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【損と得♡】
生年月日だったか、星座?動物占いだったか?
そう言った類の分析で、私はどうも「損得勘定で物事を考える」特徴というか本質?があるらしい。
そう言われると…守銭奴のようなマイナスなイメージがあるから、あまり認めたくはないが正直当たっているところがあると思う。
何かを選ぶとき、無意識にどっちが得かなぁと考えている自分がいて、もう一人の自分が「何だか卑しくない?」と突っ込んでくることもある。
で、得すると…やっぱり嬉しく感じるし、ちっちゃな得だったとしても、「得した気分」で満足するタイプなのかもしれない。
最近、武田邦彦先生の「幸せの構造論」に感化されて、何が本当の幸せなのか探求する中で、この「損得勘定」手放した方が良いのでないかと考えている。敢えて、損する方を選んでみたら、どんなことが起こるのか?
この世は全て光と影、陰と陽のバランスで成り立っている。私が得すればその分、割りを食って損する誰かがいるとしたら、その得は本当に嬉しいことなのか?幸せなことなのか?と考えてみると、何だか嬉しい氣持ちがしぼんでゆく。
逆に、私が損することで誰かがその分、得する場合はどうだろう?損してがっかりするだろうか?悔しいと思うだろうか?それとも、別の感情が湧いてくるだろうか?
ちょっと実践してみたくなった。損得勘定が得意(?)な私が、敢えて損する方を選んだらどうなるか?小さな実験を重ねてみようと思う。