見出し画像

吉岡睦雄が覗いた『シュシュシュの娘』〜第二章:ソルティーオーディション〜

 TEXT by 『シュシュシュの娘』司役、吉岡睦雄

 6月の後半、入江さんから連絡がありました。
 「オーディションに参加していただくことは可能でしょうか?」
 それはびっくりするくらいにとても丁寧なメールでした。
 (今回のオーディションには自分で連絡をしたいと事務所にお願いをし、
個人で応募したので、合格に至るまでの色々なやり取りは僕が直接していたのです。)
 それからオーディション日程の事やら何度かメールのやり取りをしましたが、入江さんはとにかくレスポンスが早い!  そして文章が丁寧で綺麗なのには毎回驚かされました。

 「シュシュシュの娘」の脚本も送られてきました。
 オーディション用に全部読んでおいて下さいと。
 ワクワクしながら読みました。
 最終的に僕がやった司役ですが、この時点では「この役は僕じゃないだろうな」と思っておりました。「若い頃のブラッドピットとか合うんじゃないかな!」なんて思ってました。

 7月中旬。
 いよいよオーディション。
 今日は4つの役をやる事になっています。
 あまりの緊張で一時間くらい前に駅に到着し、ずっとスタジオの近辺をブラブラしておりました。ちょっと早すぎるかな? とは思いつつ30分前にスタジオを覗くと入江監督と数名のスタッフの姿が。今から思えば、このスタッフは現場でも大活躍する大條瑞希さんと濱中春さんなのでありました。

 「もう入ってていいですよ」
 という事でスタジオの中へ。
 入江さんと世間話なんかをしました。
 「元気ですか?」とか「最近何か映画観ました?」とか。
 格式ばったオーディションを想像していたので少しビックリです。
 オーディションと言うと……
 監督やらプロデューサーが席に座って神妙な雰囲気で
 「はい、自己紹介してください。じゃあこのシーンやりますよ。助監督が相手役やりますからね。はい、スタート!」
 「はい、もう結構ですよ。じゃあ次の人!」
 極端に言えば、こんな感じが多いような気がします。
 正直言って……イヤだよねえ……部屋に入った瞬間に帰りたくなるよねえ……。
 日本でも今回みたいなオーディションが増えると嬉しいです。

 男性は僕一人。女性は三人。
 その内の一人が結果的に主人公の未宇役をやる事になる福田沙紀さんでした。
 一人ずつ何かをやるのではなく、それぞれ色々な役をやりながら交互に芝居をしていく感じです。僕は全部で4つの役をやりました。
 入江さんは終始落ち着いた感じで、一回終わるごとに感想を言ったり「もっとこうしてみてください」と言ってもう一回やったり。
 決して怒鳴ったりしないし、低温ボイスでとても紳士的です。
 しかし、たまにキツい一言をさり気なく言ったりするのも印象的です。
 「吉岡さん。今の感じとかいいなぁって思うんですけど……正直出会った頃の吉岡さんの芝居ってピンときてなかったんですよ。この十年でなんか大きな変化とかあったんですか?」

 そういうゆったりした雰囲気のせいもあるかもしれませんが……今思えばかなりつんのめって芝居をしてしまいました……。
 いきなり歌いながら踊ってみたり……。
 もちろん脚本にはそんなこと書かれておりません。ただ「去る」としか書かれていません。
 とち狂ってたんでしょうか?
 しかしそんな芝居にも入江さんは「いや、なんか、感じは伝わって来ましたよ」と低温ボイスで優しく言ってくれます。
 調子づいてしまいます。
 そして。
 福田さんと僕とで、あるシーンをやる事になりました。
 福田さんは未宇役、僕は司役ではなく違う役でした。
 脚本を読んでいる時、このシーンで未宇に塩を投げつけたら面白いんじゃないかと思っておりました。
 思いついたらやらずにおれないのが僕の弱さ未熟さ貧乏性。
 そして秘かにバックの中にタッパーに入れた塩を仕込んでおいたのです。
そういう所だけ用意周到なのです。
 さあ、芝居が始まりました。
 なかなか緊迫したシーンです。
 僕は芝居の途中でいきなり自分のバックからタッパーを取り出しました。
 福田さんも「え?」という表情でこちらをみています。
 緊張のせいでしょうか、手が滑ってタッパーを地面に落としてしまいました。
 スタジオの床は塩まみれです。
そして……あろうことか落ちた塩を拾って……福田さんに投げつけてしまいました……。
 福田さん塩まみれ。

 「吉岡! オーディションでいきなり相手役に塩を投げつけるってどうなのよ?」
 今ならハッキリと答えます。NO!
 そんなの絶対にダメ!
 冷静に考えたら分かるよね。
 そんな相手役、絶対にやだよね。自分勝手だよね。
 でも……やっちゃった……。
 冷静じゃなかったんですね。きっと。
 (でもさすがは福田さん! 塩を投げつけられてもちゃんと芝居を続けていました。福田さんには現場でもホントに色々助けられました。)
 余談ですが……この頃、アメリカのキャスティングディレクターの人が書いた「オーディションを勝ち抜く方法」みたいなのを沢山読んでいました。
 必ずと言っていいほど書いてある事がありました。
 「決してやり過ぎるな。それは成功への遠回りだ。」

 色々やった後、僕は皆さんより早く終わりになりました。
 帰る前に入江さんから質問されました。
 「司役は華が必要な役だと思います。正直、吉岡さんには……華がないですよね。司役出来ますか?」
 ダイレクトな質問です。
 こういう時こそ真価が問われます。
 塩を投げた名誉挽回もしたいところです。
 僕はもう44歳ですが人生で華があるって言われた事は……一度たりともない。
 しかし、「そうですよね。僕には司役は無理ですよ。僕だってブラピが適役だと思ってましたもん」なんて言いたくない。
 絞り出すようにこんな事を言いました。
 「ふぞろいの林檎たちで言うならば。時任三郎さんや中井貴一さんがこの役をやっても面白くないんじゃないですか? この役は柳沢慎吾さんこそがやる役なんじゃないですかね。面白くなるんじゃないですかね。そういう意味では僕がやったら……面白くなると思います!」
  やっぱり……どうかしてたんでしょう……さっぱり意味不明です。

 次の日。
 入江さんから連絡がきました。
 「昨日はオーディションお越しいただきありがとうございました。1日考えて、ぜひ吉岡さんに司役をお願いしたいと思いました。地方都市のリアルな映画が作れそうな気がとてもしています。」

 こうして船は出港したのです。

<第三章 古い舟をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう>へ つづく

c-7のコピー


いいなと思ったら応援しよう!