジゴロの発言としかいいようがない。
と、ここでみぎては不思議そうに言った。
「でもさ、ポリーニやシュリの発明品が毎度失敗作なの、わざと完成させてないのか?俺さまできればもう少し完成させてほしいんだけど…」
「えええっ!みぎてくんそれ爆弾発言!」
「食欲魔神は発明というものを理解できていないようですね」
毎度毎度発明品のトラブルでひどい目に遭うみぎてとしては本音なのだろうが、これは明らかに爆弾発言である。ポリーニとシュリはすごい顔になって魔神を睨み付ける。コージとディレルは思わず吹き出してしまうしかない。
一同はひとしきり笑ったあと、店長さんにすべて解決した旨を説明したのである。
* * *
コージとみぎては夜も遅くなって、ようやく下宿へと戻った。コンテストの方は、まああんなどたばたしたものの、なんとか形だけはエントリーという状況である。もちろんWeb投票とか結果発表とかはまだ先の話なのだが…とりあえずそれは結果である。気分的にはそれなりに納得できる作品もできて、わいわい言いながらトラブルも乗りきって…それで良いかな、という感じだった。
すぐ横で魔神は巨体を横たえて、もう半分眠りかけである。ここしばらくコンテストの追い込みで寝不足だったうえに、今日のどたばたでかなり疲れているのだろう。寝ぼけた顔をなんだかつつきたくなるような気分になる。
コージは今回のどたばたのことを思い返し、魔神の寝顔を見ていた。さっきディレルたちに今回の騒動の種明かしをした時に、彼らにはひとつだけ話していないことがあったからである。
「…コージ、なんか俺さまの顔ついてる?」
みぎてはコージの視線に気がついたらしく、寝ぼけ眼でこっちを見る。さすがにコージはすこし気恥ずかしくなって赤面しながら、しかしちょっとさっき気がついたことを聞いてみることにした。
「みぎて、あのさ…あのフィギュアなんだけど…」
「?」
「あれ、お前だろ?」
魔神はちょっと笑う。やっぱりばれている、という笑いかたである。
「まさか俺さまも自分のフィギュアが発売されているなんて思いもよらなかったぜ。本人よりかっこいいのがあれなんだけど…」
みぎてが作ったヒストリカルバトルのシリーズ「炎の武将ベラリオス」…あれは昔のこの魔神の姿なのだろう。コージ達と違って長く生きる魔神族にとって、歴史が彼の人生の一部であったとしても何ら不思議はない。
そんな魔神の過去の姿が、フィギュア化されるというのは、本人にとってどんな気分なのだろうか。いや、この魔神には…誰にだっておそらく表現できないだろう。いいことも悪いことも含めて、万感の思いが入り交じったなにか…
だからこの魔神はあのフィギュアをコンテストに選んだのである。相棒のコージにはそれがよくわかる。そしていつかコージもその万感の思いの一部になるのだろう。だからコージはこの魔神との毎日を、とても大切に感じるのである。
しかし…コージも同じように、そんな気持ちを言葉にはできなかった。だからこんなことを言ったのである。
「おまえ、もう少し痩せないと、あのフィギュアに負けるぞ…」
「えええっ!?それ言われると辛いぜ!」
魔神はコージの突っ込みに、頭をかいて笑ったのである。
(炎の魔神みぎてくんキットバッシュ 了)