吉岡睦雄が覗いた『シュシュシュの娘』〜第六章:深谷上空いらっしゃいませ〜
第六章「深谷上空いらっしゃいませ」
冷や汗まみれの初日を終えた次の日。
10/1。
午後はメインセットでの福田沙紀さんと宇野祥平くんのシーン。
僕はこっそり見学です。
ここは映画の前半部の肝になる大切なシーン。
芝居もさることながら照明の美しさにビックリしました。
今回の照明を担当するのは高井大樹さん。
一見すると海坊主みたいな風貌です。
しかしただの海坊主じゃありません。
現場でのパワフルな仕事ぶり。
ヤングマン達も皆んな慕っておりました。
ホントに頼りになる男です。
しかも普段は少し照れ屋で、はにかんだ顔が海坊主のくせに何だか可愛いらしいのです。
お酒を呑むと
「吉岡さ〜ん。映画っつうのは女と拳銃と車があれば出来るんですよ〜。」
とゴダールだか誰だかの言葉を繰り返し始めます。
・・面倒くさいのでそういう時は無視するに限ります。
この海坊主高井さんの助手を務めるのがカジくんこと梶本康平さん。
エレカシの歌をギターで歌うのが今の趣味です。一度聴いた事がありますが、正直まだ上手くないです。
この二人のコンビは現場にかなりの活力を与えておりました。
そして。
撮影を担当するのは石垣求さん。
ガッキーさんは永らくアメリカを拠点に活動していました。
現場では声を荒げる事なく冷静沈着。
ジョンレノンを彷彿とさせるクールガイです。
現場を離れると笑顔が溢れだし、お酒を呑むと意味不明なポーズを取り出すお茶目さん。
映画「ある船頭の話」で憧れのキャメラマンであるクリストファードイルに通訳として付いた時の話やら海外生活の話など話題が尽きる事はありません。
ガッキーさんの助手を務めるのが松谷嶺さん。
大河ドラマなどもこなすスーパーピントマンです。
そして。
スタッフさんの中でも一番のキャリアを持ち、入江監督とも何本もタッグを組んでいるのが録音の古谷正志さん。
古谷さんがいる録音ベースの近くで見学する事も多かったのですが、ヤングマン達にも一番ナイスなタイミングでボソッと
「こうやってみたら良いんじゃない?」
とアドバイスを言ってあげたりしていました。
映画への想いが熱くて、分け隔てなく優しくて。
まだ下っ端だった頃の愛染恭子組の話は必聴です。
その助手が石井真人さん。
スチールキャメラマンが本業なのですが、今回は変則的に録音助手としての参加です。
10/2
本日初登場となるのが映画界の若きミューズ根矢涼香さん。
紫色のシュシュシュTシャツを着て現場に乗り込んで来ました。
紫って・・かなり着る人を選ぶ色です。
それが自然と似合ってしまうのは、やはり天性の何かなのでしょう。
チャキチャキとした口跡の良さ。
妖艶な目つき。
今時珍しくどこかアングラな雰囲気も持ち合わせています。
福田さんとパープル根矢さんが並んでいる姿はどこかミスマッチで滑稽で見ていて飽きません。
あるお店を借りてパープル根矢さんと福田さん二人のシーンです。
途中で二人の後ろをカップルの買い物客が歩くという芝居が付け加えられました。
カップル役に選ばれたのは、そのお店の店員さんとシュシュシュのスチールカメラマン伊藤奨さんです。
伊藤さんはアンディモリのラストライブにも行ったという音楽好き。
この映画、スチール写真にも注目してください。
例えば、僕が緑色のタオルを首に巻いて笑っている写真、とっても良いですよね。
橋の上での冷や汗撮影が終わった後に、アンディ伊藤から
「吉岡さん、ちょっといいですか?」
と軽く声を掛けられて撮影した写真です。
緊張から解き放たれたお陰でしょうか、すっごくいい表情してるよ。僕。
絶妙なタイミングで撮影してくれるんですよね、アンディ伊藤。
そして次は外での僕と福田さんのシーンです。
車通りの多い道沿いでの撮影だったので、本番を何度も繰り返しました。
大事なセリフのタイミングでトラックが轟音で通り過ぎたりするのです。
芝居へのダメ出しは特に何もありません。
色んなタイプの役者さんがいるのでしょう。
本番1回目が一番良い人。
やればやるほど良くなる人。
どんどんダメになっていく人。
「なんか新鮮味がなくなってきてんだよな」
なんてダメ出しもよく聞きます。
・・僕なんかは・・そんな事言われても正直よく分からないのです。
「新鮮味?刺身じゃないんだからさあ・・どうしたらいいの?マンネリカップルはそれを打破する為にサプライズで旅行したりするといいっていうよね。そうか!じゃ途中の芝居を少し変えてみたらいいのか?いやいや、そういう事じゃないだろう。」
7回目位の本番もトラックのせいでNGになり次の本番に備えている時、入江さんが台詞を少し変えて欲しいと言ってきました。
僕だけにボソっと。
「もう仕事終わったんだけど」を「仕事終わった」にして欲しいと。
その時はこの台詞変更について大して深く考えませんでした。
そして次の本番で無事OKになりました。
すぐに福田さんが
「いま台詞変わりましたよね。すっごく良かった!」
と言ってきました。
確かに。
この少しの変更で言葉のニュアンスは随分と変わります。
何度も繰り返したトラックのNGはホントにトラックNGだったのだろうか?
もしや入江さんは足りない何かを探してたのではないだろうか?
新鮮味がなくなった役者に「新鮮味がない!」と言ったところでどうにもならないから、別の方法を取ったのではないか?
何にせよ、あのタイミングであの台詞変更を思いついた入江さんには脱帽です。
午後は場所を移して福田さんと金谷真由美さんのシーン。
おいおい・・
金谷さんも紫のシュシュシュTシャツを着ています。
どうなっているんでしょうか、ここの女優陣は。パープルまみれです。
この福田さんとパープル金谷さんのシーンは入江さんも少し心配していたみたいです。
ある事を初めて試すシーンだったからです。
結果的にはとても上手くいったと思います。
入江さんも一安心していました。
福田さんは普段ダンスをしているせいなのか、とても身体の使い方が上手です。
シリアスな身体にもなれるし、コミカルな身体にもなれる。
この日の撮影後、皆んなで少し呑みました。
「笑うホルモン まるこげや」
撮影中とてもお世話になったお店です。
ここの店長は大の映画好きで、高校三年生の時に横浜映画専門学校の説明会に行ったらしいのです。
その時隣に座っていた熊本出身の男の子と色々身の上話をしました。
「その男の子が今のウッチャンナンチャンのウッチャンなんだよ。」
と嬉しそうに話してくれました。
ひとまずは撮影の最初の何日かが無事終わり皆楽しそうです。
ヤングマンの顔にも笑顔が広がっています。
野武士角田さんがいなくなり、今日の現場をチーフ助監督として務めたヘルプの藤井謙さんも一安心しています。
そして大事件もありました。
芝居の話をしていた時に福田さんと僕の意見が偶然一致したのです。
そして!
福田さんと僕はハイタッチをしたのです。
ハイタッチだよ。ハイタッチ。
なかなかしないよ。
ハイタッチなんて。
海坊主高井さんがそんな僕らを羨ましそうに見ています。
「吉岡さ〜ん。映画っつうのは女と拳銃と車があれば出来るんですよ〜。」
と僕に話したそうですが、無視する事に決めました。
ハイタッチの方が重要ですから。
良い座組みです。
僕はこの日で一旦東京に帰ります。
帰りの電車で思わず井浦新さんにメールしてしまいました。
「手探り。
何か見つかるのか、見つからないのか。
そもそも何かあるのか、ないのか。
まあ、ちゃんと探し続けようと思います。」
感傷的で気持ち悪い文章です・・・
有り難いことにこんな返答をもらいました。
「ずーっと悩みながら不確かなものをさがしつづけて大いに彷徨ってくださいな。その姿がきっと美しいよ。それでいいんだよ。」
人生は祭りだ。
映画は夢だ。
第7章「44歳の地図」へつづく