ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #191
第十二章 逢着:25
イワノフ海尉の感傷も夜空を一瞬で横切る流れ星ほどのことだった。
状況は待ったなしで進行している。
ハンコック海佐にシズカと名指しされた女性班員が、明るい表情でやって来てちょこんと首を傾げた。
シズカはあれやこれやとディアナやアリアズナの面倒を見てくれる世話好き娘だった。
彼女の優し気なたれ目とおさげは、戦場を駆ける兵士より子供を愛しむ教育者が似つかわしく思えた。
「ハリソンとキャリーが連れ帰った捕虜だ。
こいつが持ってる情報を余すところなく全て絞り出せ。
時間がない。
今回に限っては尋問の方法に制限を掛けない。
好きなようにやれ」
「死んじゃっても宜しいのですね?」
「かまわん」
シズカはハンコック海佐に元気よく敬礼して、跪かされた捕虜の前にしゃがみ込んだ。
そして二言三言なにか話しかけるとハリソンとキャリーに頼んで捕虜をすぐ脇の路地に連れ込んだ。
五分ほどの時間が経過したろうか。
地図を広げ、今後の状況についてイワノフ海尉と検討していたハンコック海佐の元へ、にこにこ顔のシズカが戻った。
彼女はハンコック海佐の前で少し舌足らずな口調で報告を始めた。
「都市連合の同人社中配下のコマンドが二十七名周辺に展開していました。
三人で1ユニット形成。
9ユニットが展開していたことに成ります。
各ユニットに二連装の短銃が一丁。
ボウガン二丁。
各人はショートソードで武装。
ダイアンとアリスの奪取が目的です。
それが叶わぬ場合には二人を殺害するよう命じられています。
ブルタブ川上流東岸の丘陵地に明日以降ピックアップの航空船が飛来予定とのこと。
作戦の詳細はこの地図に記載されています。
間抜けなことに命令書と契約書も持っていましたのでこれから解析に入ります。
十分、時間をください。
お客さんのお友達二人はキャリーが始末して川に放り込んでおいたとのことです」
「すらすら白状した様ね。
で、歌い終わったお客さんの死体処理は?」
「班長~。
人聞きの悪いことおっしゃらないで下さいよ~。
あの子たちが怯えちゃってるじゃありませんか。
なにも怖いことないわよ~。
ダイアンにア・リ・ス!
お客さんにはちょっとお話聞いただけだからね~。
あんた達のことはみんなで守るし!」
シズカは、目を見開いて小刻みに震えながら固まっているディアナとアリアズナに、腰の位地で軽く手を振った。
「意識は飛んじゃいましたけど、まだ息はありますよ?
ダストボックスの中で、生ゴミと一緒にゆっくり休んでもらってます」
「ご苦労さん。
今回は捕虜も命拾いしたわね。
さて斥候に出ていたペアも全員戻ったな。
皆聞け!
ハリソンとキャリーが同人社中のコマンドと接触した。
シズカが捕虜から聞き出したところ、敵は1ユニット三人で行動している。
ハリソンとキャリーが1ユニット始末したので、残りは8ユニット二十四人だ。
敵はショートソードで武装。
短銃が一丁、ボウガン二丁が1ユニットの装備する飛び道具とのことだ。
敵は小隊を送り込んできている。
この霧が味方をしていてくれる内に本隊はプランαに従ってこのままダイアンとアリスを連れて面影橋を押し渡る。
やむなくプランβ、もしくはプランγに移行の時は指揮をイッポリートに任せる。
各斥候ペアはご苦労だが連携して同人社中の残りのコマンドを無力化しろ。
その後すみやかに合流だ。
捕虜は取るな。
コマンドの練度は低そうだが装備は一流だ。
ゆめゆめ油断するな。
さっきの発砲で残敵も交戦状態に入ったことを認識しているだろう。
もうじき犬の散歩やら仕事やらで朝の早い市民が路上に出てくる。
行動は迅速にそして静かに。
市民は巻き込むな。
それから、インディアポリスのご同輩連中やピグレット号のお調子者達は、手足くらい切り飛ばしてかまわんがこちらは絶対に死なすな。
かかれ!」
ディアナとアリアズナを連れた強行偵察班の班員たちは新たな状況を開始した。
「まいったな。
銃声だよ。
空気が読めない連中が参加しているみたいだね」
面影橋の東側でベンチに腰を下ろしていたチェスターとレベッカは、短銃の発砲音に顔色を変えた。
「鏑矢!」
レベッカが続いて鳴り響いた音を聞いて、なぜか表情を強張らせ唇を噛んだ。
「三連のツェー音。
音響信号箭です」
「あれー。
シャーロットが来てるみたいだね。
という事は強行偵察班って。
・・・第一連隊の連中なのか。
めちゃめちゃまずいんだか、ホッとしていいんだか、わからない状況になっちゃったな。
痛ったー!いきなりなに?
なに?
レベッカさん?」
「知りません!」
チェスターはいきなりレベッカに二の腕を抓られ、その訳の分からなさに目を丸くしてキョトン顔になった。
「この時点での想定外の発砲は事態の複雑化を予想させます。
ヨナイ兵曹長とカナリス候補生になんとか早く連絡をつけないと。
取り敢えず、会合予定地点に移動しましょう」
チェスターは『なんだよベッキ~』と、いきなり不機嫌になったレベッカを訝しげに見やった。
頭の中には大きなクエスチョンマークが浮かんだままだったが、それでも腕をさすりながら現状の分析に入った。
「これは間違いなく、強行偵察班とピグレット号の連中以外に出張ってきている奴らの仕業だね」
「すると地元のサイカ衆か同人社中関係ですか?」
「だね。
サイカ衆の武装はマスケットが主装備だけど、地元でいきなり発砲はしないよ。
発砲音も短銃のものだしね。
目的の為には手段を選ばずってことなら同人社中だろうかね」
チェスターは首をひねった。
「気の毒に。
血に飢えた冷酷無慈悲な人でなし番長のハンコック先輩が相手じゃ、同人社中の人達は全員悶え苦しんで血反吐を吐きながらの地獄行き確定ですね」
レベッカが悲痛な表情でかぶりを振った。
「レベッカさん?
ハンコック海佐は、サイコパス指数が極めて低いのにも関わらず、抜きん出て優秀な軍人さんですよ?
無意味な殺戮など・・・」
「自分の昔の女だからってそうやって庇うんだ・・・・」
レベッカが涙目になり顎を震わせた。
「エッ?
・・・貴様。
な、何を知っている。
・・・なんちゃって」
急に泣き出したレベッカに、顔色を変え大いに狼狽えるチェスターだった。
命の遣り取りが既に始まり、チェスターとレベッカはロージナの未来がかかった重大な局面に立っている。
それなのに、ズレたふたりは最早傍目には滑稽としか言いようがない観客抜きの夫婦漫才を始めるのであった。
レベッカファンのクルーがこの場に居合わせたのならばどうだろう。
冷徹で知られたバイロン副長が、まったく別人のごとき感情的振舞をみせる姿を見て目を見開き、驚き怪しんだかもしれない。
あの氷の女王が場も弁えずに、嫉妬心丸出しで艦長に痴話喧嘩をふっかける。
その挙句に、あろう事か大泣きしているのだ。
苦行僧のように自分を律して任務を果たす。
そんなバイロン副長の怜悧な美貌に心酔していたファン魂が、基礎から揺らぐのを感じたろう。
バイロン副長のファンは、ついにはレベッカオタクのマゾヒスティックな了見が根本から覆ったことにも気付くだろう。
そうして茫然自失へと至ったに違いないのだった。