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【ショートショート】給湯室で待っていて

「はい、これ」
渡されたのは、拳銃だ。
こんなの映画でしか見たことない。手に載せる、本当に重いんだ。
で、これでどうしろと?ボクは訊かなくても分かっていた。頭の中にありありと活字で起こした文字が浮かぶ。君が最後まで目を逸らさないでくれるなら、頭の中に印刷された文字の通りをやってあげるよ。

✫  ✫  ✫  ✫  ✫

ひどい頭痛がして、目が醒めた。頭に拳銃を当てる前だった。起きると頭痛は気のせいだった。
ぴんぴんと元気だ、つまらない。あそこもぴんぴん、かわいいけど構っている暇はない。かわいい彼氏が欲しいけど、いつも目が醒めると遅刻まぎわの15分前だし、今日はあと8分で電車が到着する。駅まで急ぐ。           

         かーっ、プペッ。


世界で一番嫌いな音がした。案の上、どこかのキタナイオヤジが、道端に痰を吐いていた。てめえ誰に断って痰吐いてんだよ!ここは公道だろ!てめえの便器じゃねえんだよ!俺はこんな時のために毎日ブリーフケースに仕込んである機関銃を取り出して

  ズダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ乱発射、


キタナイオヤジを蜂の巣に。オヤジは道に血でダイイングメッセージ「大便な人生で大便スミマセンでした」流れ去る寸前に反省してどうするの?
なんて健全なイマジネーションに憑依されていたら、昨日と同じオンナが前から突っ込んで来てぶつかりそうになる、だからスマホから顔あげろって!どうせ次の日になったらキレイサッパリ忘れるモン見てんだろそーゆーのゴミ箱にゴミ突っ込んでるって言うんだぜ時間と脳みそは創造に使えよnote書くとかとオンナが見えなくなっても義憤に塗れていたんだけど、僕が改札を通るころ、空からレンガが落ちてきてオンナの頭に命中したとYahooニュースで流れて来たよ(多分)。電車の中にはいつも見かける高校生の男の子、参考書が愛読書。今日もななめ前に座ってチカンから守ってあげるのだ。駅に着くたび人がどんどん乗り込んで二人の間に立つけれど、こいつら全員透明、ボクには君がちゃーんと見える。ブスに見える眼鏡をわざとかけて寝不足気味の青白い顔だけど、チャって眼鏡を外すと、ほーらきれいな顔なんだ。
「お兄さん、いつもこっち見てるけど俺が好きなの?」
まー生意気な口の利き方だね、お兄さんキンタマの底辺から元気が出ちゃうよ。
「なに?年下に攻められて感じてるんだ?恥ずかしくないの?」
は、恥ずかしいよ、だって電車の中だよ、ね、全裸はダメ・だ・よ。どーして?だ、だってみんな見てるし、…あいつら全員降りてるぜ……でも!……でも!……窓に張り付いて見てるよぅ!……窓の外にヨダレまみれの顔を張り付いけている筈のヘンタイ連中の視線を、なぜか車内から感じたけど(プレイ中だぞシモザマの連中は勝手に乗るな)、それも一人でニヤける本物の変態を見ないふりしながら見る差別的な視線の束を感じたけれど、「見られてるのが気持ちいんだろヘ・ン・タ・イ」と敏感なボクを爪と言葉でつねる男の子に応え、おでん種口に突っ込んだみたいに二人でハフハフしていたらいつの間にか職場にいて、電車とバス乗り継いでやって来なきゃなんねえこんな詰まらん場所になぜか知らんけど部長と課長は毎日先に来ているから他に行く所がないのだろうか、その人生何が楽しい?墓場くらいは行くところ残ってるでしょーがと白眼視しようと思えばできるけど、ボク今日は午前中一杯あの高校生とハフハフ続行の予定だし、電車の中で攻められたお返しに年上の責任で烈しく優しくねちっこく攻め返して上げなきゃいけないしあの子の口からあぉあぉあぉ~~生意気言ってゴメンナサ~~イって元気な泣き声きくまで続けなきゃ気が済まないからどーでもいいかなあ?部長が「ねえタヌキコウジさん、アタシ思うんだけど」って言うと必ず課長は「おっしゃる通りで。ヘヘッ」って答えて互いに相手をおもんパかる言葉以外聞いたことないから、そーとー仲悪いってことだよね、ボクはアナタ達二人とも気に入って上げているヨ、赤の他人だから。最初はキミら人間じゃなくて泥に見えたんだよね、泥が動いて喋ってるぅキモチワルッ3日で辞めてやるって思ったけど3日見たら見慣れちゃった俺って仕事のコツが分かってるぅアンタらもこーゆー部下いると助かるだろ始業開始から20分も席に座っていられたから給湯室に行く時間あーうれしい戻ってきたらこいつら殴り合いの喧嘩してねえかな~って部長ら置いてスキップしちゃう廊下をすすんで角を曲がると、
ジャーン!
今日もこの時間、給湯室にはセオハヤミくんがいるのだ。
「お・は・よ・う」
ボクが言うと、セオハヤミくんも「お・は・よ・う、スズカワ君」って言うんだ。これってもう、両想いだよね。
セオハヤミくんは電子レンジでおにぎりと唐揚げを温めている。目がクリクリってしていて眉がきゅきゅって濃くて、髪の毛がフワフワで、幸福のオノマトペだけで出来上がっている。
「あ、ゴメン。レンジ使う?」
「ううん、待ってる(だって君を見ていられるし)」
レンジ使う?だって。優しいね。さすが両思いだねー。
でもここに一つの障害がアリマス。セオハヤミくんは奧さんという種類の人間と一所に暮らしているのデス。どうやら奧さんとは人間のメスの一種らしいノデス。人間のオスとメスはよく、何モカンガエズニにつがいになる風習があるノデス、セオハヤミくんの左手の薬指にはプラチナ色の指輪が嵌っているのデス指輪には鎖がついていて鎖の先は奥さんという人間ではなく地球1コ分と同じ重さの鉄塊につながっているノデス世界中の鎖がそこに集合シテイマスでも人間のオスとメスはそんな事をツユ知ラズじぶんの指輪の先には相手がちゃんといると信ジテイルノデス、ああセオハヤミくん、君は可愛い。だからちゃんと現実を見て!
と君の代わりに悩んでいたら、今日は君の指から指輪が消えていた。
「ど、どうしたの?」
「ああ、これ」
君ははにかんで、うつむいた。
「いろいろあってね。離婚したんだ。」
俺は息が止まりそうになった。なんで?でもそんなの訊けないよ、君が大事だから。
「前からしっくり行ってなくってさ。今度、ゆっくり話を聞いてほしいな」
君が話したいって望むなら、俺は何万時間でも聞くよ。
「離婚を切り出したのは、僕の方なんだ。僕バカだから今頃になってやっと気がついたんだ、前から僕をちゃんと見てくれる人がいることに」
クリクリっとした目が、俺を見上げる。その人は俺じゃないし、と俺はまだ思っている。だって逃げてえもん。
でも君は俺の手を取った。
「いままで、僕を見守ってくれてありがとう。痰を吐くおじさんを撃退してくれたのも、スマホ衝突する女の人をブロックしてくれたのも、真面目な高校生と性教育を寸止めでやめたのも、ぜんぶ僕を守るためだったんだね」
君の手に力が籠る。
それって……。それって……。
その先を聞いてもいいのか、君?

            チン。


レンジが鳴った。
セオハヤミくんは、レンジの前で腕を組んで立っているだけだった。
よく見たら、指輪がないのは右手だった。
俺は手を握ってもらえていず棒立ちだった。
なんかいや~な仕掛けがあるんだろーなーって思っていたけど、こんなオチかよ?
フツー見間違えないよね~アハハ~~。
「ん?」
何も知らないで。憎い奴め。
「はい」
紙コップを渡された。湯気をたてたココアが注がれている。
「いつも飲むでしょ。入れてあげたよ」
くっはー。だから片思いはやめられねえ。
セオハヤミくんは部署へ戻って行った。
その背中に向って呟いた。
君が淹れてくれたココアなら、俺は毒入りでも笑顔で飲めるよ。
その言葉を、君の白いYシャツに印字で刷り込んだ。Yシャツを通過して、肌に永遠に落ちない文字が染み込むように、強く念じた。
どーせこの先生きても碌なこと起こらないし、しないし、するつもりも無い。
愛する人よ、毒入りココア、明日たのむぜ。








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[あとがき]
カープペッとやる方、意外と多いですよね…。僕的にはちっとも遭遇したくない苦手案件です。でも、カープペッの人たちにも言い分があるのかなあ、イーブンを聞かなくてはイーブンではありませんね。洒落です。ということで「いちごシェイク」というショートショートを書きました。読んでくださるとうれしいです。


[このお話のつづきは……]
このお話には、続きがありまーす。
新キャラクターが登場しますよ~。




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