無題

豆でしか押されない味覚のスイッチがある

大分市にあるデパート『トキハ』の東北物産展で買った山形の『秘伝豆』を水で戻す。この豆、お弁当の味噌汁に毎日必ず入れていくくらい好きで、物産展が来るタイミングで、大量に買い込んでいる。

この豆でなくても、普通の大豆も、いや、豆腐も納豆も小豆もひよこ豆も落花生も、味噌も醤油も好きで。要は、自分は「豆と豆由来の調味料や料理」が無性に好きなのだ。と認識したのはここ数年のこと。

以前にネパール行った時、地元の食堂でダルバート(豆スープ飯)を食べた瞬間、自分ここで生きていけそうだなぁと思ったのがそのひとつ。豆スープ、素朴でとても美味しかった。

ドイツの時は逆で、味付けが基本コンソメがベースだったせいか、どんなに味を変えても濃くしても満たされない。「大豆由来の調味料でしか押されないスイッチ」が自分の舌にはあるのだと、数週間の辛さと共に気付かされた(その後、あやしい韓国料理屋でコチュジャン舐めて事なきを得た)。

もうこんな感じなので、死ぬ前に食べたいのは枝豆でfixしている。味はもちろんだけど、皿に山盛りの枝豆を無心でつまむうち、娑婆へのお別れも済みそうだなと。
あと、これ決めておくと、たまに襲来する「人生の最後に何食べたい?」の振りに煩わされることもない。

また、豆、食べたくなってきた(さっき食べたのに)。

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