黒猫様のお楽しみ vol.1
〈行方不明事件〉
ピンポーン。チャイムが鳴った。
はいはーい。一人暮らしのつよーい味方、配送のお兄さんだね!
いつもの通り荷物を受け取った。もちろん、フラットが出ちゃわないように気をつけて。
ところが……。
いない。さっきまでそこにいたのに。
「フラット?」
返事をしたり、呼んでやってきたりするほどにはまだ慣れていない。
「どこ?」
隠れる場所なんてないはずだ。ベッドの下は収納だし、潜れるようなところなんてどこにも。
「え、まさか出ちゃった? いやでもあんな大きいもんすり抜けたらわかるはず……」
8キロの巨体に私も配送の人も気づかないことはないだろう。必ず、部屋のなかにいる。
「フラットー?」
名を呼び、餌の音をさせてみたりするが、猫は姿を見せない。私もだんだん焦ってくる。やっぱり出てしまったのでは? いやでも気づかないはずない。あの巨体。
「ん……?」
ふと私は、テレビの方に目をやった。
「テレビ台の、奥……?」
全く気付いていなかったが、よく見ると裏に空間がある。
「フラット?」
返事はない。
「いないの?」
鈴の音もしない。
「ここじゃないのかな……? いやでも」
私は思い切って、テレビごとテレビ台をうんしょと動かした。その裏には、目をまん丸にして固まった黒猫の姿が!
「あー……チャイムの音、そんなに怖かったん……? ごめんな、落ち着いたら出てきてね……」
そっとテレビ台をうんしょと戻し、私はフラットが出てくるのを待った。
どうやらこの子は音に敏感だ。
ちょっとした物音にビクッとするし、外の音にも反応して警戒する様子を見せる。
となれば、なるべく大きな音は立てないようにしたいが、チャイムの音は如何ともしがたい。慣れていただくしかない。
と、少し心配だったが。
後には、チャイムの音に素早く反応してお出迎えさえするようになりました。よかったよかった。
〈猛暑日事件〉
私はそれまで、冷暖房をギリギリまでつけないタイプの暮らしをしていた。夏場でも風通しをよくしていれば動物も大丈夫という話を信じ、週明けには窓を少し開けた状態で出社した。
この週末のそれで平気だったし、行けるだろうと思ったのだが、何とその日は三十五度を超す猛暑。帰宅する私は、気が気ではなかった。
猫は本当に大丈夫だろうか。何故クーラーをつけていかなかったのか。もし調子が悪そうならすぐにでも病院に駆け込まないと。
ハラハラしながら半ば駆け足で家に飛び込んだ私の前には、全然平気そうにお出迎えしてくれるフラットの姿が!
ええ、そうです、問題なく平気だったんですが、あんなハラハラしながら帰ってくるくらいならクーラーつけっぱなしの方がいい。かかる電気代なんて「安心料」だ。そう決めてから、私の夏の生活もぐんと楽になるのだった。
そうした話を聞いた親曰く「猫に命を救われてるね」。うーん、そうかも。
〈怪奇! 入れ替わり事件〉
ある日、いつものように帰ってきた私は、鍵を開け、ドアを開けて室内に入り、フラットのお出迎えを受け……お出迎え……あれ、フラット……?
「にゃー」
微かに聞こえた、困ったような鳴き声は、ドアの外側から!?
「あっ、えっ、ご、ごめん!?」
慌ててドアを開けると、慌てて滑り込んでくる猫。私が入る際にスルッと出てしまったらしい。8キロの巨体に気付かないはずないなんてことはなかったんだ……。
それにしても、戸惑ってその場で鳴いてくれて本当によかった。そのまま外にダッシュされてたらもう会えなかったかもしれないよね……ありがとうね……。
〈ちょっとショック事件〉
半月くらいは経った頃だろうか。
もうすっかり慣れたと思って、「フラットただいま~」と語尾にハートマーク付きで帰ってきた日だ。
いつものように部屋の奥からタタタとやってきたフラットは、いきなり私を見て「シャーーーー」ってやったのだ! 例のアレ、猫が威嚇するやつ!
「えっ……なんで……」
それは一瞬、一回だけで、そのあと何でもないようにスリスリしてきたんだけど……え……なんで……。
私は少し心に傷を負ったのでした。
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