フードエッセイ『アイスクリームが溶けぬ前に』 #7 ママパパ(小田原)
『その土地でないと食べられないものを食べる』という、食の束縛リミッターをはずしたい瞬間がある。
ご当地グルメ、郷土料理、○○名物。
せっかく旅をしたなら、そこでしか食べられないものを食べる醍醐味がある一方で、暗黙に自分に課したルールにとらわれ、グルメで起きうる「入ってみたら美味しかった」みたいな偶然の副産物に出会えないことがある。
小田原在住の友人が、寿司屋だけどアジフライが美味しいという店に導いてくれる。ただ、お店に着くと、まさかの臨時休業の札。予期せぬ状況に怒るなんてことはないぜとロックンロール調なテンションになっているぼくに、友人は近くにあったネパールカレーのお店をおすすめしてくれた。
ネパール料理と、ここ小田原で(!?) はじめましてになるなんて…!と、心の中のボルテージが高まる中で、いざリングイン。お店に入った瞬間、インドカレーのお店とはちょっと違う雰囲気に心が踊る。
国旗のような旗のような布がガーランドになっていて、ネパール雑貨もレジ奥に陳列されている。まるで、ネパールに小旅行に来た気分だ。
ただ、ネパールカレー初心者のぼくには、インドカレーとネパールカレーのちがいは全く分からなかった。が、ネパールカレーの気分だったので、3択の法則にハマり、真ん中の値段のBランチ(3種のカレー)を注文する。
やってきたカレーは、中華のターンテーブルのような配置をしていた。
細長く甘味控えめのタイ米は、インドカレーとの違いをよく分からないままネパールカレーを注文したぼくでも、ちがいが分かる味。最初は馴染めなかったタイ米と少しずつ仲良くなれたのは、チキンカレーと大豆を使ったダルカレーのおかげ。羊を使ったマトンカレーはお子さま舌のぼくにとっては、まだ早かったけど。
友人とは、彼が普段やっていること、ここまでに辿ってきた道、ウェルビーイングのこと、そして人間関係についてなど、ストライクゾーン広くいろんな話をした。そんななかで、彼が伝えてくれた「社会や大きな世界ではなく、自分や自分に近しい人々、ご縁のある人に時間や力を使っていきたい」という言葉は、ラッシーの優しい味のようにスッと自分の中に広がっていく。
遠くに広く、水面に波状を広げていくのが最初の目標になると、いつの間にか手前をないがしろにしてしまう。回転寿司でいうなれば、食べた枚数を増やすことに意識が向いてしまって、1皿ごとに味わえていないという感じ。家庭の食卓で例えれば、家族が作る料理を適当に食べるといった具合。
今までは、近い関係の人は多少適当になっても大丈夫だろうと、たかをくくっていたが、家族やずっと気にかけてくれる友人、職場の同僚といった近い存在こそ、時間や感情を使っていきたい。ありがとう、美味しかったという言葉のギフトを常に届けるんだ。
食べている時間は、感性を磨き、想像力を育て、日常に感謝し、自分を見つめ直せるシンデレラタイムだ。そして、マリオのスターのように、シンデレラタイムをさらに忘れられない時間にしてくれるのが、人という存在なのかもしれない。
それぞれが別の目的地へと向かうとき、手と手を重ねた。その手の温もりと、彼の大きな心のような手を感じながら、この1食がこの土地でないと出会えなかったものへと変わる。
ネパールのエベレストの裾野に広がる村のような、広い心を持ち合わせた彼への感謝の気持ちが残るうちに、ごちそうさまでした。