6月12日 キャロル
朝、昨日飲んで寝るのが遅かった割には、割とすんなり起きれた(割が重複している)。
出勤。書きかけの日記に加筆して投稿。その後は寝て過ごした。
仕事。腹が減る。お昼前は早くご飯食べたいなと思い、お昼ご飯食べた後もご飯食べたいなと思いながら働いた。
あまり集中できなかった。スイッチが入らない感じ。何でだろうと思ったけど、昨日飲んで睡眠時間も短かったからか。ちゃんと休養を取らねばならぬ。
仕事中、羊文学のキャロルの"同じ強さでハグして"の部分が何度も何度も頭を過ぎる。これだけ過ぎるということは、"同じ"にできていない何かがあって、"ハグ"出来ない何かがあるのだと思う。最近とかく聴いているこの曲。なぜ聴いてしまうのか、ずっと掴めそうで掴めない。この曲を聴くと近くて遠い色んなことが浮かぶ。それは気候変動であったり、ガザのことであったりする。ホントは近いはずのそのことを遠くのままにしていて過ごしている。心の中には色んな気持ちや思いがある。どうにかしたいという気持ち、でもどうしようも出来ないとも思うこと、どうしようも出来ないことにしておきたい気持ちもあること、奇跡や御伽話を信じたい気持ちもあること、空気に流されてしまうこと、それでも何かはできるはずだと思うこと、ただその何か出来ることはあまりに小さくて遅々としていることへの焦りや苛立ち。
信じるべきことはたくさんあって、それは良心であったり誠実さであったり、科学であったり、理性であったり時に感情であったりする。
短く小さい1人の人生で変えられる何かがあったとして、そうであるならそれをなるべく大きくするための選択は何なのか、そのために今やるべきことは何なのか。
ちょっと広く見えた先は無限の可能性や選択肢がある。その広がりは希望であるけど、苦しめるものでもある。なぜだか気分は軽くて重く、明るくて暗い。
分かち合える人がいるということだけは、いつも正しくその先を照らしてくれるのだろうか。
夕方過ぎ、晩ごはんを食べ、コーヒーを飲み、お菓子を食べながら仕事をする。何かを犠牲にして、密度が薄い分をロスタイムでなんとかしようとしている。
帰宅。風呂に入る。この前買ったエッセイ本を読み始める。今、読みかけの本が10冊くらいあるんじゃなかろうか。
洗濯機を回す。久しぶりにヨガをする。
ロッキンのタイムテーブルが発表されてた。日記の人とあーだこーだ言ってたように、やっぱりサカナクションと星野源はトリだった。Vaundyは予想していなかったような。
洗濯物を干す。
キャロルがなぜ気になるのかを書きたくて日記を書く。
部屋が暑い。パジャマは半袖半ズボンにした。最近アイマスクをして寝ているので、遮光カーテンしなくても良いんじゃなかろうかと思い、今日は網戸、レースカーテンで寝ることにする。
カーテンと朝の光でいつも思い出すことがある。大学生に成り立ての頃、当時好きだった人と話すことがあった。起きれないという話を聞いて、カーテン開けて寝ると朝明るくて起きれるよと、当時自分がやっていたことを話した。とても微妙なリアクションが返ってきた。後になって考えると、カーテン開けっぱなしで寝るのはプライバシー上良くないでしょう。そんな一つの会話も、その後もう少しマシな人間になっていくことに繋がっているのならば。
早く寝ようと思いながら、23時55分。24時になる前には目を閉じようと思う。