「勝ち負けのあるところ」のネタバレ感想

「勝ち負けのあるところ」のネタバレ感想を書きます。
読んでない人は今すぐに読んできましょう。4000文字の小説なので、あっという間に読めちゃいますよ。

勝ち負けのあるところ | VG+ (バゴプラ) (virtualgorillaplus.com)

ということで、読んできましたね?
ではネタバレ感想を書きます。
この作品、最初に「こりゃただ者ではないな」と感じたのは、

侵略に地球の人々が気付いた時、私はプロレスラーだった。

「勝ち負けのあるところ」より

そう、一行目です。もう一行目でもっていかれました。連れ去られました。捕まれました。もうどうにでも好きにしてと思いました。
「未来のスポーツ」に「勝ち負けのあるところ」というタイトルなら、なんとなーく想像する方向というものがあると思うんですよ。無意識に。それをきれいに裏切ってくれる「侵略」というワード。そこに「地球」というスケールの大きな言葉が続く。そして最後、「私はプロレスラーだった」で締める。一行目として完璧なインパクトと、作品の全体の雰囲気を表現していると思います。文章がうまい人って、何やってもうまいよねという見本のような書き出しで、その期待は裏切られない。むしろ、期待していたよりも、更にその上を飛んでいく。
平易な文章で、とても複雑なことを表現していて、それがすごくプロレスとあっているんですよね。いいところを引用しようとすると、最初のパート全部になってしまう。それくらい、いいんですよね。

試合会場が「港の倉庫」ってところに、ぼくはきゅんとしました。州兵とあるので作品の舞台はアメリカなのかなと思うんですが、アメリカで行われるプロレスの会場は、ありとあらゆるところだとは聞いたことがあります。小学校の校庭にリングを組んだりとかするらしい。港の倉庫はそういう意味でかなりリアリティがある。
主人公の私が偏見と世間の目、それに自身の仕事に対する複雑な思いを抱えているのと同じように、対戦相手のサラもまた、自分を解放してくれるはずの世界で、なおも偏見がついてまわるという苦しみに捕まっていて、そういう二人がリングで戦っている。ユーモアのある、平易な文章で、こうまで書けるものなのか。繰り返し読んでも苦痛じゃないし、なんなら、何度でも読みたくなるんですよね。

あ、主人公の私が「勝ったことすらないようなレスラー」と述懐するのを読んで、ぼくは越中詩郎を思い浮かべました。越中は後輩の三沢光晴が全日本プロレスに入団してくるまで、二年間ずっと負けていたんですよね。毎日、毎日、先輩にやられて、負けて、負けて、負け続けていた。
あと、宇宙人が「腕の四本を交差させて上下に振る」ポーズ、ぼくは中邑真輔のポーズを脳裏に浮かべました。みなさんはどうでしょうか?

で、未来のスポーツというテーマで、既存のスポーツを選ぶとき、そのスポーツのファンが読むと思わずニヤリとしてしまうところがあると、いいなと思うんですよ。
ファンだけに通じる目配せ、みたいなものがあると、単純に嬉しいってだけなんですが。
そろそろバレているのかもしれませんが、ぼく、めっちゃプロレス好きなんです。ですので、ここに身もだえしました。

私は宇宙人にさらわれて改造されたという設定で、サラと組んで試合に臨んだ。物珍しさにたくさんお客さんが集まったし、試合は大盛り上がりだった。

「勝ち負けのあるところ」より

ああ、やるよ、プロレスなら絶対にこういうことやるよね、マジでやるやる、リアル過ぎんだろ、ここ。必ずそういう設定で試合するだろうと確信できるんですよね、こういうのは付け焼刃では出てこないのではないかなと思う。単に資料を読んだだけでは書けないんじゃないか。
でも、もしかしたら、ここまで文章がうまい人なら書けてしまう可能性もゼロではない。
ただ、「これ書いたのプロレスファンなのかも……」と妄想してしまうくらい、この文章には説得力があるんですよ。
たぶん、十年経っても、この文章は忘れないと思います。それくらい強い。

「勝ち負けのあるところ」というタイトルからスタートしたお話しが、ラストで「戦いはあっても勝敗のないところ」に向かうの、めっちゃエモいです。そういうところも好きです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?