ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #56
第五章 秘密:9
『まったくもってあれね。
絢爛豪華がスペシャルな美人であるミズ・ロッシュだけどさ。
しょせんは女である業?性?からは逃れられないってわけね。
要するに一皮剥けば、詮索上等、ゴシップ大好きな唯のおばさんってことよ。
そりゃ、ディアナとミスター・カナリスが気にならないと言えば嘘になる。
ディアナだけ楽しそうでずるいし。
ディアナだけ構まってもらって悔しいし。
わたしだけボッチなのがなんだか哀しいし。
そうは言っても、ミスター・カナリスにとってわたしはアウトオブ眼中。
ひとりハブられ軽んじられていることがどす黒く癪に障った。
これってかっこ悪いけど多分ズブズブの嫉妬よね。
けれども、言っときますけどね!
この名状し難い感情の焦げ付き具合は、恋心とか胸にうずくリビドー由来じゃないってことだけは、憶えておいてちょうだい!
ホモサピの繁殖行動に関連する、そんな軽薄であからさまな情動問題とは断じて無関係ですわ!
・・・ただの無いものねだりなんです。
よくって?』
「殿方のことが気なるか、などとお尋ねになられても・・・」
わたしは『びっくりですぅ』と目を見開き、一拍おいて続けた。
「いやですわ、奥様。
そのような、殿方に対してどうこうなどと言うはしたないこと。
わたくし生まれてこの方、思いなしたこともございませんから~。
オーッホホホホ~ッ。
正直申しまして、どうお答えしたらよいものやら、自分の心ながら判じかねます。
どうぞ悪しからず」
わたしはくいっと顎をしゃくりあげて見せた。
おそらくは、わたしの減らず口をワクワクしながら待ち構えていたのだろう。
ミズ・ロッシュはすでに充分緩めていた頬を綻ばせ、今度は真っ白な歯を見せてコロコロと、実に上品で気持ちの良い笑い声をあげた。
バーベナの香りがした。
けれどミズ・ロッシュの眼は今まで感じたことがないほどに優しげなのに、微かに本当に筆一刷き程微かに悲しみの色が見て取れた。
「???」
「まあ、良いでしょう。
『不躾なことお聞きして大変失礼いたしました。ムターの御嬢様』
ということにしておきますね。
あの様子なら、ディアナはしばらく一人にしておいても大丈夫でしょう。
素敵な青年士官にエスコートされて、ニュートン画廊の思惑以上の宣伝効果が期待できそうですからね。
そこでアリアズナには席を外してもらって、わたくしにちょっと付き合ってもらいたいと思います。
実はねあなたに紹介しておきたい人がいるのです」
ミズ・ロッシュはわたしの手を取り、皆が飲み物と軽食を取りながら談笑している大きな部屋の隅の方へといざなった。
わたしたちがゆっくりと歩み寄る先では、二人の紳士が発泡ワインのグラスを片手に額を寄せ合って、何やら真剣に話し込んでいた。
右側の壮年の男性は、長めの金髪に青い目をした、がっしりとした体格の人だった。
この間中央郵便局でも見かけたラッパとTの上に-を乗せた不思議な記号を組み合わせた徽章を礼服に付けていた。
この人はまごうことなき本物のポストマンだった。
本局で応対して下さったおじさまに続けて、またまた本物のポストマンに会ってしまった。
ハンサムなお顔にはまったく無反応だったわたしの心臓だけれど、徽章に反応してたちまち鼓動を跳ね上げた。
一方左側の男の人は、黒い髪、黒い目、黒いもじゃひげで年齢が良く分からなかった。
金髪のポストマンよりは少し若そうに見えた。
この人も燕尾服ではなくどこぞの組織の見慣れぬ礼服をまとっていた。
注意して見ると、長めの黒い上着の襟には金色の徽章を付けていた。
徽章のデザインは開かれた本のようだった。
とすると、この髭おじさんは図書館の人だ。
ライブラリアンだ。
そうしたスペシャリストがいると話には聞いたことがあるけれど、生まれて初めて本物を見た。
珍獣なんて失礼なことは口に出してこそ言わないが心の中では別。
それにしても、このところやけにレアな職業の人に行き会う。
「おひさしぶりね、アレックス」
ミズ・ロッシュが声をかけると、金髪のポストマンが右の眉を上げてちょい悪オヤジ風にニッコリ笑った。
「これは、これは、麗しのレディ・ハナコ。
こちらからの御挨拶が遅れてしまって、申し訳ありませんでした。
わざわざのお出まし恐縮です」
「オードリーと子供たちはお元気?」
「愚妻と豚児たちでしたらもうそれは、春のそよ風と夏のつむじ風のように」
表情を変えて今度は優しく微笑んだポストマンは、そのまま惑星郵便制度の啓蒙ポスターとして描けそうなくらいだった。
例え中身がどうであろうとも、ミズ・ロッシュがアレックスと呼びかけた金髪ポストマンは、本物のイケメンだった。
老若問わず、世の大方の女の審美眼に適うであろう整った容姿の持ち主だったってこった。
ちなみにポストマンであるという無敵のアドバンテージを差し引けばわたしの好みではなかったが。
「よお、ロッシュー。
何年ぶりになる?
息災にしてたか。
あいも変わらずお美しいことでなにより。
重畳至極。
やあ、スキッパー。
お前さんとも久しいな。
元気だったか」
髭おじさんが、やけになれなれしい調子でミズ・ロッシュに話しかけ、グラスを持ち上げてにやけた笑いを浮かべた。
島の淑女達に、ちやほやされていい気になっていたはずのスキッパーが、いつの間にやら足元にいた。