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黒い影

遅刻届だか何だか、
そんなのを貰いに… いや書かされに、
生徒指導室なんかに向かわなければならない

体調が悪く少し遅れると連絡を入れたのに、
遅刻魔みたいな扱いだ
それに加え、あの嫌な女教師に顔を覚えられてしまった

「休まずわざわざ来てやったのに」とか
いつの間にか口に出してしまう程、
あの場所へ行くのが面倒だし嫌いだ

こっちはフラフラだというのに、
「鞄を下ろしてマスクを外してから入り直せ」
なんて言われた時にはそのまま帰ろうかとも思った


…ここまで愚痴ばかりで申し訳無い

私はうたた寝程度の時間であっても
夢の中で1日を過ごし、
どっと疲れて動けない

夢と現実で1日が48時間あるみたいだ

余程嫌で仕方無かったのか、長期休みの間に、
家を出てから生徒指導へ向かい1日を過ごす夢を見た時には心底腹が立った
休みの間くらい忘れさせてほしい


ピリピリした空気の中、
さっさと遅刻理由と短い反省文を書き
逃げる様に自分の教室へ向かおうとすると、
階段の方に何か黒い物が見えた

よく目を凝らして見てみると、
それは人間の形をした黒い影であった

今なら驚いて飛び上がるだろうが、
その時の私は何も不思議に思わず、
影をじっと見つめていた

黒い影は、
葬儀場で見た黒い煙の様な物では無く、
また、地面や建物に写るような薄い影とも違い

子供の落書きの様に、
人の形を保ちながら何かぐちゃぐちゃと動いている

動いているといっても体が動いているのではなく、
影そのものがぐちゃぐちゃなのだ

ギリギリ人間に見える、といった具合で

影は直立不動でずっとこっちを見ている
顔があるのかすら分からないけれど、
私は直感でそう思った

暫く睨み合いが続くと、影は私に手招きをした

影が立っているのは、私の教室へと向かう階段
影はもう一段目に足を掛け、上るつもりだろう

帰ろうかと思っていた私の考えを読んで、
教室まで連れて行こうとでもしているのか

今は授業中、時間はあるし廊下には誰もいない

私は影と意思疎通ができるのか試したくなって、
手招きする影を拒否する意味で小さく首を横に振った

だが影は、また私に向かって手招きをする
今度は階段の上をチラッと見るような動きまでして

このやりとりが何度か続いた後、
結局は影のしつこさに負け、着いて行くことにした

私は影が本当に教室へ向かうのかが気になって、
尾行するかの様に後ろから階段を上った

この時の私の教室は3階で、階段のすぐ横だった

だが、3階に着いたにも関わらず、
影はまだ階段を上り続けるではないか

こうなったらどこへ行くか最後まで追ってやろうと、
私は授業の事も無視して影の後に続いた

最寄りの駅から遠い通学路を歩いて来た私は、
もう足が痛くなっていた

それでもまだ影は上へ上へと階段を上って行く

疲れた私は下ばかり向いていて気が付かなかったが、
影は急に立ち止まり、私の方を振り返った

顔を上げると、
そこはまだ一度も来たことの無い屋上の扉の前だった

ぐちゃぐちゃの影は扉をすり抜け、外へ出てしまった

置き去りにされた私が埃だらけの床に座ろうとした時、
影は扉の向こうから私の二の腕を掴み、
私も扉をすり抜けて外へ出てしまった

混乱する私に、影はまた手招きを始める

急な日差しに眩暈を起こしそうになりながら、
私はまた影に着いて行った

影は屋上の端で止まると、下を見下ろした
私も続いて見下ろす

ここは3館ある校舎の2館目、
下はグラウンドでは無くコンクリートだ

今まで何も考えず影に着いて来たが、
私は急に恐ろしくなった

慌てて横に目をやると、影の姿は無い

私はこの時思った

あの影は、私を死に誘っていたのではないか


実際、この頃の私には、
心の何処かに自殺願望があった

あの影は、やはり私の感情を読み取っていたのだ

さっきまでの好奇心は一瞬にして消え、
私の中でぐちゃぐちゃと気味の悪い影が死神に変わった

私は途中で段差を踏み外しながらも慌てて階段を下りた

危うく影に殺される

自殺するところだった


その後も私の中に希死念慮は残ったままだが、
影は現れていない


もう二度と、あの影と会うのは御免だ

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春泥
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