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贋金作りと国際通貨

国外で流通するドル

ドル紙幣の多くは米国内においてではなく外国で流通している。紙幣の国外流通について連邦準備制度理事会による推計がある。2022年第1四半期に国外で保有されるドル紙幣は紙幣残高のほぼ半分(1兆ドル)である。最高額面の100ドル紙幣では国外保有比率が3分の2にまで上昇する。

紙幣発行の増加分の8割が海外へ流出するという。なぜ国外でドルを保有するのだろう。まず思い浮かぶのは犯罪絡みの資金洗浄だろうか。こうした話も無くはないのだろうが、主な動機ではない。映画の見過ぎかもしれない。

ちなみに、ユーロの最高額面は500ユーロであり、米国でドルの最高額面を引き上げる議論があったという。しかし、額面の引き上げは犯罪資金の移動を容易にするためという理由で実現しなかった。なお、ユーロについては3分の1がロシア等の国外で保有される。

一番の理由は自国通貨が信用できないためである。信用できないため自国通貨の価値が低下する。別の表現ではインフレが進むということである。インフレがあまりに酷いと通貨が価値を貯蔵する手段として機能しなくなる。

こうした国では価値が低下しないと考えられるドルやユーロといった国際通貨を好んで保有する。例えば、旧ソ連が崩壊した後の東欧諸国ではドルの保有が急増した。また、通貨危機にたびたび見舞われるアルゼンチンでもドル保有が好まれる。

カンボジアでのエピソード

20年以上前になるがカンボジアのアンコールワット遺跡を観光した時のエピソードである。喉が渇いたので物売りのおばちゃんからコーラを買ったのだが、支払いはカンボジア・リエルでなく米ドルでしてくれと頼まれた。

リエルの価値がどんどん下がるので保有したくないのだ。なお、物価の安いカンボジアでコーラに1ドルを払うのはぼったくりなので、リエルでお釣りをもらった。そのリエルは使いようがないので研究室の机の中にまだある。

国際通貨の特権

通貨発行当局は通貨発行によってシニョレッジ(通貨発行収益)を得られる。国際通貨となれば国内だけでなく国外からも通貨発行による収益が入る。収益が生まれる仕組みは次の通りである。

外国人が米国人へ商品やサービスを売ることによってドルを手に入れる。ドル紙幣は財務省印刷局が製造しており、2023年に公表された100ドル紙幣の製造費は8.6セント(12円ほど)である。ほぼ無価値の紙切れを商品と交換したことになる。

ドル紙幣が米国へ戻ってこない、つまり、外国人が米国から商品をサービスを買わないとしよう。外国人によるドル紙幣の保有は、外国人が米国人へ無利子で融資したことになる。具体的には1兆ドルの融資に相当する。

紙幣発行の利益は直接的には連邦準備制度のものだが、その収益は米国政府へ上納される。間接的ではあるが米国政府がシニョレッジを享受する。この収益を使って歳出を増やしてもよし、減税してもよい。これが国際通貨の特権である。

贋札作りと通貨価値

紙幣発行による収益は贋札作りを連想させる。贋札作りというと、北朝鮮が製造していると言われるスーパーノートが有名である。1989年にフィリピン中央銀行でスーパーノートが初めて見つかり、国家的な通貨偽造が発覚した。

国家による贋札作りの事例はいくつかある。有名なのはドイツによるベルンハルト作戦である。強制収容所において偽ポンド紙幣を製造し、偽札を上空からロンドンに散布し、イギリス経済を破滅させようという作戦である。このエピソードは映画にもなっている(ヒトラーの贋札、2006年)。

日本においては、第二次大戦中に旧陸軍登戸研究所が贋札製造に携わっていたと聞く。阪田機関がその贋札の中国大陸における流通を手がけた。受け取る紙幣が贋札の疑いがあるのなら紙幣自体が流通しにくくなり経済が混乱する。贋札も立派な兵器なのだ。

通貨当局が発行する紙幣と贋札は近い存在だというと、驚かれるだろう。通貨価値の裏付けは、紙幣の場合、中央銀行が保有する資産になる。2023年9月末、FRBの資産は総額8.1兆ドルであり、内訳は米国債と政府機関債とで7.7兆ドルになる。

格付会社ムーディーズは2023年11月に米国債の格付見通しを「安定的」から「ネガティブ」へ引き下げた。格付けは債務の返済可能性を示す指標である。引き下げの要因は財政赤字が増加していることに加え、政治的分断により政府債務を削減する動きが見られないことにある。

価値の裏付けとなる資産への懸念が高まれば、ドルといえども価値貯蔵手段としては盤石ではない。財政への信認が低下すれば通貨価値も下がり、紙切れになることさえある。こうした可能性を考慮すると、政府が発行する紙幣と贋札は思っているよりも近い存在かもしれない。

参考文献

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