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炎の魔神みぎてくんキットバッシュ 8.「魂の写真家カフランギです」
8.「魂の写真家カフランギです」
さて土曜日、いよいよ「ホビーショップ・工業惑星第一回フィギュアコンテスト」の作品募集締め切りの日がやって来た。コージ達にとっては頭がいたくなる日の到来である。
模型屋さんの例に漏れず、ホビーショップ・工業惑星の開店時刻は平日なら午後、土日でもお昼である。コージ達は少し早いお昼御飯を済ませて、作品をもってお店に向かった。いつもなら大体二人前は平らげるはずのみぎてが、今日はコージより少し多いくらいの食事量というところが、この魔神の不安感を如実に物語っている。
「ヤバいよな、コージ…」
「ヤバい。どうしようもないけどヤバい」
もちろんヤバいのはコージ達の作品が、ではない。せっかく仕掛けた事前チェック会の網を潜り抜け、ポリーニの発明品が安全性の確認なしでコンテストに出てしまうことである。まあ元々コージ達に責任は全くないのだが、今までのドタバタを知り尽くしている彼らとしては、道義的責任をどうしても感じてしまうわけである。
お店の開店前にコージ達はディレルやポリーニと、近くの喫茶店で待ち合わせた。現れたポリーニはお葬式みたいなコージ達の表情と好対照の自信満々な様子である。
「うふふふ、完璧よ!」
「完璧って何が…」
「も・ち・ろ・ん、あたしの発明品よ!」
「…発明品ね…」
まあ予想通りだが、ポリーニの頭の中では、既にフィギュアペイントではなく発明品のコンテストに変換されている。というかこの点は最初からそうだったので、突っ込みようがない。
さて少し遅れてディレルがやってくる。几帳面なこのトリトンにしてはとても珍しい。
「ディレル…?」
「どうしたんだよ、マジやばそうな顔してんじゃねえか…」
「やだ、体調悪いの?」
「…というよりテンパった顔だ…」
ポリーニが心配するくらいディレルの表情はおかしい。が、コージの見るところ、ディレルの様子は体調が悪いわけではなく、明らかにトラブルでテンパっている顔である。その原因の一つが、目の前のポリーニであることは明白なのだが、どうやらそれだけではなさそうである。
「…みんな、あとで愚痴を聞いてくれると信じてますよ…」
「…今回はひどそうだな…」
ディレルのひどい表情を見ると、長年の付き合いであるコージ達としては、内容はともかく慰めないわけにはいかない。というか、明らかにトラブルの原因の一人であるはずのポリーニまで、愚痴の聞き役に指名されたということは、それ以外に大トラブルがあったということである。
さてショップの開店時刻を過ぎているので、一同は喫茶店を出る。ともかくまずは作品をお店に持ち込まないといけない。
ショップのビルの階段を上がると、ちょうどお店は開店直後のようだった。どうやら少し遅刻ぎみらしい。店にはいると既に二人ほどお客がいて、見事にペイントされたフィギュアを前に、なにか書いている。どうもエントリー用紙らしい。
「あ、いらっしゃい。ついに完成ですか!」
店長さんはにこにこ笑いながらコージ達を出迎える。
「あれ?少し模様替えしている…」
店のなかは先日来たときと微妙にレイアウトが変わっている。コンテスト仕様の配置かもしれない。店長さんは頭をかきながらコージ達に答えた。
「いやー、予想外にエントリーが多くてビックリしてます。棚も買ったんですよ」
「あ、ほんとだ。増えてる」
「すげえ、大人気なんだ!緊張するな~」
エントリーが予想以上に多いということは、このジャンルもお店も今盛り上がっているということで、とても良いことである。まあ多少予定外の出費があるのは、嬉しい悲鳴としか言いようがないだろう。
コージとしてはエントリーされている作品をじっくり見てみたい気もするのだが、まずは自分のエントリーからである。店長さんからエントリー用紙を受けとると、早速記入する。
「コージ、作品名って決めてきたか?」
「え?あ、ほんとだ…」
みぎてはエントリー用紙の一角を指差す。たしかにそこには「作品名」という欄がある。コージにせよみぎてにせよ、作品を作るのに夢中で、作品名など全く考えていなかったので、ちょっと慌ててしまう。
「コージのは『ゴブリン義賊団』でいいんじゃないですか?」
「あ、俺さまもそれ賛成」
「まあそうだな、悪くないし…みぎてのは?」
「…うーん」
「なんだが自画像っぽいから自画像にしたら良いんじゃない?」
「俺さまこんなにスリムじゃないって」
ポリーニの意見に慌てて首をふるみぎてである。さすがにフィギュアで登場するキャラみたいにスリムで格好良いというわけにはいかないのは、この魔神も自覚しているのである。
さてディレルであるが、えらく困った表情で持ってきたフィギュアを取り出す。もちろん先週見たロボである。が…
「かわいいじゃない!それいけてるわ!」
「…セレーニアちゃんにやられたんだな…」
ロボの脚とか、手にした銃とかが前回見たときから大幅に変わっている。なんとキラキラ光るビーズがびっしりと貼り付けられているのだ。ここまでキラキラ光るビーズであるから、スワンスキーかどこかの高級ガラスビーズなのかもしれない。
「本当は銃口だけって思ったんですけど、妹がどうしてもって言い出して…反対したんですけど」
「軽々押しきられたって言うのがもろばれだ…」
「いいじゃない!スマホだってキラキラにデコレーションすると素敵なんだし」
どうやらさっきまでのひどい表情は、これが原因だったようである。まあ女子高生あたりにはウケそうな気はする。(少なくともポリーニには大好評である。)
さて一番の問題、ポリーニの作品だが…
やはり案の定先週のチェック段階から大幅にパワーアップしている。セレーニアからの情報通り、前回にはなかったジオラマが登場している。どうやって作ったのかわからないのだが、野外ステージのような感じてある。フィギュアを並べると、どこかの男性ダンサーユニットのコンサートに見えてくる。
「これはこれで斬新ですね~」
「でしょ?格好いいスペースソルジャーなんだから、こんなのも見てみたいじゃない!」
意外なアプローチに目を丸くする店長に、ポリーニは得意気である。が、コージやディレルは全く楽観していない。ヤバいギミックがジオラマに仕込まれている可能性が極めて高いからである。
「ポリーニ、どうせこのジオラマなにか仕込んであるんだよな?照明とか…」
「もちのろんよ!あたしが単なるジオラマなんて作るわけないでしょ?」
「まあそうだよな…」
ツッコミのいれようのないポリーニの返事である。彼女は早速ジオラマの横にある小さなスイッチをいれる。と、やはりステージの照明が点灯し、キラキラとミラーボールが輝きながら回転する。まさにクラブか野外コンサートのようである。
「おお!これは凝ってますね!ロボのなかにLEDを仕込む人は多いんですけど…」
「やっぱり?それじゃありふれてると思ったのよね」
得意満々な表情のポリーニである。と、ちょうどその時、おもしろいことにステージの左右から白い水蒸気のようなものが吹き出す。なんとスモークらしい。ますますコンサート会場っぽい。
「あ、ポリーニ、スモークに少し香水いれただろ?」
「うふふ、わかった?」
どうやら彼女はスモークの中に、香水かアロマのようなものをいれたらしい。まあお店が混んでくると、汗とかの臭いがこもることを考えると、アロマで緩和というのはなかなかの名案である。
「…意外とこっちもまともですね…」
「うーん…」
こちらも意外とおとなしい発明品なので、コージとしてはちょっと安心というところである。が、日頃ひどい目に遭っているみぎては、できれば近寄りたくないといいたげな、半ば恐怖混じりの表情でポリーニのジオラマ…発明品を見ている。
そんな裏の事情など全く知らない店長はにこにこ笑って一同のエントリー用紙を受けとる。そして彼らを隣の部屋に案内した。
「早速、みなさんの作品を写真撮影しますよ。ウェブ投票もありますので…」
今回のコンテストは、お店の通信販売のページからリンクされている特設ページで、ウェブ投票ができるようになっているらしい。最近のウェブネットワークは世界中どころか、人間界を越えて精霊界や魔界まで広がっているので、コージ達の作品はどこかの精霊族や魔神の人まで見る可能性があるということである。これだけでもとても緊張する話である。
隣の部屋には黒い模造紙で作られた撮影ブースがしつらえられていた。ブースのそばには大きな三脚と、それから黒いデジカメが二台ほど置いてある。当然照明のほうも、ハロゲンらしいランプが三つもあってとても本格的だった。自分の作品が本格的な写真を撮ってもらえると考えるだけで、なんだかすごく嬉しい気分になってくる。
さて、コージの作品を撮影ブースに設置したところで、店長さんはいう。
「じゃ、カメラマンさん呼んできますよ。いま外の自販機でジュース買っているはずなんで」
「カメラマンさんって、なんだかすごいよな。俺さまいい服着てきたらよかった」
「みぎて、自分が撮られるわけじゃないんだから~」
カメラマンという肩書きだけでメロメロのみぎてである。この魔神だってテレビに出たことすらあるのだし、被写体になった経験だって少なくないはずなのだが…
ところが、戻ってきた店長さんがつれてきた人物を見た瞬間、コージ達は悶絶した。
「…シュリさん!なんでここに?!」
「えええええっ!ここでシュリが出てくるの?!」
なんと彼らの目の前に現れたのは、モシャモシャ頭で痩せたおっさん…あのお隣の講座のいかれた発明家、シュリだった。「コンテストにはエントリーしないが、参加する」というのは、こういうことだったのである。
* * *
「ちょっとシュリ!何であんたがここで出てくるのよ!」
発明品ライバルのポリーニは予想外のシュリの登場にいきなりヒートアップである。まあ今回は初めから「発明品は出す」と宣言しているのであるから、公約通りである。が、まさか写真スタッフとして登場するとは、ポリーニだけでなくコージも全く予想していなかったのは間違いない。彼女の驚きも納得できる。
ところがそれに対するシュリの返事は、これまた斜め上であった。
「ノンノン、ここにいるのはシュリ・ヤーセンではありません。魂の写真家カフランギです」
「なにそれ…」
「ツブヤキッターとかでちょっと噂の、面白写真家さん…シュリさんだったんだ」
「カフランギさんは私と昔からメッセージをやり取りしてまして、時々フィギュア写真とかも撮ってもらうんですよ」
あまりツブヤキッターをチェックしていないコージだが、面白写真で時々話題になるカフランギ氏(ペンネーム)については何となく記憶にある。が、まさかその写真家がシュリだったとは想像もしていなかったのである。たしかに日頃の発明品と面白写真のセンスはどこか合い通じる気がするのだが…
さて、まさかのシュリ登場でいきなり混沌の中に突っ込んだ気がするコージたちだが、状況は着々と進みつつある。
「じゃあ、カフランギさん撮影のほうよろしく。私は次の人が来ているので、受付してます」
「どんどんエントリー客がくるなぁ…」
「じゃあ愚民の皆さん、さっそく写真を撮りましょう」
「…いつものシュリと同じだよなこれ…」
いつも通りのシュリの愚民呼ばわりに、コージたちは肩をすくめて写真ブースへ移動した。手慣れた手つきで、三脚や大きなデジカメなどをセットするところは、なんだか本当に写真のプロに見えてくるところが不思議なものである。
シュリ(魂の写真家カフランギ)の指示に従い、フィギュアを撮影ブースにセットするコージである。が、本音はドキドキである。シュリがどんな発明品を持ち出してくるかと言うのもあるが、自分のフィギュアが格好良く写真に写るかというのもある。あれだけ毎度トンでも発明品で頭を抱えているコージやみぎてですら、写真の出来映えを考えてしまうところは、人間の(魔神やトリトンも含む)複雑な心境というものだろう。
「それでいいですね。ちょっと見てみますか…あ、もちょっと右ですな」
シュリはファインダーを覗いて、それからフィギュアの位置を微調整する。三脚でがっつり固定されているデジカメなので、微調整はフィギュア側を動かしたほうがいいのである。カメラに詳しくないコージだが、これはかなり高級機だろうというのがわかる。
「はい、撮りますよ。いいですねー、チーズ!」
室内なのだが、ストロボとかを焚かずにシュリは撮影する。まあストロボを使うと、なんだか嘘っぽい色になるからだろう。これはスマートフォンのカメラでも同じなのでコージでもわかる。
「はーい、もう一枚撮りますよ。いい顔してくださいね」
「…???」
「なんだかフィギュアの撮影というより、どこかの記念撮影みたいですよね…」
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さっきから気になっていたことをディレルが口にする。どうもシュリの写真撮影は、まるでフィギュアという物品ではなく、旅行の記念写真のような感じなのである。第一、フィギュアに「いい顔してくださいね」はなんだかおかしい。ノリといえばノリなのだが、相手がシュリだという時点で、やばい予感がしてしまうのである。まさか…
コージは急いでシュリに声をかけた。
「シュリ…じゃなくてカフランギさん、それ…普通のカメラ?」
「もちろんですよ。残念ながら発明品ではありません、カメラは…」
「…え?カメラは?」
「なにそれ?」
「カメラは発明品ではない」という言葉は、シュリの場合「ほかに発明品がある」というのと同義語である。つまり発明品はいつの間にか忍び寄り、こっそり登場しているということなのである。
「いや、大したことないですよ。じゃあ今撮影したコージ君の作品、見てみましょうか」
「…見せて」
とんでもない写真を覚悟して、コージはシュリのカメラの液晶モニターをのぞき込む。が、意外なほどまともに、ゴブリン義賊団が格好良く、ちょっとあおり気味の構図でばっちり撮影されている。
「普通じゃない。どこが発明品なの?」
不満げにポリーニは声を出す。彼女にしてみれば発明品が出てこないことなど許せないわけであるから、まともな写真では何も面白くない。(この点はコージたちと全く逆の立場である。)
「まあ次見てみてください」
「ここ押せばいいんだよな」
次の写真ボタンらしき三角印を押すと、今度はコージの作品が妙な色で表示される。虹色の画像は、フィギュアやジオラマは赤から黄色、背景は青から黒い色になっている。
「これ、サーモグラフィーじゃ…」
「温度がわかる写真ってやつですよね。背景は光当たっていないから温度が低いんですね」
今回この機能が何の役に立つのかわからないのだが、ともかくシュリのカメラには、いろいろなモードがいろいろ仕込まれているようである。コージはさらに次画像ボタンを押してみる。今度はどうみてもレントゲン撮影したとしか思えない写真が出てくる。
「ある意味すごい発明ですね…このサイズにそんな多機能を詰め込んでるんですから…」
「うーん、たしかに…」
コージはシュリのカメラから床につながっている電源ケーブルを見ながら、賛成とも反対ともつかない声を上げる。普通のモードはともかく、レントゲンモードとかになると、かなりの大きな魔法力が必要である。大学とかならともかく、こんな雑居ビルのミニチュアショップだと、ブレーカーが落ちそうな気がしてくる。それにまだ謎が残っている。
「あ…なんだか変な写真ですよこれ…」
「え?これって…」
最後に出てきた写真だが、これはコージの予想外のものだった。なんと、フィギュアの周りに顔のようなものが写っていたのである。
「えええっ!心霊写真?」
「ナニコレ…やたら笑顔だけど…」
撮影されている心霊写真らしき顔なのだが、なぜか笑顔で、さらにカメラ目線でこちらを見ている。真夏の怪談に出てくるやつと大違いである。隅のほうに写っている心霊などは、指でピースサインまでしている。
「素晴らしいでしょ、この辺の地縛霊の皆さんも一緒に撮影できる心霊フィルターをつけました。皆さん写りたがっているようですから…」
「悔しいけど、イケてる発明品ね」
「これ、イケてるっていうのか…」
「だからわざわざハイ、チーズなんて合図したんですね…」
「カメラ本体ではなく、ここですね、フィルター部分が発明品なんです。素晴らしいでしょ?」
自慢げなシュリの説明に、あきれながらもコージはシュリにカメラを返す。オーラ撮影モードがついていようがなんだろうが、ともかく普通の写真が確実に1枚撮影されていればいいのである。それ以外の変な写真については、無料で撮影してもらっていることもあるので仕方がない。
ということで一同は順番にシュリに心霊写真付きフィギュア撮影をお願いすることになったのである。
(9.「全部塗っちゃうと、精霊力がこもって」へつづく)