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【食の短編小説】はんぶんこ④

#4 卵チャーハン


昨日作った湯豆腐で、帆乃果があんなにも喜んでくれるなんて思わなかった。秀太は少し驚きつつも、料理に対する興味が日々高まっていることに気付く。


今まで家事に関しては"見る専"で何もしてこなかった秀太が、料理をしてみようと思ったきっかけは、体調が優れない中でも夕飯の支度をしていた帆乃果を見たからだった。

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「秀太、ごめん。ちょっとご飯待ってて…。」

その言葉を聞く前から、秀太は帆乃果が辛そうにしている様子に気づいていた。「ここ最近、仕事が立て込んでいそうだったし、そんな中でも抜かりなく家事をやってくれていたのに、自分は何もできていないじゃないか」と、もどかしい気持ちを抱えていた。


家庭科の授業をもっと真面目に受けとけばよかったと思いつつ、今日は自分が料理を作ってみるかと決心する。冷蔵庫をあけると、卵とネギ、冷やご飯が入ったタッパーがある。収納もマメな帆乃果だから野菜室や冷凍室にも食材は入っているかもしれないが、限られた自分が作れる料理のレパートリーの中だと、あの料理しかない。


食欲がないときでもなぜか食べられた、母が作ってくれた卵チャーハン。少し元気がない帆乃果でも、食べられる気がした。うまく作れるかは出たとこ勝負だ。


母がよく「卵はしっかりまぜること。そして、白身を切ることも忘れないでね」と言っていたことを思い出しながら、卵を混ぜていく。冷やご飯はレンジで温めて、しょうゆをコンロの近くにスタンバイさせておく。

母が作ってくれた"たまごチャーハン"は少し変わっていて、
溶き卵の中に温めたご飯を先に入れるのだ。そうすることで、白米に卵がコーティングされて、家のフライパンでもパラパラの炒飯になりやすいんだとか。そんなことを思い出していると、料理していた時の母をしっかり見てたなとか、料理って家庭の色が出るなあって思う。


準備が整ったら、あとは時間との戦い。サラダ油をひいたフライパンに、溶き卵を絡めたご飯を投入。すぐにご飯を炒めていく。卵に火が通り始めたら、少し塩胡椒をふって、ネギをいれてさらに炒める。これだけだと味が薄いので、最後に醤油を鍋肌からまわしいれていく。醤油の香ばしい香りを嗅ぎながら、帆乃果が食べてくれたらいいなと願う。




「帆乃果、卵チャーハン作ってみたんだけど食べる?
」と聞くと、すごく驚いていた。その顔は、「え、料理できたっけ?」という疑問符と驚きを表現していた。


「いただきます」と言って、卵チャーハンを食べ始める帆乃果を緊張しながら見守る。

『食べているときの無言は、美味しいの裏返し』という言葉を聞いたことがあるが、料理の感想を忘れるほど夢中になって食べてくれた。半分くらい食べたあと、「これから"チャーハン担当大臣"、よろしくね」と言ってくれた彼女の言葉を、最大級の賛辞と受け止めると同時に、いつも作ってくれてたのにありがとうって言えてなかったことに後悔している自分がいた。


ひとりで食べる料理も好きだけど、自分が作った料理を誰かが喜んで食べてくれるのはもっと好き。よし、今日の昼は久しぶりに卵チャーハンを作るとしよう。"チャーハン担当大臣"の秀太は、半袖シャツの裾を肩までまくりながらキッチンへと向かった。

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食体験をはんぶんこしてくれた人

榎本 妃世里さん(ていねい通販)

1994年4月19日生まれ、神戸出身。
武庫川女子大学を卒業後、株式会社生活総合サービス(ていねい通販)に入社。新卒1年目から採用担当として従事する傍ら、言葉とイラストのメディア『ていねい書店』(https://teinei-bookstore.jp)の編集長を務める。現在は一児の母として子育てと仕事の両立に奮闘中。
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▼食の短編小説「はんぶんこ」連載はこちら▼



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