【食の短編小説】はんぶんこ⑤
#5 鶏皮
幼い頃に母から「出された料理は残さず食べること」を口すっぱく言われ、それが帆乃果の食の基本になっている。
出された料理=皿に乗っている食べ物たち。自分の中でこの公式を作ったことで、一緒に食事をする人の皿まで気にするようになったのは当然のことかもしれない。
パセリ、食用花は、添えられているが残されがちな食べ物たち。一方で、鶏皮や鮭の皮、大根の葉など、食べるのはちょっと…と捨ててしまう食べ物たち。彼らに共通するのは、コアなファンがいるということだ。
好きな食べ物を人前で話すことは、大人になるほどに少なくなる。そんなこともあって、色の好みというのは意外性の連続。この人がこれを好きなのは納得ということもあれば、これが好きなのは意外…!とギャップに出会うことも。
実は帆乃果が鶏皮好きということを、パートナーの秀太含めて知らない。それを伝える必要はないと思っていたし、鶏皮好きな人なんていないと思っていたのもあって、誰にも話していない。これからを生きていく上で大事なことは隠さないでほしいけど、食の秘密ごとは、いくつあってもいい。
そんなことを考えてたら、秀太から「二人で居酒屋に行ってみない?」という提案が。秀太とは長く付き合っているが、居酒屋に一緒に行くのは初めてだった。しかも、秀太から誘ってくることも珍しい。
早速、以前から帆乃果が気になっていた、駅近のカウンターしかない居酒屋を予約する。「テーブルで向かい合って座るより、横並びの方が安心するな」と思いながら、早く夕方にならないかとワクワクがとまらない。
居酒屋に到着、早速レモンサワーで乾杯。ねぎま、ぼんじり、かしら、ももと鉄板系の焼き鳥に加え、帆乃果は好物の鶏皮をタレでオーダー。カウンター越しから見えるタレが入った壺も、食欲をそそる。
「ここの焼き鳥、ほんと美味しいね」と言いながら、目線を鶏皮に移す。そして、鶏皮に手を伸ばそうとした瞬間、秀太も鶏皮に手を伸ばし、手が重なった。
「焼き鳥で、タレの鶏皮がいっちゃん(一番)好きなんよね」と、方言まじりに秀太が話す。鶏皮を好んで食べる人にほとんど出会ったこなかった帆乃果は、心のどこかで秀太もあまり鶏皮が好きではなく、鶏皮に出食わしたときは自分が食べた方がいいだろうと思い込み、これまで積極的に食べていた。でも、秀太も鶏皮好きの一人だったとは。それを知った途端、過去の自分の振る舞いを総点検したくなる。あれは大丈夫だったかな、これで傷ついたりしなかっただろうかと。
ただ、そんなことどうでもいいと思えるくらい、秀太が鶏皮の焼き鳥を幸せそうに食べていた。そんな秀太の様子を帆乃果は隣で見ながら、一度も振る舞ったことはないが料理のレパートリーである棒棒鶏(バンバンジー)を、秀太にごちそうしようと誓った。
*****
食体験をはんぶんこしてくれた人
榎本 妃世里さん(ていねい通販)
▼食の短編小説「はんぶんこ」連載はこちら▼