円安でも輸出は増えない
2021年11月から2023年5月まで我が国の貿易収支はずっと赤字であった。50代より年配だと貿易が日本経済を牽引するというイメージを持つ人もまだ多いだろう。経済の対外的側面はすでに構造変化していて、円安になっても貿易収支が改善しにくくなっている。
Jカーブ効果とは
円安になれば輸出が増える。多くの人は中学・高校でこのように学んだはずである。しかし、ことはそう単純には動かない。為替相場と貿易収支との関係を説明するJカーブ効果について聞いたことはあるだろうか。
Jカーブ効果は円安の影響を次のように説明する。為替相場の変動から価格への影響と数量への影響にはズレがある。価格に先に影響が出て、円安なら輸出品は安く、輸入品は高くなる。その後、変化した価格に数量が反応して、輸出量は増えて、輸入量は減る。
貿易収支はどのように推移するか。まずは価格変化の影響によって貿易収支は悪化する。輸出額が減る一方で輸入額が増えるためだ。しばらくして数量の変化によって貿易収支が改善する。貿易収支がまずは減少して、そこから改善に向かうと軌跡がJの形なのでJカーブ効果という名が付いた。
貿易収支の動向
Jカーブ効果は理論というより経験則である。実際のところどうなのだろう。昨今の円安についてグラフを作成して確かめてみた。円の価値(円高/円安)は実質実効為替相場によって測定した。これはニュースでおなじみの為替相場とは別物である。日本のモノ・サービスが諸外国と比べて安いのか、高いのかを表す経済統計と考えればよい。数値が下がると円安で日本のモノ・サービスが安いという具合に数字を読む。
円安・ドル高は2022年春から始まったのだが、実質実効為替相場で見ると2020年春からジリジリと円安が進んだと分かる。Jカーブ効果による見立ての通り貿易収支も悪化が続き、2023年に入り貿易収支が反転した。Jの字が現れそうな状況になっている。
見せかけのJカーブ効果
しかし、これはJカーブではない。貿易収支が改善するメカニズムは輸出数量の増加と輸入数量の減少からもたらされるのだった。そこで、財務省が公表する貿易指数から数量の動きを確かめよう。
原データはデコボコが大きいので傾向を見るため移動平均(12カ月)に加工して滑らかにしてある。貿易収支が底を打った2023年は輸出数量が増えるどころか減っている。改善メカニズムは輸入側しか機能していない。それでも貿易収支が改善しているのは燃料・資源を中心とする輸入額が減少したことによる。
円安が輸出増加に結びつかなくなったのはなぜだろう。1つは生産拠点の多くが海外へ移転してしまったのが原因である。とりわけ東日本大震災後にサプライチェーンの再構築が進んで国内での生産が減った。為替相場の変化がかつてほど輸出にとって重要でなくなったわけである。
もう1つは円安になっても輸出先で価格を下げずに企業が利益を確保する行動を取っていることが指摘されている。価格が低下しないので輸出量は増えない。輸出企業が円安によって獲得した利益を賃金として還元しないのであれば、対外資産を持たない生活者にとって生活費高騰という痛みだけが円安の影響として前面に出てくる
こうした経済構造の変化に即して、日本銀行は金融政策を舵取りし、政府は再分配政策を作り直さないといけない。
終
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?