7月5日 信じ託す

日記を書いていた時の方が、日常の解像度が上がるような気がする。「あー、これ日記に書こう」と思えて、細かい心の動きを感じられて、覚えていられる。なんとなく過ごしている毎日ではたくさんのことを取りこぼしてしまうなと思う。

今月から新聞の定期購読をやめた。朝日新聞では感情が揺さぶられてしまって疲れるし、日経新聞の真ん中らへんの数字の羅列にお金を払うのもなんか違うなと思ってやめた。なんだかんだ読めなくて机に重なってしまう新聞の山を見るのも嫌なので、定期購読はやめることにした。
早めの電車に乗って出社して、共用スペースで新聞を読むことの習慣づけはできていたから、コンビニでその日その日で適当な新聞を買うことにした。なるべく偏りたくないという気持ちを持って、新聞を読むことにしている。

今日の通勤の時には、心の砂地の選挙特集を聴いていた。

"誠実さがあるかどうか"そんな最低限のところが判断の基準になってしまうことが悲しいような、でも難しいことは分からないのでそれくらいで判断できることがありがたいような堕落した気持ちもある。何かを選んで、信じて、託すことはなんでこんなにも疲れてしまうのか。


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