「マジック・ボール」のネタバレ感想

「マジック・ボール」のネタバレ感想を書きます。
読んでない人は今すぐに読んできましょう。4000文字の小説なので、あっという間に読めちゃいますよ。

マジック・ボール | VG+ (バゴプラ) (virtualgorillaplus.com)

ということで、読んできましたね?
ではネタバレ感想を書きます。
この作品、最初に「こりゃただ者ではないな」と感じたのは、

クリケットと何がちがうの。
全然ちがう! ボールの飛距離が比べものにならないよ。

「マジック・ボール」より

このやり取りですね。質問するエリザベスの個性も、答えるダーシーの個性もきちんと台詞に出てきている。
クリケットとの違いで飛距離が出てくるところで、ダーシーが好きになってしまう。こういう、登場人物に好感を抱かせる(しかも序盤に)というのは、狙ってできるようなことではないと思うんですよ。ここで好きにさせちゃおう、と思ったって、そうはいかないもので。
でも、ここを読んだらたぶん、多くの人がダーシーを魅力的だと思うはずなんですよね。台詞に性格が出ているから、とか色々と考えてはみるんですけども、センスという言葉に頼ってしまいそうになる。

で、ダーシーとエリザベスのかけあいに引きこまれていると、さらっと当時の時代背景が挿入されてくる。野球の説明をされて、

全然おもしろそうではなかった。そもそも私は運動があまり好きではない。授業で運動をするのは学校を出たあと、結婚に適した体型を維持するためだ。「女性らしくない」競技は推奨されない。

「マジック・ボール」より

「未来のスポーツ」というテーマが発表されたとき、スポーツに興味がないとか、いい思い出がないという声がけっこう出ていたように思うんですが、そういう場合は、エリザベスに共感すると思うんですよ。最初の二つ、面白そうではないと断言するのと、好きじゃないと宣言しちゃうところ。
でもそれがするっと女性差別に接続されて、えらい手練れだなと思うわけです。こういう切り出し方をするのか、という。

でもここで深追いはせず、さっと引き、ベースボールに話は戻る。このあたりの呼吸も巧みで、そして「がんばれベアーズ」みたいな展開に向かうのかと思うじゃないですか。思うじゃないですか。
ここでそっちには向かわないところに惚れますね。鼻面を引っ張りまわされるように、もっと魅力的な謎を胸元に投げてくる。
ボールが消える。
確かに野球と言えば消える魔球ですよね、と思っていたら、バッターからボールが見えないだけじゃなく、キャッチャーにも見えないし、ミットにも入ってない。これ、たぶん、判定はボークですよね。他に判定のしようがないので消去法ですが。
でも、そういう審判とのあれやらこれやらは描かれず、消えたボールの行方があっさり判明する。
さくさく進みすぎて、あらすじっぽくなりそうだけど、そうは感じないのは、またしてもダーシーの仕業だと思われます。

うん。……でも、なんでそんなことが起きるの?
ダーシーは肩を竦めた。速すぎるんじゃない? 球が。

「マジック・ボール」より

というか、セリフがうまいと何でも生き生きとしてしまうのかもしれないと、何度か読み直して思いました。
「早すぎるんじゃない? 球が」を答えにしちゃうような、すっとぼけた性格には、どうやっても嫌いになれない何かがあるわけで。

第三回かぐやSFの小説中で、一番魅力的なキャラクターは誰、と問われたら、ダーシーだという答えが返ってくるんじゃないでしょうか。
反則級に、魅力的。
だからこそ、あそこで「あっさりと息を吹き返し」てくれたのは、素晴らしい仕事だなと思わざるを得ないんですよね。

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