吉岡睦雄が覗いた『シュシュシュの娘』〜第五章:こわれゆく男〜
第五章 「こわれゆく男」
9/30 撮影2日目。僕の撮影初日。
快晴。まるで夏が舞い戻ってきたかのように太陽が照りつけております。
緊張のせいか悪夢ばかり見て、全く眠れませんでした。
宿泊場所に森下史也くんが車で迎えに来てくれる。森下くんは役者なのですが、今回は車両部としても参加です。笑顔の素敵なナイスガイです。
森下くんが若旦那の「いのち」を流しています。緊張でガチガチの心がほぐされていく。
リピートで流してもらいました。
少し癒される。
午前中は福田沙紀さん一人のシーンを河原にて。
僕の出番は昼食後。
こういう時イカした俳優は待ち時間をどう過ごすか?
「ロケバスの中でゆっくり過ごしながら少しずつ自分の気持ちを研ぎ澄ましていく」
これが正解です。
僕はと言いますと・・・
ロケバスの中じゃ落ち着かず、炎天下の中で日傘もささず日焼け止めも塗らずウロチョロウロチョロして、出番は数時間後なのに先走って衣装に着替え、またウロチョロウロチョロして、「日焼けするから車の中にいてください」と注意され・・・情けない・・・何年やってんだ・・・。
見かねた入江さんが
「吉岡さん、劇用車を自由に使っていいですよ。バックの練習してていいですからね。」
と声をかけてくれる。
ナイス入江さん!
そうです。今日撮影するシーンは
「福田さんの近くを僕が車で一度通り過ぎ、バックで戻ってきて福田さんと会話する」
というシーンなのです。
近くの路上で延々とバックの練習。
100回以上バックしましたよ。
無心で。
「練習は決して裏切らない」
午後からの撮影現場に移動してお昼休憩。
まだ何もしていないのに既にヘトヘトです。
暑い中ウロチョロし過ぎました。
お弁当を食べる気すら起きません。
実際の現場でまたバックの自主練。
イナリョウが一人で弁当を食べています。
照れ臭そうに
「オレ頑張りますよ」
とか言っている。
少し癒される。
そしていよいよ撮影開始。
動きやらの段取りを確認した後テストです。
精神を研ぎ澄まし車を発進、一度福田さんを通り過ぎバックで戻り台詞のやり取り。
完璧です!
まさにドンピシャの所で上手く停車できました。
不安げだった入江さんの顔にも笑顔が浮かんでいます。
助監督ヘルプの野武士・角田さんも
「吉岡さん! さすがですね! 本番に滅茶苦茶強いっすね!」
と褒めちぎってくれます。
当たり前だよ。
本番に強いってのはプロとしての最低条件だぜ。
早速、次は本番にいくことになりました。
昨日見学していても思ったのですが、入江さんは何度も何度もテストを重ねたりしません。
芝居について細かくダメ出しする事もないし、本番も一回でOKの事が多い印象です。
すごく撮影のリズムが良いのです。
昔っからそうだったのか、今度ゆっくり入江さんに聞いてみたいところです。
そして本番!
精神を研ぎ澄まし車を発進、一度福田さんを通り過ぎバックで戻り・・・
何故でしょう。
本番!ってなると何かが狂うよね。
力が入るのか・・・邪念が入るのか・・・
ブルペンではあんなに良かったのに、マウンドに上がると・・・。
バックする車はスピードを上げて福田さん目掛けて突進、スレスレの所を通り過ぎ急ブレーキ。
「カット!カット!」
福田さんも当然のごとくビックリしています。
あと30センチで轢いてしまうとこでした。
現場に嫌な緊張感が走ります。
「韓国映画でよくある、マフィアが女性を誘拐する時の走り方じゃないですか(笑)」
入江さんが何とか現場を和ませてくれます。
ナイス入江さん!
仕切り直して本番2回目!
精神を研ぎ澄まし車を発進、一度福田さんを通り過ぎバックで戻り・・・いや・・・
僕にはもう分かっていましたよ。
もはや精神なんぞ全く研ぎ澄まされてないって。
「ヤベえよ。轢いたらどうしよう。撮影ストップだよ。ていうか大怪我だよ。ていうか打ちどころ悪かったら死んじゃうだろ。ていうか何でこんなに手汗がひどいんだ・・・ハンドルが上手く握れないよ・・・」
バックする車はスピードを上げて狂ったように蛇行を始めます。制御不能。福田さんとは逆サイドの壁にぶつかる寸前で急ブレーキ。
「カット!カット!」
放心状態の僕の所に野武士・角田さんがダッシュしてきます。
「吉岡さん! だ、だ、大丈夫ですか?」
角田さんの心の声が聞こえてきましたよ。
「吉岡さん・・・めちゃくちゃ本番に弱いじゃないですか・・・」
こういう時イカした俳優はピンチをどうやってチャンスに変えるのか?
「一度外の空気を吸って、屈伸やら肩回しやら自分のルーティンを行う事で力を抜いて、悪いイメージを払拭する」
多分こんな感じが正解です。
多分だけど・・・分かんないけど・・・だって分かってたら1回目のミスの後にやってるさ・・・。
今までスムーズに言えてたのに一度台詞を噛んでしまい、その後何度やってもその場所で噛み続ける。挙げ句の果ては動きまでギクシャクしてきて、壊れたロボット状態。
現場で良く見る光景です。
はたから見ているとよく分かります。
底なし沼に落ちていく音がズブズブ聞こえてきますもん。
他人事なら滑稽だけど、当事者にとっては地獄の黙示録です。
そして本番3回目。
何故でしょう。
無心になろうとすればするほど邪念ばかりが頭に浮かぶよね。
「ここで失敗したら入江さんも何か方向転換するんだろうな・・・『もういいや! 仕方ないからカット割ります!』・・・"もういいや"とか"仕方ないから"って役者にとっては一番聞きたくない言葉だよね・・・ていうかまずはこう聞かれるんだろうな・・・『吉岡さん、出来るんですか? 出来ないんですか?』・・・そしたら何て答えよう・・・ていうかイチローだったら、こういう時どうするんだ?・・・ていうか、練習って裏切る事もあるんだな・・・ていうか手汗がヤバイよ・・・」
芝居の事なんて1ミリも考える余裕がありません。
この後の事はあまり記憶にありません。
どういう台詞のやり取りをしたのか・・・。
ただ何とか車は上手い具合にバックして良き場所に停止できたみたいです。
「OK!」
芝居の神様が助けてくれたのか・・・車の神様が助けてくれたのか・・・。
この日は宇野祥平くんは1日お休みで、ずっと宿におりました。
撮影が終わって宿に帰って、この日の撮影の事を延々と宇野くんに話しました。
どんなに緊張したか。どんなに大変だったか。
宇野くんは「うん。うん。」と優しく聞いてくれました。
調子づいて井浦新さんにもメールしちゃいました。
「無事終わりました。色々ありました・・・車で福田さんをひきそうになったり・・・壁にぶつかりそうになったり・・。
しかし!
面白いシーンになったと思います。
皆に支えられています。こっちは任せて!」
吉岡よ、お前には任せらんないだろ・・・。
「第6章 深谷上空いらっしゃいませ」へつづく
映画『シュシュシュの娘』
8月11日(水)先行プレミアム試写会
8月21日(土)全国ミニシアター公開