大局観を欠いたブレトンウッズ3
世界経済の動態を説明する仮説としてブレトンウッズ3仮説が提出された。クレディ・スイスの金利戦略責任者であるゾルタン・ポズサーが報告書の中で提唱したそうである。ブレトンウッズ3はブレトンウッズ2とどこが異なるのか。この仮説が妥当なものなのか検証したい。なお、ブレトンウッズ2については過去記事を参照されたい。
仮説の背景
ブレトンウッズ3が提唱された背景には公的ドル準備の凍結がある。ウクライナ侵攻に対する経済制裁として先進国によってロシアの外貨準備が差し押さえられた。金額はロシアが保有する6,400億ドルの金・外貨準備のほぼ半分である。
外貨準備の多くは米国が供給する米国債である。安全資産と認識していたドル準備が政治状況によっては消失するというリスクが突如として立ち現れた。ドルだけで無く日本銀行も円建て外貨準備4~5兆円(2021年末)を差し押さえた。
さらに、国際決済に使用するSWIFTからもロシアは排除された。この制裁によって除外の対象となった大手7銀行は国際決済ができなくなる。SWIFTからの除外はロシアに限ったことではない。核開発疑惑のためにイランは2012年から2016年まで全ての銀行がSWIFTから排除された。
公的外貨準備の大宗を占めるドル資産、そしてドルを中心とする国際決済システムという国際通貨制度を利用できなくなるリスクが認識された。これがブレトンウッズ3が出現した背景である。
ブレトンウッズ2との違い
ブレトンウッズ2仮説は世界経済の動態を次のように説明する。米国による過剰消費は経常収支赤字をもたらし、その他の国々は米国の内需に依存して経済成長が可能になる。米国は経常収支赤字をファイナンスする必要があるが、中国を筆頭とする新興国の外貨準備によって賄われる。米国が供給する米国債が安全資産として新興国によって保有される。
自由・民主主義・人権といった価値を先進国と共有できない国々にとって米国債が消失するリスクが現実のものとなった。このためブレトンウッズ3ではドルの代替資産としてコモディティが求められるという。通貨価値のアンカーが金を始めとするコモディティになる。かつての国際金本位制を彷彿とさせる話である。
木を見て森を見ず
ブレトンウッズ3は公的外貨準備という枝葉末節にこだわったものに見受けられる。米国へのマネーフローにおける新興国の比率は小さく、かつ、外貨準備としての保有比率もずいぶんと低下したためだ。
米国財務省のデータによると、2022年6月時点における対米証券投資は24.8兆ドルにのぼる。そのうち半分は株式であり、米国債は四分の一を占めるに過ぎない。また、諸外国の公的準備が対米証券投資に占める比率は2010年の41%から2022年には24%にまで低下した。
米国へのマネーフローもここ10年ほどで様変わりした。かつては中国マネーの存在感が大きかったが、2022年における対米証券投資の上位国の中で投資額を減らしたのは中国だけである。
一方、先進国による対米証券投資の増勢には目を見張るものがある。米国が供給するドル資産を需要するのは先進国である。代替資産としてコモディティを求めるどころかドル資産への需要はますます強まった。
ユーロも人民元も代替資産の役割を引き受ける状況にない中、ブレトンウッズ2が崩れ去る兆候はなく、むしろ強化されている。ブレトンウッズ3は大局観を欠いた議論である。
終
参考文献
滝田 洋一、「ブレトンウッズ3」の足音~せめぎ合うドルと商品、日本経済新聞、2022年3月28日
日本経済新聞、「日銀、ロシアの外貨準備を凍結 21年時点で4~5兆円」、2022年2月28日