ラプラシアンの座標変換の公式
1.概要
極座標などの座標変換を考えるとき、ラプラシアン$${\Delta :=\frac{\partial^2}{\partial x_1^2}+\cdots+\frac{\partial^2}{\partial x_n^2}}$$がどのように変換されるかは重要なテーマです。最も顕著な例は、(水素原子のシュレーディンガー方程式のように)ラプラシアンが現れるPDEでなおかつ球対称性を課したい場合が考えられます。需要はよくある一方で、その計算を直接遂行しようとするのは記号も煩雑で時間もかかって困難を極めます。学部生時代の私も挫折を経験した1人です。この記事では、リーマン計量(という少し高級な?道具)を用いて見通しよくラプラシアンの変換を表示する方法を解説します。公式導出した後は、例の悪名高い「3次元極座標系のラプラシアン」を公式から求めてみます。
注:この記事では以下からアインシュタインの縮約記法を用いて適切にΣ記号を省略します。
2.リーマン計量
リーマン計量とは微小な曲線の長さdsを座標系で計るための概念です。
$${ds^2=g_{ij}(x)dx^idx^j}$$
と書いたときの重み関数$${(g_{ij}(x))_{i,j}}$$のことです。
・曲線の長さ$${ds^2}$$は座標系の取り方によらない量であること
・$${dx^i}$$たちの変換規則$${dy^i=\frac{∂y^i}{∂x^j}dx^j}$$(形式的なchain rule)
の2点から、リーマン計量は2階の共変テンソルであることが従います:
$$
\begin{array}{}
g_{ij}(x)dx^idx^j=ds^2&=&\tilde{g}_{ij}(y)dy^idy^j\\
&=&\tilde{g}_{ij}(y(x))\frac{∂y^i}{∂x^k}\frac{∂y^j}{∂x^l}dx^kdx^l
\end{array}
$$
この係数を比較して、
$${g_{kl}(x)=\tilde{g}_{ij}(y(x))\frac{∂y^i}{∂x^k}\frac{∂y^k}{∂x^l}}$$
と変換されなければいけません。
また、$${(g_{ij})}$$は添え字ijについて対称です。
ユークリッド空間の座標系yが自然なものである場合、$${ds^2}$$は3平方の定理のように計算するため、ユークリッド計量はクロネッカーのデルタで表されます:
$${ ds^2=\sum _i dx^i dx^i = \delta _{ij}dx^idx^j }$$
三次元極座標でのリーマン計量は5節をご覧ください。
なお、$${(g_{ij})}$$を行列とみなしたときの行列式はヤコビアン(積分要素の変換)に関係します:
$${g:=det(g_{ij})}$$と置くと、ヤコビアンは$${J=\sqrt g}$$です。
また、上付き添え字で書いた$${(g^{ij})}$$は、もともと定義されていた下付き添え字のもの$${(g_{ij})}$$の逆行列と定義します。
3.gradとdiv
ここではラプラシアンの定義に必要な、grad と div という1階微分作用素を定義します。
通常のユークリッド空間では、
・$${grad:=\nabla}$$はスカラー場の入力からベクトル場を返す作用素
・$${div:=\nabla\cdot}$$はベクトル場の入力からスカラー場を返す作用素
でした。以後の話は$${g_{ij}=\delta_{ij}}$$の場合に上記2点を含む定義になっていることに注意しながら、定義を拡張します。
スカラー場関数$${f(x)}$$に対して、傾きは次で定義します:
$${grad\; f:=g^{ij}\frac{∂f}{∂x^i}\frac∂{∂x^j}}$$
ベクトル場も座標表示で微分作用素として書いていますが、$${g^{ij}\frac{∂f}{∂x^i}}$$が第j成分だと解釈します。
ベクトル場関数$${V=V^i\frac∂{∂x^i}}$$に対して、発散は次で定義します:
$${div\;V:=\frac1{\sqrt g}\frac∂{∂x^i}(\sqrt g V^i)}$$
また、2つのベクトル場$${X=X^i\frac∂{∂x^i},Y=Y^j\frac∂{∂x^j}}$$に対して、「ベクトル場の内積」を$${(X,Y):=g_{ij}X^iY^j}$$で定義します。
すると、次の意味で「部分積分」ができます。関数はコンパクト台を持つものとし、表面項=0の下で計算します:
$$
\begin{array}{}
\int (div\;V) f \sqrt g dx &=\int& \frac1{\sqrt g}\frac∂{∂x^i}(\sqrt g V^i) f \sqrt g dx\\
&=\int& \frac∂{∂x^i}(\sqrt g V^i) fdx\\
&=\int&- \sqrt g V^i \frac{∂f}{∂x^i} dx\\
\end{array}
$$
これは次の積分の-1倍に一致します:
$$
\begin{array}{}
\int (V , grad\;f)\sqrt g dx &=\int& g_{ij}V^ig^{kj}\frac{∂f}{∂x^k} \sqrt g dx\\
&=\int&\delta_i^kV^i\frac{∂f}{∂x^k}\sqrt g dx\\
&=\int&V^i\frac{∂f}{∂x^i}\sqrt g dx
\end{array}
$$
2番目の等号では、gが対称行列であることと逆行列の性質を用いています。
4.ラプラシアンの変換公式
今定義したgrad,divを合成すれば、形式的にラプラシアンが定まります。これがユークリッド座標にて我々のよく知るラプラシアン$${\Delta :=\frac{\partial^2}{\partial y_1^2}+\cdots+\frac{\partial^2}{\partial y_n^2}}$$に一致することを確かめます。
定義 (リーマン計量から定まるラプラシアン)
スカラー場関数uに対しての作用素を
$${\Delta u := div \; grad \; u := \frac{1}{\sqrt g} \frac ∂ {∂x^i} (\sqrt g g^{ij} \frac{∂u}{∂x^j})}$$
で定義する。
定理
これはラプラシアン$${\frac{\partial^2}{\partial y_1^2}+\cdots+\frac{\partial^2}{\partial y_n^2}}$$の変換である。
証明
長くなる&未証明の事実を使わなければいけないので省略して認めることにします。。詳細は参考文献の「解析力学と微分方程式(礒崎洋)」に書いてあります。
5.球座標のリーマン計量
それでは本題として、3D極座標に関する種々の計算をしてみます。
まず、変換の定義式は次のとおりです:
$$
\left\{
\begin{array}{}
x=r\sin\theta\cos\varphi\\
y=r\sin\theta\sin\varphi\\
z=r\cos\theta
\end{array}
\right.
$$
この変換の定義から、変換のヤコビ行列が求められます。
$$
\begin{array}{}
\begin{pmatrix}
\frac {∂}{∂r}\\\frac {∂}{∂\theta}\\\frac {∂}{∂\varphi}
\end{pmatrix}
=\begin{pmatrix}
\frac{∂x}{∂r}&\frac{∂y}{∂r}&\frac{∂z}{∂r}\\
\frac{∂x}{∂\theta}&\frac{∂y}{∂\theta}&\frac{∂z}{∂\theta}\\
\frac{∂x}{∂\varphi}&\frac{∂y}{∂\varphi}&\frac{∂z}{∂\varphi}
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
\frac {∂}{∂x}\\\frac {∂}{∂y}\\\frac {∂}{∂z}
\end{pmatrix}\\
=\begin{pmatrix}
\sin\theta\cos\varphi&\sin\theta\sin\varphi&\cos\theta\\
r\cos\theta\cos\varphi&r\cos\theta\sin\varphi&-r\sin\theta\\
-r\sin\theta\sin\varphi&r\sin\theta\cos\varphi&0
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
\frac {∂}{∂x}\\\frac {∂}{∂y}\\\frac {∂}{∂z}
\end{pmatrix}
\end{array}
$$
いま、$${\tilde g_{ij}=\delta_{ij}}$$をユークリッド計量として、極座標のリーマン計量を求めます:
$$
\begin{array}{}
g_{ij}&=&\tilde{g}_{kl}\frac{∂y^k}{∂x^i}\frac{∂y^l}{∂x^j}\\
&=&\sum_k\frac{∂y^k}{∂x^i}\frac{∂y^k}{∂x^j}
\end{array}
$$
すなわち、ヤコビ行列を「横長のベクトルが縦に3本並んでいる」ものと見たときの、i行目とj行目の内積を求めるということになります。3×3の対称行列なので、6成分のぶんだけ内積計算をすることになります。
$$
g_{rr}=(\sin\theta\cos\varphi)^2+(\sin\theta\sin\varphi)^2+\cos^2\theta=1
$$
$$
g_{r\theta}=\sin\theta\cos\varphi\cdot r\cos\theta\cos\varphi+\sin\theta\sin\varphi\cdot r\cos\theta\sin\varphi+\cos\theta\cdot(-r\sin\theta)=0
$$
$$
g_{r\varphi}=\sin\theta\cos\varphi\cdot(-r\sin\theta\sin\varphi)+\sin\theta\sin\varphi\cdot r\sin\theta\cos\varphi
+\cos\theta\cdot 0=0
$$
$$
g_{\theta\theta}=(r\cos\theta\cos\varphi)^2+(r\cos\theta\sin\varphi)^2+(-r\sin\theta)^2=r^2
$$
$$
g_{\theta\varphi}=r\cos\theta\cos\varphi\cdot(-r\sin\theta\sin\varphi)+r\cos\theta\sin\varphi\cdot r\sin\theta\cos\varphi+(-r\sin\theta)\cdot0=0
$$
$$
g_{\varphi\varphi}=(-r\sin\theta\sin\varphi)^2+(r\sin\theta\cos\varphi)^2+0^2=r^2\sin^2\theta
$$
従って、次のようにリーマン計量が決定されました:
$$
(g_{ij})=
\begin{pmatrix}
g_{rr}&g_{r\theta}&g_{r\varphi}\\
g_{\theta r}&g_{\theta\theta}&g_{\theta\varphi}\\
g_{\varphi r}&g_{\varphi\theta}&g_{\varphi\varphi}
\end{pmatrix}
=\begin{pmatrix}
1&0&0\\0&r^2&0\\0&0&r^2\sin^2\theta
\end{pmatrix}
$$
あるいは、微小曲線の長さとして表すと次のとおりです:
$$
ds^2=dr^2+r^2d\theta^2+r^2\sin^2\theta d\varphi^2
$$
計量が対角であることから逆行列・行列式も容易に得ることができます。
$$
(g^{ij})=
\begin{pmatrix}
g^{rr}&g^{r\theta}&g^{r\varphi}\\
g^{\theta r}&g^{\theta\theta}&g^{\theta\varphi}\\
g^{\varphi r}&g^{\varphi\theta}&g^{\varphi\varphi}
\end{pmatrix}
=\begin{pmatrix}
1&0&0\\0&\frac1{r^2}&0\\0&0&\frac1{r^2\sin^2\theta}
\end{pmatrix}
$$
$$
g:=det(g_{ij})=1\cdot r^2\cdot r^2\sin^2\theta=r^4\sin^2\theta
$$
6.ラプラシアンの公式に代入
リーマン計量を求めたら、あとはラプラシアンの公式(認めたもの)に代入するだけです。
$$
\begin{array}{}
\Delta u &:=& \frac{1}{\sqrt g} \frac ∂ {∂x^i} (\sqrt g g^{ij} \frac{∂u}{∂x^j})\\
&=&\frac1{r^2\sin\theta}\left[\frac∂{∂r}(r^2\sin\theta\frac{∂u}{∂r})+\frac∂{∂\theta}(r^2\sin\theta\frac1{r^2}\frac{∂u}{∂\theta})+\frac ∂{∂\varphi}(r^2\sin\theta\frac1{r^2\sin\theta}\frac{∂u}{∂\varphi})\right]\\
&=&\frac{∂^2u}{∂r^2}+\frac2r\frac{∂u}{∂r}+\frac1{r^2}\frac{∂^2u}{∂\theta^2}+\frac1{r^2}\frac{\sin\theta}{\cos\theta}\frac{∂u}{∂\theta}+\frac{∂^2u}{∂\varphi^2}
\end{array}
$$
よって、よく知られた3次元極座標のラプラシアンの式が再現できました!!
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