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映画評 聖なるイチジクの種🇩🇪🇫🇷🇮🇷

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悪は存在せず』のモハマド・ラスロフ監督による、家の中で消えた銃をめぐって家庭内に疑心暗鬼が広がっていく様子を描いたサスペンススリラー。第97回アカデミー賞ではドイツ代表として国際長編映画賞にノミネート。

反政府デモ逮捕者に刑罰を下す予審判事の職についたイマンに護身用の銃が国から支給される。しかし、家庭内でその銃が消えてしまう。捜索が進むにつれて妻と2人の娘に対して疑惑の目が向かれるようになり、次第に家族でさえ知らなかったそれぞれの顔が浮かびあがり、事態は思わぬ方向へと狂いはじめる。

モハマド・ラスロフ監督の経歴が非常に興味深い。2020年に公開され、ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した『悪は存在せず』が「イラン政府に対抗するプロパガンダ」と見なされ、懲役1年と2年間の映画製作禁止の判決を受けている。映画を作っただけで刑罰を受けるという、表現の自由が保障されないイランの現状を物語っているように見える。

本作は2022年に起きた「マフサ・アミニ事件」から着想を得ている。イラン政府への抗議運動で連呼され、かつ劇中でも言及のあった「女性、命、自由」の観点から、イラン国内に蔓延する家父長制にメスを入れ、日常的に命が脅かされ自由とは無縁と化したイランの情勢を反映及び批判している。余談だが、ラスロフ監督のもとにイラン政府から圧力があった事実にお察しいただきたい。

特に興味深く感じた演出に、時折差し込まれるSNS上で実際に投稿されたデモの様子やデモを鎮圧する警察の執拗な弾圧を移した映像の数々だ。弾圧は「神の教え」を根拠としたイスラム原理主義を貫いたことにあるのだが、表現の自由や言論の自由だけでなく、生活そのものに対する自由が奪われているように見える。物語とモンタージュすることでディストピア化したイランの現実を強調する。

女性の命や自由を軸にしつつも、誰も報われないラストには、男性も国の被害者であることを言及してるようにも見える。社会規範の影響が人格を形成するように、イマンは国に支えようとすればするほど、権力や責任が大きくなればなるほど、より強固なイスラム原理主義的な思想へと歪められる。また、上からの命令で、次から次へと市民を死刑台に送らざる得ない状況もイマンの心を侵食する。

護身用に渡された拳銃が、必要以上に手に入れてしまった力を象徴するのは言うまでもないが、イマンの人格を歪めるマクガフィンとしても機能する。また、銃を受け取り、銃を無くしてしまう一連の展開から、イラン国内に安心できる場所はない比喩の表れだ。この逆境を乗り越えるためには、より神の力に頼らざる得なくなる。イマンの末路は、イランの歪んだ男性社会・イスラム原理主義社会が生んだ負の連鎖を覆い被さった被害者なのだ。

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