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認識の違い?
おとといの話です。久しぶりに1日雨でした。
ずっと風が強く、黄砂もやってきて車のボディやガラスが砂まみれだったため、これで洗い流されたかな?
植物たちも潤っていい顔をしているように見えた。
休みの日でも、ずっと家にいるのも嫌だったので、気分転換に車で出掛けようとした。
家の前の道路を進もうとしたら、目の前に畑に住んでいるボーちゃん(キジバト)が水溜まりの水を一心に飲んでいる。
あぶないよー!プップーとクラクションを鳴らす。
でもボーちゃんは自分の事とは受け止めていないようで、飲み続ける。
。。。
そこへ対向車か勢いよく走ってきた!
もうっ!私はドアを開けて、どしゃ降りの中外へ出て、ボーちゃんを追い立てた。
私が突然近づいてきたので、やっと飛び立った。
運転席に戻った私は、ずぶ濡れ。
取りあえずほっとした時に、
隣の助手席の夫は、
どんくさい鳩だな、と一言漏らした。
私はこんな経験かよくある。
みんなはどうなのかな?
街路樹の実が、道路に落ちていて、一心にエサをついばんでいる鳥達、そこにアクセル踏んで突っ込む勇気はない。
カラスも、鳩も、下を見て真剣に食事中。
パッと飛び立つのは、スズメ科のチビたちかな。
車が鉄の塊で、ぶつかったら死んでしまうという認識がないように思える。
また、クラクションの音は、鳥たちにとっては、危険を知らせる音として捉えていないのも感じる。
人が近づいて、初めて逃げる。
以前テレビの番組にでていた、動物と会話できるハイジさんが、道路に飛び出してくる野生のシカを説得する場面を見た事があるけど、説得しても一時的なことだろう、言い聞かせるのは難しく、また彼らはここを渡ってしまうと言っていた。
ずっと受け継がれているDNAには、野生動物としての生存本能や天敵からの危険回避は備わっているが、後から人間が自分達の都合でつくった道路や車は、彼らには深く刻まれてないのかも知れない?彼らにはどう認識されているのだろう。
今は自動運転の車もあるのだから、誰か、ボタンを押すと、ボンネットの前に大きな翼がバサッと広がるような装置を開発してくださーい!!
ひと、自然、生き物の共生できる世界を目指したい、私の叫びでした。