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北海道縄文時代のストーンサークル。西崎山環状列石
皆さまは、突然ですが、縄文時代にロマンを感じますか????
私は、縄文時代が1万年以上続いたということを知り、現在西暦2022年、、、ということは、今の5倍以上続いていたのですな、、、とびっくり驚きました!
私の地元北海道の遺跡といえば、縄文。
北海道に残る遺跡は、縄文時代のものです。というのも、北海道には、弥生時代がなく、続縄文時代が続きます。(北海道は弥生時代以降になると「続縄文文化」「擦文(さつもん)文化」、「アイヌ文化」と、本州とは異なる文化が発展しました。)
北海道の縄文は、
「オホーツク海洋地域」、「釧路等道東地域」、「石狩平野の道央地域」、「函館方面の道南地域」の4つの地域に大きく分かれます。
そして、「石狩平野の道央地域」、「函館方面の道南地域」の文化は、青森の亀ヶ岡文化の影響を強く受けた「恵山文化」。「釧路等道東地域」の文化は、中国の漢の大陸文化の影響を受けた「江別文化」。「オホーツク海洋地域」の文化では、「オホーツク文化」でもある「北大文化」。というように、それぞれの地域で文化の名称もあり、特徴もあるそうで、、、、、、、知らなかったです。。。。
さて、今回の小旅行は、札幌の作家のお友達同士、余市のこれまた作家のお友達に会いに行きましょう!の旅でしたが、「余市に行く途中、フゴッペ洞窟をみてみたい~」というリクエストで、ふらっと立ち寄ったことから、この、「西崎山環状列石、ストーンサークル」へと流れたのでした。
ちなみに「フゴッペ洞窟」をサラッといっていましたが、「フゴッペ」も、とてもディープなところです。フゴッペ洞窟は、約1500~2000年前の遺跡で、1950年に当時の、中学生が発見!。 洞窟の内壁には、人物や動物、舟などを描いたと思われる刻画が存在します。 特に鳥人間のような「有翼人」が有名で、誰が何のために書いたか謎に包まれている国指定の史跡です。
そこでもらったチラシに、この西崎山ストーンサークルを教えてもらい、寄ってみたのでしたが。。。これが行ってよかったです!!!
かなり細い、向こうから車が来たら、やばいぞ!!!という道を上っていくと、駐車場があり、何台か車が止まっていました。(やはり、お好きな人には人気スポット!?)
そして、林の中のかなり急な階段をのぼり、(↓の足元が階段でした。)
切り株小道?のゆるり坂を上ります。
すると、林がスポッと、ここだけ、抜けて出てきました!
ストーンサークル!↓
全体図が取れてないのですが、円になっています。
無意識に一周していました。(円があると周りたくなる人間のサガ)
とても眺めの良い高台です。
3500年前、続縄文期のものだそうです。説は他にもありますが、お墓という説が一般的で。縄文時代は、お墓と祈りの場、祭事の場が一緒でそこを中心に村がひろがっていたそうです。すると、この時代は、このあたりはどうなっていたのかな?どんな風に人々が暮らしていたのかしら???なんて思うと、
ここから見える
この景色も
勝手に脳内で、竪穴式住居に変換してみていました。
左をみると、シリパ岬がみえる!
この景色は、ここに住んでいた人たちにとって、大切な場だったのだろうな~なんて妄想がふくらむのでした。
ちなみに、ここ西崎山環状列石から見ると、シリパ岬の先端に夏至の太陽が沈むそうです。すごいな~。日時計説もあるそうですので、そうなると、夏至はここで特別な儀式があったはず!!!なんだろ???生贄!?いけない!?又ホラーチックに。。。
とかってに妄想が広がりました。
余市で、カニを食べ、余市の作家お友達から余市の札幌ではなかなか手に入らないワインを入手して頂き!これは、今度また書きます。
もっと北海道を知りたくなる、そして紹介したくなる旅でした!