勉強って、ブレワイ(ティアキン)。
表題の通りで、勉強とブレワイ(もしくはティアキン)に似てるよねっていう共感を集めるためだけに書きました。つまり、寄り道が本筋というか、結局ガノンどうでも良くなっちゃったほうが楽しかったりするんですよね。
皆さんにとってのガノンって、多分テストとか試験とかノルマだと思うんですけど、それブレワイで表現したら寄り道をやめろって言うようなもんですよね。
寄り道の無いブレワイって一体何が残るんだと思うんですが、寄り道しなくても多分ガノン倒せるんですよね。決められたストーリーラインしかないゲームはたくさんありますし、それらだってめっちゃ面白いんですよ。
ただ勉強もブレワイも、寄り道を前提に作られたゲームなんですよね。ブレワイだとよく起こるんですよね、「あれなんで今ここにいるんだっけ、てかここどこ?あ、祠あった、入っちゃお」
ガノン倒す必要ってあんま無いなってブレワイしてるとき思ったこと無いですか?それよりこの先にある隠れたうんこを見つける(直喩)。
ここまで読んでくれた人なら大いに共感してくれていると思いますし、大小あれど寄り道を実行してる人達なのかもしれません。ですが僕のようにやってるうち苦しくなっちゃう人もいるんですよ。
理由は情報過多です。おそらく私含め現代の人たちは勉強といったらサイトをひたすら読んで覚えて、例題でちょっとアウトプットして終わり。サイトの中身はなんとなく覚えた気になって、結局公式丸暗記と知識レベルが同等になる、みたいな。
勉強って、インプットで頭でっかちになることだと無意識に思ってる人が多分大半だと思います。ただ人間の構造上、インプットで頭でっかちは明らかに限界ありますよね。
赤ちゃんが日本語を覚えられるのはママを何千回もアウトプットしたからであって、意味わからないこともとりあえず口に出してみたり、カ行がタ行と混ざったりするじゃないですか。
我々はアウトプット無しに覚えるなんて不可能なんですよ。
いやそれはわかったけど、勉強でアウトプットってどうすんねんと思った、勉強で寄り道したいあなたへ。とっておきを教えてあげます。ただ、僕にぶっ刺さったメソッドを100人にばら撒いても100人ぶっ刺さるわけではないので、あんま期待しないことです。
一つ言えるのは、メソッドに違いはあれど、どれもアウトプットの工夫で生まれたものであって、根本に違いはないと思います。
僕のメソッドはずばり、心のバカとの会話形式で文章を読むことですね。さらに、会話をすべて記述します。なので、ギャルゲーのログみたいなノートが出来上がります。それは僕の無知なる部分と賢くありたい自分二人が織りなす、くだらない議論のようなものです。
まず無知が、文章の内、少しでもわからなかったら喚き出す。そしてその疑問について調べて、"二人で一文一文しっかり読み解きます"。このやり方はすでに噛み砕かれた文章では効力を発揮しません。ちょっと難しい風の解説か、wikiがおすすめです。wikiとか、わからない単語だらけじゃないですか。それについて一個一個わかるまで寄り道します。心のバカの気が収まるまで徹底的にです。
一方賢くありたい方の僕は教鞭を振るうように、偉そうに説明したり解釈したりします。それでバカが理解するまで説明するんですよ。
どうですか?もうこのノート駄目だ、って閉じてないことを祈ります。この祈りは僕のような、情報過多に飲み込まれたけど勉強で寄り道したい人に向けて。