夕日が消えるので私も消えます。
背中を暖かく照らす低い太陽が雲に隠れた。
だから、駅前のロータリーのベンチに座る2つの背中が冷たくなった。
「どうしよっか」
『……。』
「……。」
無言の2人には寒過ぎるほど、夕日は沈みあたりは暗くなって行く。
-疲れたな-
そう思っている横顔。
彼女の横顔がそうだったのか、彼の横顔がそうだったのか、それとも2人ともそうだったのか、思い出せない。
『お別れする』
彼女が何度も切り出してきた台詞、彼が何度も拒否してきた台詞、それを、彼はたった今、彼女に対して、彼女の目の前で、それを言ってのけた。
ハハ、お別れする。ね。
そうしましょう。お別れしましょう。
手を伸ばせばまだ間に合う距離の左手に、触れるのをギュッと我慢しているのは、何故だか彼にはわからない。
きっと、今も、この先も、わからない。
どんな気持ちで彼女がその台詞を聞き、お腹の奥深くまで浸透させ、次の息をするまでに時間がかかり、息を吸うころには酸欠になっていたかを。
きっと、彼はわからない。
それでいい。
そうしよう。
大丈夫。最初からわかっていたことだから。
大丈夫。いい女過ぎたから。
大丈夫。過ごした時間に無駄はなかったから。
大丈夫。嫌いになることが出来たから。
大丈夫。
あいたい。
たった数秒で彼女の心臓は一時停止して、静かに破裂した。
破裂したものを必死に集めて、脳に酸素を送り込んでから、彼女は言った。
「寒いから、もう帰るね」
なんて事のない日常の中で、他愛ない言葉で、彼女は別れの道を進む。
これから夜が来ると言うのに、珍しく。