明日のかぐやSF予想
ところでみなさんは「心が折れる」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
なぜ、心という形のないものが、折れるのだと思います?
作家の夢枕獏によると、「心が折れる」あるいは「心を折る」という言葉を最初に使ったのは、神取しのぶだとのこと。
神取しのぶは試合中に自分の目を殴ったジャッキー佐藤の心を折ろうと思ったときのこと、実際にどうやってそれを行ったのかを、こんな言葉で語ります。
この井田真木子のノンフィクションによって、世界で初めて「心が折れる」という言葉が使われ、今では一般的になったのだと夢枕獏。
プロレス発という意味では、ガチンコとかセメントとかと同じなのかもしれません。
第22回大宅壮一ノンフィクション賞受賞作である『プロレス少女伝説』は、とんでもなくおそろしい本です。
本の中では、神取しのぶがプロレスのショービジネスの部分について会社から説明があったと発言しています。
また、長与千種はプロレスで相手の技を受けるときには「痛み」を表現して観客に伝えなければダメなんだと若手を教育します。長与の言葉は明快で面白いです。痛いと口にしても、痛そうに見えないこともある。痛いと口にしなくても、痛みが伝わることがある。プロレスは痛いという言葉を全身で表現しなくてはダメなんだ、というのが長与の言葉です。面白いので、ぜひ本を読んでいただきたい。
ということで『プロレス少女伝説』はすさまじい本なのですが、時代の制約もまた、受けています。
男子プロレスと比較して、軽視されがちな女子プロレスの地位を引き上げるために、女子プロレスは男子プロレスとは違う、独特なものがあるんだ、それが、それこそが、感情なんだ、と神取しのぶが説明するのです。
この本が出た時代(1993年)にはそういう形での擁護が必要だった。
しかし、現代ではそれが足かせになってしまう。
その足かせを描きつつ、しかし旧来の価値観もまたしぶとく生き残っていて(弱っちいレスラーだと思われる主人公の苦悩はそこにある)、そういった二重の苦悩を描いているのが、「勝ち負けのあるところ」だとぼくは感じました。
しかも、トランス女性とのシスターフッドでもあるところにもしびれましたし、それでいてめっちゃ明るいところに途方もない魅力を感じました。
長与千種は、プロレスは言葉なのだ、と若手を教育します。
「勝ち負けのあるところ」という作品は、プロレスの「言葉」で宇宙人とのファーストコンタクトが成立するというプロレスSFで、そのアイディアも最高です。
ぼくは重度のプロレスファンなので、この作品に大賞を獲って欲しい。
読者賞は「マジック・ボール」(好感度が抜群だったので)、審査員特別賞は「叫び」(何か賞を与えなくちゃいけない作品だと思うので)かなあと思います。
でもまあ、ぼくは自分の好みに従って、「勝ち負けのあるところ」一点買いでお願いします。