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長い夜を歩くということ 73
彼らは一歩踏み出し、波を足の甲に受ける。
そしてもう一歩踏み出し、両足が海に触れる。
一歩、また一歩と海に吸い込まれていく彼らは、同じ空間で溶け合ったように心地よく、海の冷たさは秘密を共有した証のように彼には思えた。
彼の膝下まで海の中に進むと彼女は歩くのをやめた。
深呼吸をして、彼女は自分を包んでいる全てのものを感じ取ろうとしていた。
髪の毛をくすぐる風と足を包み撫でる海水の流れ。そして、繋がれた左手に。
その瞬間、ほんの少しだけ彼の右手は強く彼女に握られた。
彼が口を開くよりも早く彼女は「戻ろっか?」と白い歯を見せて笑った。
彼は何もなかったふりをして「そうしよう」と言った。
振り返る時も、海を出た時も彼らの手は繋がれたまま、その手が離れることはなかった。
太陽が砂浜に影として二人を映し出した時、彼はそれに気づいたが、あえて無視をした。
彼女も何も言わず凛とした表情でただ前だけ向いて歩いていた。
その姿がやけに堂々としていて、彼の方が少しだけ恥ずかしくなって目を逸らした。