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長い夜を歩くということ 110
家でつけっぱなしにしていたテレビからは「樺澤麗華緊急入院」と銘打ち、特集が組まれていた。
中堅の男性アナウンサーが入院までの経緯をボードで説明し、本当はこのことに大して興味もないであろうコメンテーターたちが、一生懸命に同情や激励のコメントをしていた。
司会から振られた現地レポーターは本人ですら状況もわかっていないはずなのに、殺人でも起きたように神妙な表情を作ってハキハキと喋っていた。
毎日通う病院がレポーターの後ろに申し訳なさそうに建っていた。
画面はスタジオに戻り、ゲストで呼ばれた医者がテロップとともに紹介された。
司会が今回の入院についてのコメントや考えられる病状を医者に質問した。
すると彼はこれが見せ場とばかりに喋り倒した。
その口ぶりはテレビには向かず、視聴者を一切無視した専門用語の乱射であった。
締めのために振られた女性芸人は、医者の言葉に配慮しながらお茶の間の期待に応えられる言葉を慎重に選んでいた。
しかし、私にはこれら全てが樺澤麗華の仕掛けた盛大なドラマのプロローグにしか見えなかった。
なぜなら、当の本人はベッドの上で遠足に行く子供のように、外を眺めて目を輝かせていたからだ。