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黒猫様のお楽しみ 序文

黒猫フラットと暮らした日々のエピソードを綴っています。
突然いなくなってしまったあの子との何でもない日々の思い出たち。分かち合っていただければ幸いです。


 その子がやってきたのは、ある年の夏の夜だった。

 ――数日前、道端で行われていた猫の里親探しを「かわいいなあ」と思いながら眺めていた私は、「いかがですか」と声をかけられた。
 どうもこうもない。私はずっと猫を飼いたくて、暇さえあれば里親探しのサイトを眺め、「里親の条件」の類をいろいろ読んでいたのだ。
 だが、「昼間、面倒を見ていられる家族がいる」等の決まりがあり、一人暮らしではまず無理。
 だから、そのままそのことを話した。飼いたいけど一人暮らしなので、と。 

 ところが案内のお姉さんときたら、一人暮らしでも大丈夫ですときたもんだ。そこで私も勢いに乗って、「ひとりでお留守番できる大人の子はいませんか」などと口走ってしまったわけ。
 となれば餌食よ。何しろその手の会では子猫人気が高くて、大人猫は残りがちになるらしいからね。

 連絡事項を書いて渡したら、翌日くらいにすぐ電話があった。曰く、「3~4歳の黒猫、保護親のところで他の猫と暮らしているがひとりの方がうまくいきそうなタイプ、去勢済み、体重は3~4キロ。2週間のお試しOK」。
 お試し。お試しとな。まあ、お試しがあるなら……。

 なーんてね。
 数日も一緒に暮らしたら絶対情がわくじゃん。
 わかってたよね。

 この前のお姉さんが該当の子をうちに連れてくるらしい。一応、家の様子を見ることも兼ねているようだ。話が違わないか確認するってところなんだろうな。
 お姉さんとは言え、見知らぬ他人が一人暮らしの家にやってくるのは少し怖かったので(お姉さんだけという保証もなかったし)友人に同席を願い、一通り片付けてそのときを待つ。
 そう、それが、ある年の夏の夜。

 ケージに入れられてやってきたその子は、黒くてでっかい塊だった。
「えっ」
 って思わず声が出た。
「大きいですね……? あっいや、悪い意味じゃなくて(?)」
 何も「そっちこそ話が違う」などと言っているわけではないのだ。でもこれ、3~4キロで済むか……? こんな大きい猫見たことない、というレベルの巨猫である。

 そんな人間の驚きなど知らぬ顔で、黒い塊はのそのそと出てくると、初めての部屋の探索を開始した。そこに警戒の様子はほとんどない。てっきりビビって逃げ場を探すのではと思っていた私は拍子抜けする。
「余裕ですね」
「大物ですね(文字通り)」
 などと言いながら、猫ちゃんには自由にしてもらい、何やら書類を書く。
「名前は決めましたか?」
「保護親さんのところでは何て呼ばれてたんですか?」
 問われた私はそう問い返した。

 候補は考えてはいたけど、名前があるのならそれで呼んであげた方が馴染むのでは、と思った私だが、お姉さんはあっさり「新しく名付けてくれていいですよー」と。
「えっと、じゃあ、フラット……」
 音楽記号、半音下がるの♭。何で♭かっていうと、自分が昔やってた楽器の楽譜に♭が多かったのと、まあ、言いづらいが、自作のキャラにそれに似た名前の黒猫がいるのだ。いい名前ですねーなどと世辞を言ってもらう。
 お姉さんは「何かあれば連絡を」「何もなければトライアル後にケージを送り返してね」と言って去って行った。

 猫ちゃん改めフラットは、お姉さんを特に見送ることもせず、餌場を確認し、トイレを確認し、果ては腹を見せて転がる始末。お前さん、それ、家族に馴染んで無警戒になった猫がようやくやるやつ……暑いとは言え、初日から見せちゃうの……大サービスですね……。
 この「初日からヘソ天事件」は、その後フラットの話をするときの持ちネタとなるのだった。

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 こうして、私とフラットの生活が始まった。
 やってきたときはちょうど週末で、いい感じにお互いの存在に慣れることができた、と思う。

 フラットは人見知りをしない子で、前述のように初日のヘソ天ばかりか、普通に撫でさせるしすぐゴロゴロ言うし、どうやら完全に甘えんぼだった。
 「ひとりでお留守番できる大人の子」とは……?
 そして体重を測ったところ、何と8キロ超だった。
 「3~4キロ」とは……?

 しかしもう既にかわいくてかわいくて仕方ない。話と違おうが、関係ない。この子のために生きる暮らしが始まったのだ。

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