場面緘黙症と僕がアメリカに来た理由。
こんにちは。しゅんやです。
今回は場面緘黙症という心の病気についてみなさんに知って頂きたいと思い、noteにまとめてみました。
みなさんは場面緘黙(かんもく)症という病気を聞いたことがありますか?
聞いたことがない方も、もしかしたらその疾患を持った子が身近にいるかもしれません。
場面緘黙症とは、家庭内では家族と普通に話しをすることができるのに学校や幼稚園など、ある特定の場面や状況では、社会不安(人前で過度な緊張や不安を感じてしまうこと)により、人とほとんど、もしくは全く話すことが出来なくなってしまう精神疾患のことです。
また、強い不安により人前で体を思うように動かせなくなる緘動(かんどう)という症状が出る場合もあります。
生涯発症率は0.2〜1%程で、5歳前後に発症することが多いのですが、6〜8歳になるまで、治療が行われないことが多くあります。それは疾患に対する周囲の人の理解度が不足していたり、病気の認知度が低い事により、場面緘黙の状態を単なる人見知りな性格やおとなしい性格の子として、性格的な原因だと判断してしまい、家族や学校の先生など周囲の大人が「治療が必要なもの」だと認識するのに時間がかかるためだと言われています。
また成長とともに次第に話せるようになるというわけではなく、早めの治療が必要で、何年経っても自然には改善せず、大人になるまで症状が長引くというケースもあります。
僕は保育園のころから高校を卒業するまでの間、学校では人と全く話すことが出来ませんでした。
家の中では家族と普通に話すことができるのに、学校へ行くと声を出すことが出来ませんでした。
また小学生の頃は授業中、人前に立ったり、発表をする場面では体が固まってしまい動けなくなることもありました。
なぜそうなってしまうのか、自分でも理由が分からず、苦しい思いをしていたことを今でも覚えています。
話せないこと以外は、みんなと同じように勉強や運動をすることができたのですが、挨拶や返事、発表などをすることができなかったので、学校の一部の先生や大人からは場面緘黙のことを理解をしてもらえず、返事や挨拶をわざとしない、わがままな生徒だと思われ、時には厳しい言葉を投げつけられることもありました。
高校生になったころ、たまたまテレビで同じ症状で悩んでいる子の特集を観て、場面緘黙症という病名を知り、自分でこの病気について調べるようになりました。
そして僕以外にもたくさんの人が同じ症状で悩んでいることや疾患に対する認知度が低く、周りから理解されずに苦しんでいる子が多くいることを知りました。
なので、この文章を読んでくれている方の周りで、もし人前で話せない子がいたら、無理に喋らせようとせず、イエスかノーで答えられるように訊いてあげたり、筆談をするなどして、困っていたら助けてあげて欲しいなと思います。伝えたいことがあっても言葉では伝えられないので、いろいろと誤解されやすいですが、本人は伝えようと必死に頑張っています。また、同じような症状で悩んでいる子たちには、これを読んで少しでも気が楽になってくれたら嬉しいです。
高校卒業後は、絶対に話せるようになりたいと思い、大学進学を期に地元を出て環境を変え、今までの自分を知らない人達しかいないコミュニティに入ることで、声を出して自己表現できなければいけない場面を無理矢理作ることで、少しずつ声を出していくことができるようになりました。初めはなかなか勇気が出なくて声が小さいと言われたり、上手く話せなかったりして、落ち込むこともありましたが、毎日試行錯誤していく中で徐々に話せるようになっていきました。
アメリカに来た理由は、農業の経験を積みたかったということもそうですが、新たな環境にチャレンジすることで、さらに自分を成長させたいと思ったからです。
研修は残り2ヵ月となりました。まだまだこれからもいろんなことにチャレンジして、お世話になった方や応援してくれる方に成長した姿を見せられるよう今後も頑張りたいです。
読んで頂きありがとうございました。