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人民元による安全保障

人民元が第4位に

人民元が国際通貨として4位に躍り出た。国際通貨が担う機能のうち決済手段において人民元の地位が上昇している。SWIFT(国際銀行間通信協会)によると、2023年11月に人民元のシェアは4.6%となり、日本円を抜いて4位となった。なお、SWIFTは銀行間の国際金融取引(主に送金決済)に関するメッセージを伝送するネットワークシステムを提供する機関である。

順位をみると、1位の米国は47%と圧倒的なシェアを誇る。 続いて2位はユーロの22%、ポンドが3位で7%である。人民元のシェアは1-2%程度であったが2023年からシェアが伸び始めた。

国際決済銀行の調査によると、20年ほど前に遡ると人民元が為替取引に占めるシェアは0.1%であった。それが2022年の調査では5位にまで上昇した。どういう国との経済取引において人民元が決済に使われているか深掘りしたい。

米ドル代替のエピソード

ニュース報道で散見されるのはコモディティの貿易について米ドルに変わって人民元を利用するエピソードである。2022年12月、習近平が歴訪先のサウジアラビアで資源・エネルギー貿易における人民元決済を拡大させるという発言が注目された。

2023年2月にはこの発言に呼応するようにイラク中央銀行が人民元による対中貿易の決済を認めると発表した。コモディティ分野における人民元決済は中国との二国間貿易に止まらない。この6月にパキスタンは輸入したロシア産原油の決済に人民元を用いた。第三国間における決済で使われることが国際通貨のメルクマールであり、人民元にこうした動きが出て来ようとは筆者の予想を超えていた。

ブラジル、アルゼンチン、ロシアといった資源国との貿易における人民元決済も目に着く。対ロシア貿易では、輸入について人民元での決済比率が2021年の3%から20%に急増した。この背景はウクライナ侵攻に対する先進国の経済制裁によって外貨準備が凍結されたことがある。

人民元決済は先進国でも事例がある。オーストラリアの資源開発企業BHPグループは2022年7月に人民元建てで中国へ鉄鉱石を輸出した。2023年3月にはフランスの石油会社トタルエナジーが人民元建てで天然ガスの取引を行っている。

こうしたエピソードが人民元決済の実態を客観的に捉えているかは気をつけなくてはいけない。データに基づいて確かめていこう。

一帯一路諸国との人民元決済

人民元の利用については、中国人民銀行(中央銀行)が発刊する『人民元国際化報告』から情報を得られる。2022年における人民元決済の比率は香港が半分、シンガポール10.3%、英国5.9%、マカオが4%と続く。2017年に遡ると、香港はほぼ半分、シンガポール9%、ドイツ 5.6%、日本4.9%であった。実は、上述したエピソードに登場した国々は見当たらない。

報告書では一帯一路諸国との決済状況が分かる。2018年版で一帯一路諸国への言及が初めて登場した。決済額は1.3兆元であり決済総額に占める比率は14.7%であった。2023年版では決済額が7.1兆元へと大幅に増え、比率は16.9%へ上昇したと報告されている。

人民元の国際決済における利用は着実に増加している。ただし、こうした動向は国際通貨を目指すものというより、目的は中国経済の生存圏を確保することにあると見られる。

中国は資源の多くを輸入に頼っている。2022年における中国の輸入品目を見ると、鉱物性生産品(原油、鉄、天然ガス等)が3割弱を占める。コモディティの取引は米ドル建てが一般的である。米中対立が激化してSWIFTによる米ドル決済が利用できなくなれば資源輸入が止まってしまう。中国にとっては死活問題である。

国際通貨となるには、各国が貿易取引で入手した人民元を運用する資本市場が必須となる。しかし、中国は資本取引を慎重に規制している。入手した人民元は中国からの輸入決済に使うしかない。人民元決済を拡大する動きは、人民元が米ドルに代わって基軸通貨を目指すという壮大な話ではなく、安全保障上のリスクを回避するものと理解するのが妥当である。

参考文献

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