吉岡睦雄が覗いた『シュシュシュの娘』〜第四章:アラタとショウヘイとサキちゃんの国〜
第4章 「アラタとショウヘイとサキちゃんの国」
9/29、いよいよクランクイン。
撮影は入江監督の出身地 埼玉県深谷を中心に行われます。
スタッフさんや福田さんはずっと泊まりっぱなしですが、僕は泊まったり帰京したり。
僕の出番は翌日 9/30からなのですが、9/29に前乗りします。
スケジュール表には夜の8時に深谷駅に来て下さいと書かれています。
ですが居てもたってもいられません。
お昼位にロケ地に行って見学することにしました。
だって・・・今回は入江組初参戦です。スタッフさんも知らない人ばかり。
9/30にいきなり現場で
「司役の吉岡さんです!はい!じゃあ、テストいきます!」
って・・・僕には無理だぜ。
根っからの小心者だぜ。
あらかじめ現場の雰囲気とか感じておきたいのです。
深谷駅からロケ地の民家まで、携帯で調べると大体7キロ。
初日だから何かとバタバタしているでしょう。
「お昼の12時に駅まで迎えに来て欲しい」
なんて言ったら迷惑だろうと考え、自力で行く事にしました。
幸いな事に駅からロケ地の近くまでバスが通っているみたいです。
「さすが吉岡!何でも自分でやるんだね。事前に色々チェック済みなんだね」
当たり前だよ。
何年やってると思ってるんだよ。
素人じゃないんだぜ。
お昼前。深谷駅到着。
お腹もペコペコです。今ならお昼休憩にも間に合いそうです。
皆と一緒にご飯を食べることで現場の空気にもすぐに慣れることができるでしょう。
バス停で時間表をチェック。
あれ・・・?
まさか・・・。
あと2時間・・・バスは来ない・・・。
痛恨のミスです。事前に時間表をチェックするの忘れてました・・・。
いつだってそうなんだ。
最後の詰めが甘いんだ。
だからよく怒られるんだ。
「吉岡、お前何年やってんだよ」って。
結局歩きましたよ。7キロ。
タクシー代もったいないから。
「歩きながらロケ地の空気を感じるのも大切な事なんだ。探偵と一緒。役者だって足で稼ぐんだ」
と自分に言い聞かせながら。
汗ダクダクで疲れ果ててロケ地に着いた頃には、とっくにお昼休憩も終わり絶賛撮影中。
プロデューサーの関さんも
「何やってんすか・・・電話してくれたら迎えに行ったのに・・・」
と呆れ顔です。
本日の出演者は
福田沙紀さん。
井浦新さん。
宇野祥平さん。
井浦さんと宇野さんとは以前にも何本かご一緒させてもらった事があります。
映画を、そして現場を心から愛している二人です。
今回、助監督は宮本紘生くん以外は、みんな学生スタッフたちです。(以降ヤングマンと呼びます)。
紘生くんは長崎県出身で学生時代は自分で自主映画を撮ったり、卒業後は上京しプロの現場も経験済みです。
しかし、ヤングマン達にとっては戸惑う事ばかりの初日でしょう。
まさに人生で初めての撮影現場です。
どんな事になってんのかとロケ場所に足を踏み入れると、現場の方からテキパキと仕切る野太い声が聞こえてきます。
……すげえ……スーパー助監督じゃん。
しかし、こんな野武士みたいな声のヤングマンいたっけな?
この声の主は角田恭弥さん。
入江監督の「太陽」や「ビジランテ」などで助監督を務め、既に監督デビューも果たしている京都出身の叩き上げナイスガイ。
29日と30日だけヘルプに来てくれているのです。
ヤングマン達はというと・・・めちゃくちゃ右往左往しております。
「何かしなきゃいけないのは分かるけど、何すりゃいいか分かんないよ!」という心の声が聞こえてきます。
これから待つ茨の道。
大丈夫なのか・・・ヤングマン。
入江さんが
「吉岡さん。せっかく早く来たんだったら、車の運転の練習したらどうですか?」と言ってくれます。
僕はあまり車の運転が得意ではないのですが、今回劇中で運転しなければいけないのです。
しかも明日は車をバックさせるシーンもあるのです。
まさにナイスアドバイスです。
てなことで、ロケーションコーディネートの高畑祐史さんが助手席で道をナビゲートしてくれることになりました。
高畑さんは普段は深谷で不動産屋さんを営んでいるのですが、入江組の常連出演者でもあるのです。
「ビジランテ」の高層ビルのベランダで電話している黒幕!
僕が車をバックさせる道まで案内してくれて、何度も何度もバックの練習もしました。
途中車を壁にぶつけそうになりましたが
「大丈夫!大丈夫!練習なんだから!」と励ましてくれます。
まさかこの時は・・・明日ここで悪夢が待ち受けているとは想像だにしませんでしたが・・・
さてロケ現場に戻ると、夜撮影するシーンのリハーサルの後少し早めの夕食。
角田さんはヤングマン達にカチンコの打ち方を教えております。
当然ながら皆カチンコを打つのだって始めてです。
いやあ・・・カチンコって大変・・・
あの長谷川和彦さんだって「カチンコの恥」について語っておられます。
「助監督って仕事の大半は、いわゆる「技術」じゃないだろう? カチンコだけは実に具体的な「技術」であり「職能」なんだよ。上手なほどいいわけだ。~~実は、カチンコのような、ある種の技能を必要とするもんの方が難しいし大事なんだと思う。
もちろん、『カチンコが上手い』からって立派な監督にはならんだろうが、『カチンコの恥』を乗り越えて監督になったヤツは、最低限「タフ」だとは思う……思いたいね」
夕食後は井浦さん。宇野さん。福田さん。
三人のシーンです。
かなり緊張感漂うシーンです。長ゼリフもあります。
僕はオーディションの時に、このシーンの井浦さんの役をやったりもしました。
井浦さんはどうやってやるんだろう。
唾を飲み込む音をたてるのさえ憚られる。
そんな撮影でした。
素晴らしかった。
初日にこんなシーンが撮れたって……すごい。
そして井浦さんは今日一日でクランクアップです。
最後の挨拶もなんとカッコイイことか。
ほんまに惚れますよ。
一瞬で。
例えばそれは。
誰かに声をかけるちょっとした一言が温かすぎるのです。
心がこもっているのです。
……僕……うわべだけで喋ってるもん……
例えばそれは。
ちゃんと人を公平に扱ってくれるのです。
偉かろうが下っ端だろうが売れてようが売れてなかろうが。
……僕……めっちゃ色眼鏡かけてるし……。
こうして、僕は何もしてないけど歩き疲れやらでヘトヘトになり初日が終わりました。
僕の宿泊場所は、大きな民家をまるまる貸して頂きそこに何人かが泊まります。
宇野くん。紘生くん。野武士の角田さん。
制作のコギトワークス所属 宮司侑佑さん。
スチール 伊藤奨さん。
ヤングマンのイナリョウこと稲田凌くん。
トミーこと冨高善之くん。
宇野くんと出会ったのは二十年以上前です。
すごく聞き上手なので、宇野くんと話しているとついつい話過ぎてしまいます。
少しお酒を飲みながら撮影の事など話していると、後片付けを終えたヤングマン達が帰ってきます。
イナリョウとトミーは・・・疲れやら反省やらで消え入りそうです。まるで亡霊みたいです。
でも!
今日の出来事(主に怒られた事)を話す彼らは何だかイキイキしています。
僕も「ネクストだよ!ネクスト!」なんて偉そうに励ましたりしました。
この13時間後、自分がとんでもない手汗をかく事になろうとは知りもせずに。
彼らと同じ宿泊場所だったのはとても楽しかったです。
歳が離れたヤングマンの話はとても刺激的だし、日に日に逞しくなっていく彼らの姿にはホントに勇気づけられたのでした。
こうして深谷一日目は足の筋肉痛を残して終わったのでした。
「第五章 こわれゆく男」へ、つづく
映画『シュシュシュの娘』
8月11日(水)先行プレミアム試写会
8月21日(土)全国ミニシアター公開