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時代の作られ方は、「学問→産業→文化」らしい。ならば何をするべきか?


最近知人に教えてもらった「フルライフ」という本の連載記事がある。
(フルライフという本の一部が公開されています。)

そこに以下のようなことが書かれていて面白いと思ったので、
共有します。

Q.時代を創るとは何か?
運も含めて、あまりにも多くの要因が複雑に絡み合い、時代は創られます。ただ、それでは何も言ってないですし、何より次の時代のキーワードを考える上で何の役にも立ちません。私が着目したのは、「そうは言っても時代ができるときの太い流れは何か?」という点です。すると、次のような流れがあることに気がつきました。

〉〉〉A .学問→産業→文化の流れで新しい時代は作られる。
すなわち、次なる時代の出発点には、新たな学問の誕生があります。その学問を礎にして、新しい産業が生まれる。そして産業が起こった街で、新たなる文化が花開く。

この「学問→産業→文化」という流れを作ることが、時代を創るということではないか。私はそのように考えました。

非常に面白いですよね。

まぁ学問がどう作られるのか?というと、
やはり現実に起きている事例やその時代に生きる人のインタビュー、様々な実験などを通して作られるわけではあるのですが!

ただ、私自身がこれで大事だなと思ったのが、
学問として一般化していくときにやはり、
イデオロギー・概念・思想などにまとめられていくと思うんですね。
(それが資本主義とか社会主義とか共産主義とかいろいろありますよね。)

で、やはりそういう基本になるイデオロギーを作れるのは、
学問だとも思うわけです。

そして、
そのイデオロギーを作るに必要なのは、
哲学することだと思うんですよね。
(哲学者だけが哲学するわけではない。)

で、哲学って抽象的な物事を考えていくことが非常に大事なんだと思うんですが、忙しすぎる人、余白がない人、目の前のことに追われてしまうと抽象的な思考はできなくなると言われています。

なので、「頭と心と体に余白」がないと哲学はできず、
時代を作っていく、その源流を生み出すことはできないのだろうなぁと

そんなことを思いました。

ちなみに歴史の中で、哲学はやはり時代が先行きが見えなくなったときに、
スポットライトを浴び、新しい概念やイデオロギーを生み出してきたようです。
人は幸せな時や幸福な時はそんなに考えないですもんね。

そして哲学の起こりは、有閑階級だったと。
貧富の差が生まれ、富める人が遊ばせる人(稼がなくても暮らせる人)を雇った。そういう人たちが哲学を拡げていったらしい。
やはり余裕って必要ってことなんだなぁ。
だし、
稼ぐ=善。稼がない=悪。
みたいな風潮あるけど、
それも違うのだろうなぁと思う。



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三井俊介
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