「あの星が見えているか」のネタバレ感想
「あの星が見えているか」のネタバレ感想を書きます。
読んでない人は今すぐに読んできましょう。4000文字の小説なので、あっという間に読めちゃいますよ。
あの星が見えているか | VG+ (バゴプラ) (virtualgorillaplus.com)
ということで、読んできましたね?
ではネタバレ感想を書きます。
この作品、最初に「こりゃただ者ではないな」と感じたのは、
ここ、ここを読んだとき、なんじゃこりゃと思いました。きちんと大きさを計算している描写が入ってくる。すごい手練れですよね。
あるSF作家が「離れた場所にあるものがどれぐらいの大きさに見えるかという情報は小説の描写を支えてくれます。人が親指大に見えるのか米粒ほどなのか、それともその距離では見えないのか、とか」と書いてらっしゃるんですが、これはまさにその実践ですね。さりげない細部にめっちゃ労力かけている。
冒頭から情報の提示も的確で、今何をしているのか、いつなのか、どこにいるのか、何をしているのか、が無理なくスムーズに入ってくる。しかもこれ、未来の新しい競技なんですよね。
先に構成について触れておくと、4000字でどのような競技であるかを説明し、試合そのものを描き、競技者にも注目し、みたいなことをやるのは分量的に無理なので、何かを削らなければならないです。
で、この作品は試合そのものを削ったわけですが、今から試合が始まるというところで終わっている。そこが巧みですよね。ちゃんとわかって省略しているのが伝わってきます。
で、ですね、この作品、スポーツとはどういうものかも全体を通して伝えてくれているわけなんです。
スポーツは、それが根付いている国家を、社会を、人々の暮らしを、そこに住む人間がどのような人々であるのかを、映し出してくれるものだと思うんです。
それをこの作品ではアスリートにつくスポンサーだったり、海外の評価とは違い国内ではほとんど反響がなかったり、あっても否定的な意見を裏付けようとするインタビューだったり(ここで社会状況を描くのも巧い)、そういう形で表現しているんですよ。もうね、最高かよとしか言えないじゃないですか、マジで。
さらに、「裸眼」かどうかで競技が違ってくるところにまで踏み込んでくる。
ドーピングの議論で全選手にドーピングを許可して、超人コンテストにすればいい、という考え方があるんですね。どうせみんな、すごいプレーを見たいんでしょう、というものなんですが、しかしそれだと薬を開発した人物に栄誉が与えられることになる。少なくとも、現代の選手が受ける拍手の何割かはそちらに向けられるだろう、という反論があって、ぼくは「裸眼」かどうかのくだりを読んだとき、それを思い出した。
かなり深いところまで思考が及んでいるわけで、そこもいいなあと。
でもですね、ぼくが一番震えたのは、そういうことの先に、アスリートの「ある種のヤバさ」を描いているところです。
静かな文体の一人称なのでわかりにくいところですが、先生もぼくも、目の病気にかかるのに、手術しようとしないわけですよ。
確かに先生との挿話は感動的なんだけど、でも、でもですよ、目が大事だからこそ手術するのでは、と一般人であるぼくなどは考えてしまうわけです。しかし、先生とぼくは違う。固く結ばれた師弟関係にある二人は手術を拒否する。
自分が見たいモノだけを見るために。
ヤバいはずなのに、すでにカッコいいわけです。
そして決めてくるんですよ、ラストに。
ため息が出るほど、かっこよすぎますよね。